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第3次ギリシャ支援が不可避に―メルケル政権は選挙控え対応に苦慮

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
ギリシャのストゥルナラス財務相=財務省サイトより
ギリシャのストゥルナラス財務相=財務省サイトより

リセッション(景気失速)と27%を超す高失業率に陥る一方で、債務危機からの早期脱却を目指しているギリシャに対し、トロイカ(EU(欧州連合)とECB(欧州中央銀行)、IMF(国際通貨基金)の3機関)は年内にも第3次金融支援を講じる可能性が高まってきた。

筆者が7月15日号の論壇・論調「IMFがEUにギリシャ支援停止を警告・危機回避で第3次支援策決定か」で、ギリシャ債務危機再燃の可能性を取り上げた時点では、IMFは2010年5月に合意した向こう3カ年の第1次ギリシャ支援計画に関する評価報告書を発表(6月5日)したばかりで、「ギリシャ救済策はもっと早く実施すべきだったのに、ユーロ圏の政治家の抵抗でできなかった」とEUを痛烈に批判した上で、ギリシャはEUから新たに30億~40億ユーロ(約3800億~5100億円)の追加支援が得られない場合には、IMFは7月末までにギリシャへの金融支援を打ち切る、と強硬姿勢を示していた。

結局、トロイカは7月8日の協議で、ギリシャは今後、財政再建目標を達成するために必要な措置を取ることを条件に、ギリシャの経済再建は再び軌道に戻ることは可能と判断して現下の第2次金融支援プログラムの続行を決めた。この合意に従って、EUは7月26日に40億ドル、IMFも7月29日に17億2000万ドルの次回支払分をギリシャに支払っている。

しかし、米紙ウォールストリート・ジャーナル(『WSJ』)のイアン・タリー記者らは8月1日付電子版で、「IMFは7月末に公表した四半期ギリシャ支援報告書で、ギリシャの経済成長が見通しを下回れば、2015年末までにギリシャは約110億ユーロ(約1.4兆円)の資金不足に陥ると警告した。これはユーロ圏の当初の予想額をはるかに上回るもので、ユーロ圏は“ギリシャ沈没”を避けるために追加金融支援に迫られる。その中にはEUがこれまで3年間に実施した対ギリシャ融資のヘアカット(債務元本の減免)も含まれるだろう」とし、第3次金融支援が濃厚になったと指摘している。

トロイカが7月に対ギリシャ金融支援継続で合意した時点では、EUは、ギリシャは2014年末までに38億ユーロ(約4900億円)の資金不足に陥るがそれほど大きな金額ではないと見ていた。それだけに、ギリシャの資金不足は深刻の度合いを増すというIMFの警告はユーロ圏危機の根深さを示す。

IMFの試算では2014年末までに44億ユーロ(約5700億円)、2015年末までにさらに65億ユーロ(約8500億円)が不足するとしている。WSJのタリー記者らは「IMFは、ユーロ圏からの(追加)金融支援がなければ、ギリシャはIMFへの借金返済ができなくなり、ギリシャは民間からの借り入れや成長を加速させるために必要な投資も呼び込めなくなる」と指摘。さらに、「ユーロ圏の盟主国ドイツが9月22日の総選挙前にギリシャに対する追加支援や借金減免の協議開始の議論を避けたいという、この微妙の時期のIMFの警告はドイツにプレッシャーをかけ、IMFとドイツの関係を最悪にしている」という。

最近でも、ギリシャのヤニス・ストゥルナラス財務相も8月25日の地元紙プロト・テーマのインタビューで、約100億ユーロ(約1.3兆円)の第3次金融支援が必要になると言い出し始めた。ギリシャは2010年と2012年の過去2回にわたって、トロイカから計2400億ユーロ(約31兆円)の金融支援を受け、また、昨年は民間債権団との1千億ユーロ(約13兆円)のヘアカット(債務元本の減免)、 いわゆるPSI(債務再編への民間部門の関与)合意によって、財政の健全化に向けて懸命の努力を続けている。

英紙デイリー・テレグラフのベン・マーチン記者は8月24日付電子版で、「EUによる対ギリシャ支援の中心的な役割を占めるのは経済大国ドイツだが、国民の税金を三度も投入することへの国民の受けは良くない。そんなときに、先週、ドイツのヴォルフガング・ショイブレ財務相がギリシャの3度目の金融支援は不可避の情勢と発言したため、9月の総選挙を控えた政治家は有権者離れを懸念して、財務相発言をトーンダウンするのに躍起だ」と指摘する。

しかし、ショイブレ財務相に続いて8月26日にはその“弟子”のヨルグ・アスムッセンECB理事(前財務次官)が、ギリシャが約束した財政再建の達成目標を満たし続けることができれば、来年には財政黒字に転換し、新たな金融支援を受ける資格が生じると述べ、第3次金融支援の可能性に言及している。ただ、同理事は、昨年11月にトロイカ協議で合意したギリシャ金融支援では、ギリシャの債務額が依然高水準の場合には追加の金融支援を行うと明記しており、方針の変更ではない、とくぎを刺している。

総選挙を間近に控えているときに、ドイツのアンゲラ・メルケル政権の幹部が相次いで第3次ギリシャ支援の可能性について言及したのは奇異に思われるが、メルケル首相のキリスト教民主同盟(CDU)のヘルマン・グレーエ幹事長は、8月26日付ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)で、「ショイブレ財務相の発言はメルケル首相との話し合いのあとに出たもので、ギリシャが追加金融支援を受ける可能性があることを認めるという目的と、その場合でも、民間のヘアカットは認めないことを明確にするという目的があった」と述べている。

同紙のジャック・ユーイング記者らは8月26日付で、「これは、総選挙後に第3次ギリシャ支援が決まった場合、メルケル政権は国民を騙したという非難を浴びないようにするため、財務相が予防線を張ったものだ」と指摘、さらに、メルケル首相自身も8月27日には遊説先でギリシャをユーロに入れるべきではなかったとし、2001年にギリシャのユーロ加盟を支持したゲアハルト・シュレーダー元首相に非があったと責任転嫁するという、政治の駆け引きが見え隠れする。

今後10年GDPは回復しないのか

一方、米国のノーベル賞経済学者、ポール・クルーグマン氏は、ニューヨーク・タイムズ紙の8月29日付電子版で、1997-1998年のアジア金融危機で、当時、経済が急激に疲弊したインドネシアと現在のギリシャを比較考察し、「インドネシア通貨ルピアが対ドルで急落し、民間セクターの対外債務が急増し、経済も13%も縮小した。しかし、ルピア安による輸出増大に助けられ2003年までに経済は危機前のピーク時の水準に回復し、昨年は1997年に比べ経済は72%も拡大した。しかし、ギリシャ経済は07年の危機以降、経済は20%以上も縮小したままで、いつ、経済が回復するかはだれも分からない状況だ。ほとんどの専門家は、今後10年間は危機以前の水準には戻らないと見ていると思う」と指摘している。

この違いについて、同氏は「インドネシアは自国通貨を持っていたため、通貨安になっても結果的には良い方向に働き経済は回復した。しかし、ギリシャは欧州統一通貨「ユーロ」の罠にはまっている(ため、その恩恵は期待できない)。しかも、IMFによる緊縮財政政策がギリシャに要求され、財政緊縮が効果を上げなければ、さらならう“流血”が求められた」とし、ギリシャがユーロにとどまる限り、経済の回復は困難としている。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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