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急激なドル高、米国経済に打撃となるか―利上げ時期に影響も

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
米オレゴン大学のドゥーイ教授=ブログより
米オレゴン大学のドゥーイ教授=ブログより

ドルがこの1年間で主要通貨バスケットに対し22%も上昇した結果、米国経済がリセッション(景気失速)に入るとの見方が広がってきた。その一方でFRB(米連邦準備制度理事会)傘下のアトランタ地区連銀のデニス・ロックハート総裁は、FRBの金融政策会合でドル高の問題を議論の焦点にする必要性を指摘し始めた。ドル高は米国経済に打撃となり、2006年以来となる利上げが年央からさらにずれ込む可能性が出てきた。

米投資顧問大手グローバル・マクロ・インベスターの創始者ラウル・パル氏は、米経済専門チャンネルCNBC(電子版)の3月11日のインタビューで、「FRBの主要通貨バスケットに対するドルの価値を測るドル・インデックス(名目値)指数は今年だけでさらに25%以上上昇する可能性がある」とし、「ドル高の下では、デフレが今以上に深刻化し、過去の経験則からドル高で原油価格が下落するため、石油各社は原油を貯蔵して価格回復を待つ傾向がある。しかし、夏には貯蔵施設も一杯となり、市場に出しても値が下がり石油生産は停止に追い込まれる。その波及効果で米国経済は2015年末にはリセッションに陥る」と悲観的な見方だ。

また、為替リスク管理専門の米コンサルタント会社ファイアアップスもロイター通信の3月17日付電子版で、ドル高で米国の多国籍企業846社の売上高は2014年10-12月期だけで186億6000万ドル(約2.2兆円)の減収を招いたとの調査結果を明らかにしている。調査は海外収入の15%以上が2カ国以上の外国通貨で占められているフォーチュン誌の世界の有力2000社を対象にした。3月22日付電子版ではファイアアップスは米国の多国籍企業の売上高は今年1-3月期だけで250億ドル(約3兆円)超の減収となると予想する。

ドル高の影響めぐり激論

こうした中で、“FEDウォッチャー”として知られる米オレゴン大学のティム・ドゥーイ教授は、米マサチューセッツ州のベントレー大学のスコット・サムナー経済学部教授とドル高が米国経済に打撃となるかどうかをめぐって激論を交わす。サムナー氏は3月12日付の自身のブログ「ザ・マネーイルージョン」で、「ドル高の原因は堅調な米国経済の一方で海外経済が軟調となっていること、米国内の通貨供給量がややタイトになっていることなどだが、最大の原因は海外の金融緩和だ。欧州中央銀行(ECB)が量的金融緩和(QE)の導入と原油価格の下落を背景に2015年と2016年のユーロ圏の経済成長率見通しを引き上げたことから分かるように、欧州のQE導入は米国の経済成長を押し上げるので、ドル高は米国経済に打撃を与えない」と主張する。

また、ジャネット・イエレンFRB議長も3月27日のサンフランシスコでの講演で、「欧州と日本の景気刺激策がドル高を助長し米国の輸出が停滞させることで、ドル高が米国の経済成長の重石になるというのはその通りだが、米国の貿易相手国の経済見通しが良くなるという限りでは海外の経済成長の拡大は米国にとってプラス」と楽観的だ。

しかし、ドゥーイ教授は3月12日付のブログで、「ECBのQE政策への転換は原油安とユーロ安をもたらすので、欧州経済のテールリスク(稀に大恐慌となるリスク)を低下させる。その意味で米国経済にとっては好ましい影響を与える。ただ、FRBはそう考えているとは思わない。だが、ユーロ安はドル高を意味し米国経済に悪い影響を及ぼす。ドル高は金融引き締めを意味するはずだが、実際には資金が米国に流入して金融が緩和し長期金利は低下している。FRBは政策金利を通常の水準に戻そうとして金融を引き締めれば、ドルが一層上昇し米国経済の成長にはマイナス。言い換えれば、欧州のテールリスクは米国経済を犠牲にすることで初めて低下する」と反論する。

他方、米国のノーベル賞経済学者でコラムニストとして知られるポール・クルーグマン氏も、3月14日付電子版のニューヨーク・タイムズのコラムで、サムナーとドゥーイの両氏の議論を踏まえた上で、「我々はドル高が米国経済の成長を阻害するかどうかについて、単なる論理だけでなく計量的にドル高の影響を測る必要があるが、私自身はそれほど楽観的ではない」という。つまり、同氏は「サムナー氏がいうようにECBの金融緩和政策でユーロ安が加速すれば、米国経済は欧州の景気回復に伴う輸入需要の回復と国際競争力の面で良い影響を受けるという見方は正しい。しかし、持論だが、いまのユーロ安は金融政策では説明がつかないほどに進んでおり、これは欧州景気が今後悪化するという懸念を反映したもので、もし、この見方が正しければユーロ安・ドル高は米国経済の成長を阻害することになる」という。

ドル高でFRBの利上げ時期が変わるか?

ドル高とFRBの利上げ転換時期の関連性について、FRB(米連邦準備制度理事会)傘下のクリーブランド地区連銀は3月24日に注目すべき米国経済の見通しに関するリポートを発表した。同連銀のエコノミストのオーウェン・ハンページ氏とティモシー・ステフラク氏は、「ドル高は一般的に向こう半年間の輸入物価を押し下げる可能性はあるが、物価全体への影響はかなり小さい。ドル高はすでに低くなっているインフレ率をさらに押し下げてデフレにするという脅威論は誇張しすぎだ」と結論付けた。これについて、米経済情報専門サイトのマーケットウォッチのグレッグ・ロッブ記者は3月24日付で、「FRBのジャネット・イエレン議長が最初の利上げに踏み切るにはインフレ率が物価目標の2%上昇に向かって上昇するという確信が必要だとしていることを考えると、ドル高のインフレへの影響は小さいとしたこの調査結果はFRBの利上げ時期を早める可能性がある」と指摘する。

また、イエレンFRB議長も3月27日の講演で、「賃金や物価の上昇が鈍いようなら利上げは好ましくない」とするものの、「政策効果が表れるのには時間差があるので、物価目標の達成まで政策金利の通常化への開始を遅らせることは賢明だとは思わない」、「実質GDP(国内総生産)は今後数四半期にわたって潜在成長率をやや上回るペースで拡大し、雇用者数の増加や失業率の低下が見られる可能性が高い。今年後半の利上げは正当化される」とする。

しかし、アトランタ地区連銀のデニス・ロックハート総裁は3月26日にデトロイトで開かれた投資シンポジウムで講演し、「FRBの金融政策の決定にあたって、ドル高が今後の米国経済の足かせになるかどうか、特に、輸出企業が自社製品の海外での販売がますます困難になるかを検討する必要がある。利上げは年央よりあとになる」とし、ドル高も要因になると見る。シカゴ地区連銀のチャールズ・エバンス総裁も3月25日のロンドンでの講演会で、「ドル高が米国の輸入物価を押し下げることでインフレの重石になっている。FRBはインフレ率が物価目標の2%上昇にまで戻ると確信できるまで利上げを急ぐべきでない。来年上期(1-6月)まで利上げを遅らせるべき」と反論する。

また、ドゥーイ教授は、3月15日付の自身のブログで、「現在、急激なドル高が進んでいるが、このドル高が米国経済の足かせになると考えるのか?それとも各国中銀の金融緩和策による(国内景気刺激による米国製品への)需要増で(ドル高の悪影響を)相殺されると考えるのか?また、FRBの金融政策の方向に影響を与えるほどになるまでのドル高の許容水準についてどう見ているのか?―今、FRBに問いかけたい質問内容だ」と指摘する。

同教授は、「FRBは利上げに転換することで通常の金融政策の状態に戻す決意だが、FRBは一定のペースで利上げを進めていかない考えなので、金融政策決定会合後に発表する声明文には、2004-2005年の利上げサイクル当時の「“measured”(徐々にゆっくりとした)」という文言が再度使われることはない。FOMCの会合では議論が沸騰して、金利据え置きから次の会合で0.25%利上げに転換とはいかず、それ以降は再び金利が据え置かれるか、または、0.5%利上げということになりかねない。

そうなれば、ジャネット・イエレンFRB議長はFOMC会合ごとに話し合いでコンセンサスを築き上げ、金融政策の進むべき方向について市場と対話していくということが果たして可能なのか?という疑問が生じる」という。さらに、ドゥーイ教授は「FRBが利上げに転換し通常の金融政策の状態に近づくにつれ、FOMCの各委員が長期の金利見通しを予測し、事実上、長期間の低金利政策の維持をコミットした、いわゆる“ドットプロット”の修正をどのタイミングでするかが次の疑問点になる」という。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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