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トービン税導入に反対論―EUは大幅譲歩避けられず

増谷栄一The US-Euro Economic File代表

欧州連合(EU)は今年2月、ユーロ圏債務・金融危機の解消に必要な財源確保と株・債券市場での投機を抑止することで金融危機の再発防止を狙って、ユーロ圏中核国の大手金融機関(銀行や投資銀行など)が世界の主要な国際金融センターで行った金融取引に課税する、いわゆる“トービン税”の導入を提案したが、最近、トービン税の導入条件のあり方をめぐってEU加盟国間の議論が活発化してきた。

EU提案は、課税国に本拠を構える金融機関、または、課税国に居住する投資家の委託を受けた金融機関が英国を含む欧州、さらにはアジアや米国も含め全世界で行った金融取引に対し、株式と債券は0.1%、デリバティブ取引(先物やクレジット・デフォルト・スワップなど)は0.01%の税率を2014年1月から適用するというものだ。これによって年間300億~350億ユーロ(約3.9兆~4.6兆円)の税収が見込まれるとしている。

ドイツやフランスなどEU加盟11カ国(他にベルギー、エストニア、ギリシャ、スペイン、イタリア、オーストリア、ポルトガル、スロベニア、スロバキア)は同税の導入を支持しているが、英国やスウェーデン、ルクセンブルグなど残りの16カ国は反対している。また、最近では支持派のフランスとイタリアも株はいいが国債に課税すれば投資家離れが起きると懸念し始めており、一枚岩にはなっていないのが実態。

このため、英紙フィナンシャル・タイムズ(『FT』)のアレックス・バーカー記者らは2月14日付電子版で、「トービン税の導入はロンドン金融街(シティ)を除いたユーロ圏の一部、といっても、EU全体の経済の3分の2を占める地域に限定される可能性がある」と指摘している。ただ、管轄外の米国も政府やウォール街、米商工会議所などは国際的に活動している投資家に打撃を与えるとしてトービン税に猛反対しているため、EU単独で決められない問題でもある。

米国やアジアなどEU以外からの批判をかわすために、仮に課税の対象をEU域内の取引に限定したとしても、カリフォルニア大学のバリー・アイヒェングリーン教授(経済・政治科学)は著名エコノミストらが寄稿するプロジェクト・シンジケートの2月9日付電子版で、「英国は反対しているので、トービン税の適用をEU域内の取引に限定することさえも難しい。もし、そうなっても今度は金融取引がEU域内からニューヨークやシンガポールの国際金融市場にシフトするので、EUの目算通りの税収が入るとは限らない」と警告している。

トービン税導入に反対するキャメロン英首相=英外務省提供
トービン税導入に反対するキャメロン英首相=英外務省提供

英BBC放送の5月31日付電子版によると、1980年代のマーガレット・サッチャー政権当時、財務相だったナイジェル・ローソン卿は、英シンクタンクの政策研究センター(CPS)に宛てた書簡で、「投資家のロンドン離れを引き起こし、ライバルのニューヨーク市場に恩恵を与えるだけだ」と批判している。特に、ローソン卿はデービッド・キャメロン首相が率いる保守党内で、英国のEU離脱を呼び掛けていることから、英紙ガーディアンのパトリック・ウィンター政治部デスクは5月26日付電子版で、「トービン税は保守党内のEU離脱支持派を勢いづける可能性があり、来年の欧州議会選挙で保守党が脱EUを掲げるUKIP(英国独立党)に負ければ、キャメロン首相は党内で指導力を失うことは避けられない」としている。

ドイツ保険大手アリアンツ傘下の資産運用大手アリアンツ・グローバル・インベスターズのエリザベス・コーレイ最高経営責任者も、5月27日付FT紙(電子版)で、「トービン税は、金融機関も世界的な金融危機によってもたらされた損失に対し、それ相応の責任を負うべきという趣旨だが、同時に、利益が薄く投資効率の悪い金融取引は避けても仕方がないという環境を作りかねない」という。つまり、「課税すれば、2次市場では、そのコストを吸収できなくなる可能性がある債券や利益の薄い他の証券への投資を抑制しかねず、かえって金融市場の混乱を招き逆効果になる」とし、トービン税の導入に反対する。

また、同氏は、「トービン税の提唱者は資金を長期運用している金融機関は、悪影響は受けないと主張しているが、長期運用しているアリアンツでもその悪影響は看過できない。アリアンツが個人投資家の委託で資金運用した場合、税を支払うのは、結局は個人投資家であり、年金の蓄えから支払われることになる。EUはこの問題を解決するため、金融機関に支払わせる仕組みを検討しているとはいえ、むしろ徴収をどうするかなど問題を複雑にするだけだ」という。

こうした根強いトービン税への反対論に対し、EUも大幅な譲歩を強いられそうだ。ロイター通信のジョン・オドネル記者らは5月30日付電子版で、「トービン税に関与しているEU幹部は税率を最大90%引き下げるほか、完全実施の時期も当初計画の来年から数年先に延ばし段階的に導入する方向を示唆しており、銀行にとって大きな勝利となるだろう」と指摘している。最新案では、株と債券の取引に対する税率は0.1%から0.01%へ引き下げるとしており、税収も10分の1の35億ユーロ(約4600億円)になるとしている。導入方法も来年からまず株式にだけ適用し、債券は2年遅れ、デリバティブも先に延ばすという。

また、欧州中央銀行(ECB)のブノワ・クーレ理事は、5月26日付のFT紙のインタビューで、「トービン税の導入によって、金融の安定に悪影響が及ばないようにするため、ECBは、EU加盟各国や欧州委員会(EC)と建設的な話し合いを進める」と述べている。これは、トービン税が導入されればECBの国債を使ったレポ取引(売り戻し条件付)に悪影響が及び、金融システムへの流動性供給に支障が生じるのを恐れ、トービン税問題に介入するとしたもので、今後の成り行きが注目される。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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