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英国、飛び地領ジブラルタルめぐりスペインとの覇権争い激化―EU離脱で

増谷栄一The US-Euro Economic File代表

英国のテリーザ・メイ首相はEU(欧州連合)離脱を決定した昨年6月の歴史的な国民投票から9カ月経った3月29日、議会のゴーサインを得て英国のEU離脱を可能にするリスボン条約第50条発動文書に署名し離脱交渉を正式にスタートさせた。だが、英国はEU離脱交渉の“副産物”として、スペイン南端の地中海の入り口に位置し、軍事上、英国海軍の要衝となっている飛び地領ジブラルタルの主権をめぐってスペインとの覇権争いが再燃し交渉の新たな障害となるのは必至な情勢だ。

英国領ジブラルタルの空港=ジブラルタル自治政府サイトより
英国領ジブラルタルの空港=ジブラルタル自治政府サイトより

覇権争いが再燃したのは、EUが3月31日に加盟28カ国に送付した離脱協議の進め方に関する指針の第22項で、「英国がEUを離脱したあと、EUと英国の間で決まったどんな合意もスペインと英国の了解なしにジブラルタルに適用されない」と規定し、事実上、EU離脱後のジブラルタルの主権行使にスペインの拒否権を認めたことだった。これは英国のEU離脱後のジブラルタルの将来はスペインと英国の合意に基づいて決められるべきだという、スペインの主張に沿ったもので「共同統治」の発想だ。

スペイン政府はこのEU指針を金科玉条として、EU離脱後に拒否権を行使する構えだ。すでに英国がEUとの間で合意した英国の民間航空機の外国空港着陸許可に関するどんな取り決めもジブラルタルには適用させないという脅しをちらつかせている。英紙フィナンシャル・タイムズのポール・マックリン記者らは2月12日付電子版で、「英国の空港から毎日約3千便の旅客機が離陸し、英国の航空業界は年間600億ポンドを稼ぎ出しているが、これは全世界155カ国と航空協定を結んでいるおかげだ。EU離脱後は、英国はEUとの間で新たな協定を締結する必要がある。信じ難いだろうが、英国はEU離脱後に新たな国際協定を結べなければ、極端な話、英国の旅客機は外国のどの空港にも着陸できなくなる」とし、その上で、「もしジブラルタルに英国の旅客機が着陸する権利を得るため、スペインと協議するようになった場合、英国はジブラルタルの主権とジブラルタル空港への着陸のどちらかを犠牲にしなければならないというトレードオフに直面する」と警告している。

スペインの拒否権について、ボリス・ジョンソン英外相は3月31日の自身のフェイスブックとツイッターで、「EUによる領土収奪だ」と決めつけた上で、「メイ首相が言っている通り、我々は離脱協議ではジブラルタルを完全に含めて話し合うと誓っている。英国は離脱協議では動かざること岩のごとく断固としてジブラルタルを守り抜く」と“宣戦布告”している。

そんな最中、4月12日には、UEFA(欧州サッカー連盟)チャンピオンズリーグでスペインのアトレティコ・マドリードと対戦した英国のレスター・シティの100人超の応援団がスペインの首都マドリード市内の広場に集結し、「ジブラルタルは我々のものだ」と大声で歌いながら機動隊と激しく衝突する事件が起きた。いかにジブラルタル問題が一般大衆レベルにまで深く浸透しているが分かる。

スペインは本末転倒の主張

英国にすれば自国領土をスペインに譲ることなど納得できるはずもなく、本国英国はもとより地元ジブラルタルの政界でも怒りの声が噴出している。英国政界では1713年のユトレヒト条約(スペイン継承戦争終結の講和条約)に基づいて300年以上も飛び地領として領有し続けているジブラルタルを死守するためには武力行使も辞すべきでない、と主張する強硬派も台頭。1982年3~6月に当時の英国のマーガレット・サッチャー首相がアルゼンチンから南米のフォークランド諸島の領有権を武力で奪還したフォークランド紛争の二の舞に発展する恐れが出てきた。

英国の上院議員で元保守党党首のマイケル・ハワード卿は4月2日、英テレビ局スカイニュースの番組で、「35年前、別の女性首相(当時のサッチャー首相)が地球の反対側にある海外領土に住む少数の英国人の自由を同じスペイン語を話す国(アルゼンチン)から守るために派兵した。現在の首相(メイ首相)がジブラルタルの住民を守るため、同じ決意を示すと確信している」と武力行使も選択肢とすべきと主張したほどだ。

ジブラルタル自治政府のファビアン・ピカード首相は英紙デイリーメールの4月3日付電子版で、「将来のEUとの貿易関係も含め、離脱協議でEUと合意したすべての事項はジブラルタルを含め英国全体に適用されるべきだ。ジブラルタルはEU残留を支持したが、住民の圧倒的多数はEU離脱後も英国にとどまることを望んでいる」と指摘。その上で、「EUはスペインにジブラルタルいじめを認めた」と怒りをぶちまけた。マイケル・ファロン国防相も4月2日、英放送局BBCのトーク番組「アンドリュー・マー・ショー」で、「ジブラルタルの主権を(英国からスペインに)変えられるのは住民の合意だけだ。我々はスペインからジブラルタルを守り抜くためなら行くところまで行く用意がある」と、武力行使も辞さない覚悟を示す。

両国の確執は目新しいものではない。最近でも2013年8月にジブラルタル情勢が緊迫化したことがある。ジブラルタル自治政府が漁礁の建設を始めたことに反対するスペイン政府がジブラルタルの国境通過者への通行税徴収とジブラルタル空港に向かう民間飛行機のスペイン上空飛行禁止を検討する、と警告し一触即発の状況になった。

しかし、米経済誌フォーブスのコラムニストで英アダム・スミス研究所の研究員でもある、ティム・ウォーストール氏は4月3日付コラムで、「スペインがジブラルタルの将来についてとやかく言っているが、スペインも北アフリカ・モロッコの地中海沿岸にメリリャとセウタという2つの港町を飛び地領と領有しているではないか」とし、自国の植民地を棚に上げてジブラルタルの主権返還要求は本末転倒だと批判する。同氏は「主権は住民が決めるという民族紛争の解決方法として民族自決の権利が1918年に当時のウッドロー・ウィルソン米大統領によって提唱されて以降、国連の基本となっている。メリリャとセウタの住民は分からないが、ジブラルタルの住民は何度もスペインにはノーと言っている」ときっぱり。

英国にすればEUのペースで交渉が進まないようジブラルタルの将来を決める問題はEU協議に含めるべきでないと主張するのは当然で、ジブラルタル問題が協議に含まれれば双方の合意に時間がかかりEU離脱の時期が遠のく恐れがある。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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