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欧州連合、向こう7年間で119兆円支出へ―キャメロン英首相の独り舞台

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
キャメロン英首相(左)と談笑する欧州議会のシュルツ議長―EU理事会提供

2月7-8日の2日間にわたって、ベルギー・ブリュッセルで開かれた欧州連合(EU)加盟27カ国の首相・大統領を集めた首脳会議(サミット)を取材してみた。サミットでは懸案だった新7カ年長期支出計画(2014-2020年)の支出総額の上限を9600億ユーロ(約119兆円)に大幅減額することでようやく最終合意に達したが、大幅減額を主張して奮戦したデービッド・キャメロン英首相で始まり、同首相で終わったという、まさにキャメロン首相の独り舞台のサミットだった。

新7カ年長期支出計画は文字通り、EU域内で実施される共通農業政策(CAP)や結束基金、加盟国で実施されるさまざまなプロジェクト、先行投資的な研究開発(R&D)、若者の失業対策などに使われるEU予算の来年以降の7カ年の支出額の総枠を決めるものだ。ギリシャやアイルランド、ポルトガル、スペインといったユーロ圏債務危機がようやく鎮静化の兆しを見せてきたところで、今後は「経済成長と雇用」をスローガンに掲げて、欧州の景気回復に全力を傾ける戦略のカギを握っている。

このため、欧州議会のマルチン・シュルツ議長(ドイツ出身)はサミット初日の7日、EU各国首脳を前にした演説で、キャメロン英首相の予算大幅削減の主張に対し、「EU予算当局が示した支出額を大幅に削減すればするほど、特に、支払額の上限が削減され支出額に大きく達しない場合には、どんな首脳会議の合意でも欧州議会で拒否することになる」とし、キャメロン首相に早々と宣戦布告している。

英国の新聞各紙は、サミット終了後、キャメロン首相が支払総額についても9080億ユーロ(約113兆円)と、現行計画の9430億ユーロ(約117兆円)から大幅削減を勝ち取ったのはEUの歴史上、初の快挙だとして、英雄扱いしたが、今後の欧州議会でキャメロン首相が勝利したはずの首脳合意が議会によって葬り去られる可能性が高まっただけに、キャメロン首相のぬか喜びに終わりそうだ。

雑記

サミット合意では、向こう7年間の支出額の上限を決めたほか、加盟国が支出額に対し実際に支払う額(支払額)の上限も設定した。支出額はこれだけの額を支出することをコミットメント(約束)した額という意味だが、そうだからといって加盟国は必ずしも満額支払うわけではなく、その支払額の上限も同時に決めている。

首脳会議では、キャメロン首相が、支出総額とEUがコミットメントした事業予算に対し加盟国が実際に支払う支払総額のそれぞれの上限の大幅引き下げを要求したため、協議は紛糾した。英国を支持するオランダやスウェーデン、デンマークとEU当局の原案通りの増額を主張したフランスやポーランド、イタリア、スペインの両陣営が激突し、急きょ、ドイツのアンゲラ・メルケル首相が調停役を務める形となって、ヘルマン・ファンロンパイEU大統領やジョゼ・マヌエル・バローゾEC(欧州委員会)委員長らEU首脳をキャメロン首相やフランスのフランソワ・オランド大統領と個別に会談させたため、全体会議の開始時刻は何度も延期され、合意間近と思えば、休憩をはさんで再協議の連続となった。実に2日間の会合で延べ20時間以上も議論を重ねるという長丁場に、東欧から来ていたある記者はプレスセンターに集まっていた各国の記者に8日中に最終合意するかどうかのアンケート調査を始めるほど協議の先行きが見えず混沌としていた。

筆者はEU本部の向かい側の別館に設けられたプレスセンターで、その都度開かれるEU幹部の会見などをカバーしていたが、別の会場では加盟27カ国から取材に来ている記者のために各国別に会見室が設けられ、随時、ブリーフィングが行われた。プレスセンターの1階は大ホールとなっていて、200人くらいの記者が作業できるスペースとなっている。

大ホールの四隅には巨大スクリーンが設置され、首脳会議の開始や延期、終了などのスケジュールからその後の会見日時などの案内を刻々とテロップで流され、各国首脳が車寄せから降りる光景や首脳会議の冒頭部分なども映し出されるので、効率よく取材ができる仕組みとなっている。また、大ホールでは何人ものEUスタッフがひんぱんに記者を集めてオフレコでブリーフィングをしてくれるので、リアルタイムに協議の行方が分かり、これもEUの透明性を高めるという点では評価できるところだ。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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