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ユーロ圏でデフレ突入リスク高まる―米独が非難の応酬

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
ベルギー・ブリュッセルのEU本部
ベルギー・ブリュッセルのEU本部

米財務省は10月30日に発表した半期為替報告書で、ドイツの経済政策を名指しで批判したことから、両国関係は米国家安全保障局によるアンゲラ・メルケル独首相の携帯電話盗聴問題に続いて、新たな論争の火種を抱えた。

報告書では、財務省は、「ユーロ圏の経常黒字は2012年に黒字に転換し、2013年上期(1-6月)には対GDP(国内総生産)比2.3%に上昇した。ドイツの経常黒字は同7%、オランダも約10%となる一方で、アイルランドやイタリア、ポルトガル、スペインといったユーロ圏周辺国でさえもここ数四半期は経常赤字から一転して経常黒字となっている。しかし、これは(内需不振と賃金下落の結果)輸入需要が減少したためで、ユーロ圏周辺国では依然として若年層を中心に高失業率がさらに高まる事態を招いている。欧州の経常収支の不均衡是正の問題点は、内需の低迷に取り組むというより外需拡大に重点が置かれていることだ」と指摘している。

その上で、報告書は、ドイツなど巨額の経常黒字を長年維持している国は輸出主導から内需主導の経済政策に転換し、内需を拡大することで経常黒字を縮小させるべきだったにもかかわらず、ドイツはユーロ圏債務危機のときも、また、2012年も中国を上回る巨額な経常黒字を維持し続けた。一方で、他の多くのユーロ圏諸国は経常赤字を減らすため、輸入抑制に取り組んだ結果、ユーロ圏だけでなく世界経済にデフレバイアスを生じさせた。ドイツなど経常黒字大国が内需拡大と経常黒字の縮小に取り組めば、ユーロ圏の経常収支の不均衡是正が進展する」として、ドイツを名指しで批判している。

実際、ユーロ圏ではすでにデフレ傾向が出始めている。欧州連合統計局が10月31日に発表した10月のユーロ圏消費者物価指数(HICP)は9月の前年比1.1%上昇から同0.7%上昇と、2008-2009年の世界的な金融市場の混乱当時以来、約4年ぶりの低い伸びとなり、ECB(欧州中央銀行)の物価目標2%上昇を大幅に下回り、多くのエコノミストを驚かせた。一方、同日発表された9月のユーロ圏17カ国の平均失業率は、過去最高の12.2%(失業者数は前月比6万人増の1945万人)に達し、なかでも若年層はイタリアが40.2%、ギリシャは57.6%、スペインも56.6%という凄まじさだ。

仏ソシエテ・ジェネラル銀行のストラテジスト、アルバート・エドワーズ氏は、英紙デイリー・テレグラフの10月31日付電子版で、10月のHICPの急低下について、「1990年代後半に日本がデフレに陥った状況ととてもよく似ており、欧州は完全にデフレに陥るだろう。アジア発の外部ショックが引き金となってユーロ圏の金融市場が混乱するリスクがある」と警告する。また、同氏は、「デフレによって、ユーロ圏周辺国の景気低迷が長期化し、ユーロ圏経済が破壊されるリスクが高まった」という。米金融大手モルガン・スタンレーのハンス・レデカー氏も「アジア発の外部ショックはたぶん、中国人民銀行による金融引き締めへの政策転換で起こるだろう。そうなればユーロ圏は一気にデフレに入る」と予想している。

また、英紙フィナンシャル・タイムズ(『FT』)は、10月31日付の社説(電子版)で、「すでに債務危機に陥ったユーロ圏の国では、1990年代に始まって20年にも及んでいる日本のデフレと同じ状況に向かい始めており、企業は慢性的な需要低迷に対応するために値下げを強いられている。ドイツは困難に直面しているユーロ圏のメンバー国を助けるために、自国で減税を実施し、賃金を引き上げるべきだ。それによってドイツの労働者の所得が増え、スペインやポルトガル、ギリシャなどから輸入品を購入することが可能になる」と進言する。

イタリアのHICPは10月も前年比マイナス0・3%となり、フランスやスペイン、ポルトガル、キプロス、ギリシャ、アイルランド、スロバキア、エストニア、ラトビアもすべてHICPがマイナスとなった。ブルガリアやルーマニア、ハンガリ―、チェコ、ポーランド、デンマークも同様で、ユーロ圏は景気回復が失敗すればデフレに陥るリスクがある。

もう一つの懸念はユーロ上昇=欧州企業の成長鈍化へ

また、米財務省の為替報告書では最近のユーロ高がユーロ圏経済の足を引っ張り始めたと警告している。それによると、ユーロは、今年上期(1-6月)はドルに対して1.3%下落していたが、9月末時点では4.4%も上昇した。最近のユーロ高について、英投資銀行バークレイズ・キャピタルのチーフ・エコノミスト、ジュリアン・キャロ―氏は、デイリー・テレグラフの10月31日付電子版で、「日本はデフレ下でも日銀が景気刺激の金融政策を導入したことで、円安に誘導することができたが、ユーロ圏ではECBはこれまで何の対策も打っていないため、ユーロはドルや円、中国元などの主要通貨に対して上昇し、デフレによる経済への悪影響をさらに助長し、厳しい経済環境にある南欧の輸出企業への圧力を一段と高めている」と批判する。

これに対し、ECBは11月7日の理事会で、デフレ対策の観点から政策金利を0.25%に引き下げたことで、ユーロは直ちに1ユーロ=1.33ドル台へ1.5%下落した。しかし、米ハーバード大学のマーティン・フェルドシュタイン教授は、FT紙の7日付電子版で、「デフレ回避にはユーロはもっと下落する必要がある。インフレ率が2%に近づかなければ12月に再利下げすべきだ」と話す。また、米経済情報専門サイトのマーケットウォッチのマイケル・キッチン記者らは7日、「焦点はユーロ圏の民間金融機関がECBに預けている準備預金のマイナス金利化と長期流動性供給オペ(LTRO)の拡大、量的金融緩和に移った」と指摘する。

FT紙のマイケル・スティーン記者も、10月31日付電子版で、「ECBがユーロ圏のインフレ低下を受けて、利下げを決めることになれば、ユーロ圏の民間金融機関がECBに預けている準備預金の金利を現在のゼロ%からマイナス金利(ECBは逆に銀行から金利を受け取る)に引き下げる必要が出てくる。そうなれば予想できないような結末が起こる可能性がある」と先行きへの懸念を指摘する。

米財務省からユーロ圏のデフレリスクを招いたと“張本人”と糾弾されたドイツは、経常黒字は輸出が好調で経済は健全だという兆候だと反論して、“非”を認めない構えだが、IMF(国際通貨基金)のデイビッド・リプトン副専務理事は10月30日にベルリンでの講演会で、「経常黒字がかなり縮小しない限り、ユーロ圏の財政赤字は減少しない」とし、その上で、「ドイツはユーロ圏の財政赤字削減の負担を緩和するために、自国の貿易黒字を適正な水準にまで縮小すべきだ」と述べ、米財務省の見解を支持し、国際社会でのドイツへの風当たりは強まってきている。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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