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米FRB、早過ぎた出口戦略議論―量的金融緩和、雇用・物価懸念で当面継続へ

増谷栄一The US-Euro Economic File代表

ベン・バーナンキFRB議長=FRBサイトより
ベン・バーナンキFRB議長=FRBサイトより

FRB(米連邦準備制度理事会)は1日のFOMC(連邦公開市場委員会)会合で、超低金利(0%~0.25%)政策と月850億ドル(約8.3兆円)の資産買い取りによる量的金融緩和の据え置きを前回(3月19-20日)と同様に、11対1の賛成多数で決めた。

据え置かれたのは、(1)政策金利であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標の現状0~0.25%を維持する(2)2012年9月の会合で導入された月400億ドル(約3.9兆円)のMBS(不動産担保証券)の買い取りによる第3弾の量的金融緩和(QE3)を継続する(3)2011年9月に導入された月450億ドル(約4.4兆円)のツイストオペ(短期債を売却して長期債を購入し、バランスシートを拡大しないで保有債券の期間を長期化させるオペ)を継続する―という金融緩和政策だ。

今回も政策据え置きに反対したのは、FRB傘下カンザスシティ地区連銀のエスター・ジョージ総裁だ。同総裁は超低金利と国債などの資産買い取りによる量的金融緩和を長期に継続すれば、インフレ悪化リスクを高めると主張している。昨年12月の会合までFOMC委員だったリッチモンド地区連銀のジェフリー・ラッカー総裁が同様な主張を続け、ジョージ総裁はそのあとを引き継いだ格好となっている。

出口戦略議論が後退

しかし、前回3月会合時との大きな違いは、これまでの出口戦略(利上げへの転換時期や量的金融緩和からの脱却を目指す戦略)に関する議論から一転して、月850億ドルの資産買い取りのペースを雇用市場やインフレ状況に応じて増やす可能性があることを初めて明らかにしたことだ。

政策決定後に発表された声明文で、FRBは、「FOMCは、雇用市場やインフレの先行き見通しの変化に応じて、適切な金融緩和を維持するために、(月850億ドルの)資産買い取りのペースを増やしたり、減らしたりする用意がある」と述べ、資産買い取りペースを増やす可能性に言及した。これは出口戦略の議論を進めるのは、現時点では早過ぎるということを認めたものだ。

また、声明文では、雇用市場については、「ここ最近、雇用市場の状況は全体的には改善が見られるが、失業率は依然として高水準にある」とし、「FOMCは引き続き経済の先行き見通しに対する悪化リスクがあると判断している」とも述べ、雇用市場がかなり改善するまでは資産買い取りを続ける考えをにじませている。

3月議事録:資産買い取り中止時期めぐり議論

FRBが4月10日に公表した3月のFOMC議事録では、FOMCの各委員は出口戦略のソフトランディング(緩やかな調整)でほぼ意見が一致したものの、いつの時点で月850億ドルもの資産買い取り規模を縮小し、最終的に中止を決断するのかをめぐって意見はまちまちとなっていた。

議事録では、「少数の委員は、昨年秋以降、(雇用やインフレの)先行き見通しが改善していることから、年央(6月ごろ)に資産買い取りペースを緩め、暮れごろに買い取りを中止すべきとする一方で、他の委員は、雇用市場の状況が想定通りに改善すれば、暮れごろに資産買い取りペースを緩め、年末に中止すべき」、あるいは「2人の委員は、資産買い取りは今のペースを変えず、年末まで継続すべき」と、買い取りのペースダウンと中止のタイミングをめぐって意見はまちまちとなっていたのだ。

3月雇用統計の悪化、資産買い取りに影響

しかし、3月のFOMC会合後の4月5日に発表された3月雇用統計が再び悪化したことから、米国の一部のエコノミストは、今回の議事録に見られたような年央ごろに月850億ドルの資産買い取りによる量的金融緩和(QE3)のペースを緩める(買い取り額を減らす)ことは難しくなったと見ている。米国のエコノミストの中には、反対に、QE3を長期化させる可能性がる、との指摘もある。

ちなみに、3月の新規雇用者数は、前月比わずか8万8000人増と、昨年6月以来9カ月ぶりの低い伸びとなり、前月の26万8000人増の約3分の1にまで急減した。このため、多くのエコノミストは景気の先行きに赤信号が点灯したとの見方を強めている。

先月26日に発表された1‐3月期実質GDP(国内総生産)伸び率も2.5%増と、前期(昨年10‐12月期)の+0.4%を上回ったが、市場予想(+2.8%)を下回り、2012年1‐3月期の+2%以来の1年ぶりの低い伸びに変わりはない。マクロエコノミック・アドバイザーズでは4‐6月期は1.2%増に急減速すると予想するなど厳しい見方が出始めている。

特に、雇用との関係では、GDP伸び率が3%増程度では人口の自然増を吸収して失業率の上昇を食い止めるのが精一杯といわれ、失業率を1%ポイント引き下げるためには5%増の成長率が必要といわれる。しかし、まだ、米経済はそこまでには至っていないのが実情だ。

この点については、ベン・バーナンキFRB議長も3月20日のFOMC会合後の記者会見で、「我々は経済状況の先行き見通しの変化に応じて我々の金融政策手段(QE3)を調節することを考えている。景気が弱くなれば買い取りペースを高め、そうでなければ絞り込むかのいずれかの方向に向かう」と述べ、経済データを見ながら資産買い取り規模を調節するとしている。特に、春の時期は過去3年間、景気が再び低調になる傾向があるため、同議長は、今年もそうした“春のスランプ”が見られるのか注視していくとしている。

米国のエコノミストの多くは、FRBは7-9月期から資産買い取りペースを徐々に落とし始め、10-12月期か、来年1-3月期に資産買い取りを中止すると見ている。ただ、一部のエコノミストは来年末まで買い取りが継続するとの見方もしている。

前回会合時になかったデフレ懸念が浮上

前回3月会合時とのもう一つの大きな違いはインフレの先行き懸念だ。前述したように、声明文では、「FOMCは、雇用市場やインフレの先行き見通しの変化に応じて、適切な金融緩和を維持するために、(月850億ドルの)資産買い取りのペースを増やしたり、減らしたりする用意がある」としている。

エコノミストは、FRBは今後、インフレに関する懸念を持ち始めるだろうと予想している。懸念といってもインフレ上昇に対する懸念というよりも、むしろ、インフレの低下、つまりデフレ懸念だ。今回の声明文では「インフレは中期的には物価目標の2%か、それを下回る水準で推移すると見られる」との文言は前回3月会合時と変わっておらず、まだ、デフレに対する懸念は示されていない。

しかし、4月29日に商務省が発表した3月の個人所得・個人消費統計では、FRBが最も重視するコアPCE(個人消費支出)物価指数が前年比1%上昇と、2009年暮れ以来の低水準となったことから、このまま、インフレ低下が続くようだと、出口戦略、つまり、利上げへの転換が遅れることになるという懸念が生じてくるのだ。 (了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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