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黒染め強要、下着の色指定――見直し迫られる「理不尽な校則」最新動向

真下麻里子NPO法人 ストップいじめ!ナビ 理事/弁護士
(写真:アフロ)

「生まれつきの頭髪色を認めず黒染めの強要」「体育の際に下着着用を認めない」――近年、「理不尽な校則」が問題視されることが増えてきました。こうした流れを受け、6月8日付けで文部科学省は、社会や時代の変化に合わせて校則を見直すよう求める通知を都道府県教育委員会などに出しました。

「ブラック校則」見直しを 文科省、教委に通知(日本経済新聞)

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE11BXW0R10C21A6000000

他方で今年2月には、頭髪に関する校則や指導で生じた事件に対し、大阪地裁において「違法性はない」という判決が下されたことも議論になりました。

本記事では「ブラック校則をなくそう!プロジェクト」発起人の一人である須永祐慈氏(NPOストップいじめ!ナビ副代表理事)に「理不尽な校則問題」の流れや状況、これからの展望を聞き、私たちがどのように問題を捉えれば良いかを考えていきます。

校則問題の可視化が「関係者・現場」を動かす

―文科省の通知には、岐阜県教委が2019年に県立高校の「下着の色の制限」や「外泊の届出制」などに関する校則を改定させた例や、生徒総会で見直しを議論した公立中の例などが紹介されています。こうした“現場の動き”が文科省を動かしたということでしょうか。

須永:その影響は否定できないと思います。私たちは、2017年11月、大阪府立高校の元生徒が染髪指導を理由に府に対して損害賠償を求めた事件が報道された直後に「ブラック校則をなくそう!プロジェクト」(以下、「プロジェクト」)を発足させ、以来3年以上にわたって活動を続けていますが、当初は「理不尽な校則」を「経験した人たち」、つまり学校を卒業した大人たちの声がSNS上などでたくさん集まっている、という状態でした。

―当事者である子どもたちからの声があがり始めたのはいつ頃ですか。

須永:顕著に増えてきたのは、プロジェクトが全国的な実態調査を行い、それが広く報道されたことにより、問題点が明確化・可視化されてからだと思います。近年の校則の傾向は、80年代の丸刈り校則や90年代の遅刻指導といったいわゆる“体罰的なもの”は減っており、その分下着の色指定や髪型を細かく指定するなどの“身だしなみ”を事細かにチェックする校則が増えています。そうした傾向が明示されて以降、子どもたちからの「苦しむ声」もより多く届くようになりました。

「ブラック校則をなくそう!プロジェクト」発起人の一人である須永祐慈氏(写真は本人提供)
「ブラック校則をなくそう!プロジェクト」発起人の一人である須永祐慈氏(写真は本人提供)

―「下着の色指定」については、最初に聞いたときは信じられませんでした。

須永:そう感じた方は多かったと思います。記者会見でその事実を発表したときの記者さんたちの反応も同様でした。そのため、より盛んに校則問題が報道されるようになりました。その影響もあって、さらに経験者の方々の声が集まるようになったのだと思います。

―報道の影響は大きかったということですか。

須永:大きかったですね。報道直後に、下着メーカーによる「透けない色」を検証するツイート(筆者注:「白」など肌より薄い淡い色はむしろ透けやすいという結論)などが注目を集めましたし、理不尽な校則に異を唱える著名人によるツイートも格段に増えました。

結果、2018年の秋頃から2019年春にかけて、民間企業の中にも「なぜ髪が黒でなければならないのか」を問うようなキャンペーンを行う企業が現れましたし、夏頃には地方議会の議員さんたちが議会質問する事例も増え、さらに弁護士会や市民団体、NPOなどが実態調査や署名活動を行い始めました。そして近年、ついに現場の教員の方からも声があがり始め、教育委員会などの動きも活発になり始めた、というわけです。

「先行事例」、「働き方改革」や「コロナ対策」の影響も

―実際、理不尽な校則の報道が盛んになり始めてから、校則を廃止している世田谷区の桜丘中学校や生徒の自主性を尊重する千代田区の麹町中学校などの取り組みがより注目され始めました。そうした先行事例の存在も大きかったのではないでしょうか。

須永:そうですね。実際に「厳しい校則がなくても運営できている公立の学校」の存在はかなり影響力として大きかったのではないかと思います。「校則を緩めると学校が荒れる」という強迫観念のようなものがある学校は多いので。他方で私は別の要素も影響している可能性があると考えています。

―どのような要素でしょうか。

須永:「教員の働き方改革」と「コロナ対策」です。服装チェックなどの細かい指導は先生方の時間を奪います。その上、指導している先生自身が何のためにやっているのかわからず、苦しんでいることも多いのです。ですから、教育上より重要なことに時間を割きたいと考える教員の方々から、働き方改革の文脈で声があがっているという事実もあるようです。

また、特に制服の問題などは、コロナ対策とも無関係ではありません。「同じ服を着続けること」が感染対策上よくないのではないかという疑問は自然に生じるからです。そのため、感染対策として制服を着るのをやめ、「毎日洗える服」を着ることにした学校もあります。結果、その学校では、制服がないことによる弊害が特に生じず、そのまま制服が廃止になりました。

写真:アフロ

―なるほど。極めて合理的ですね。

須永:そうなんです。「厳しく取り締まらなくては!」という固定観念から距離を置くことで、先生方も生徒も緩やかに学校生活を送ることができたというとてもよい例だと思います。

「頭髪指導に違法性はなかった」という地裁判決とこれからの「社会通念」

―2021年2月16日、「生まれつき茶色の髪を教員から黒く染めるよう繰り返し強要されたことにより不登校になったに関わらず、学校側が不適切な対応を行った」として、大阪府立高校の元生徒が府に対して220万円の損害賠償を求めていた事件で、大阪地裁が府側に33万円の支払いを命じる判決を出しました。

「髪黒染め」校則は適法、府に一部賠償命令 大阪地裁(日本経済新聞)

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOHC10AFC0Q1A210C2000000/

染髪等を禁止する校則、生徒指導方針およびそれらに基づく実際の頭髪指導の違法性などに対して大阪地裁がどのように判断をするか注目を集めていましたが、その結論はいずれも「違法性はない」というものでした。(なお、頭髪指導そのものではない不登校後の対応に対して違法という判断が下されたため、判決としては“一部容認判決”になっています)

この裁判の結果について、須永さんはどのように考えていらっしゃいますか。

須永:法律的なことについては弁護士である真下さんにお任せしますが、率直に「まだまだ壁が厚いな」と感じました。裁判所は、頭髪規制に関して「学校教育に係る正当な目的のもとに定められたものであって、その内容も社会通念に照らして合理的なものであるといえる」と判断しているのですが、ここでいう「社会通念」が本当に今の世の中の一般的な考え方といえるのかは疑問です。

実際、この部分は大きな議論を呼んでいますよね。この3年間プロジェクトの活動をしてきて、「社会通念」はかなりアップデートされている印象です。だからこそ、実際に学校や教育委員会などが動いているのでしょうし、今回の文科省の通知にも繋がっているのだと思います。

―法律的な部分を補足すると、基本的に「社会通念」は不法行為時の社会通念を基礎とします。事実、判決でも「平成21年4月に本件校則が制定された後、原告が本件高校に入学した平成27年4月までの間に、社会一般の認識の変化によって、上記頭髪規制の内容が著しく合理性を欠くに至ったものと認めるに足りる的確な証拠もない。」と述べており、“当時の”社会通念を基礎としているようです。

でもだからといって、裁判所が仮に“今の”社会通念を基礎としたとして「頭髪規制の内容が著しく合理性を欠くに至った」と判断するかという点は、なかなか難しいと言わざるを得ないかもしれません。裁判所の考える「教育裁量」はとても広い傾向があるので。それだけ教育現場の判断を尊重している、と言えなくもないのですが。

須永:「教育裁量」はマジックワードのように聞こえてしまいますね。「社会通念」も同様ですが。実際に「理不尽な校則」によって、過度な抑圧を感じたり、不登校になったり、ハラスメントやマイノリティ差別など、人権侵害ともいえる苦しみを味わったりして尊厳を傷つけられている子どもたちがいる、ということを忘れないで欲しいです。

とはいえ、いずれにしても、この3年間ずっと途切れず、私たちの社会の様々なところで大きな動きがあったように、一つ一つ事実や実績を積み重ねていくことが重要なのだと思います。私たち一人一人の意識のアップデートが大切です。その先に「社会通念」があるのだと私は思います。

―本当にその通りですね。私もアップデートしていきたいと思います。

子どもを苦しめる「理不尽な指導」を本当になくしたいのであれば、「理不尽な校則」を形式的に廃止するだけでなく、須永さんご指摘の通り、私たち一人一人の意識をアップデートしていくことが大切です。

学校は、何かあったときに「子どもを甘やかすからそうなるんだ!」と叩かれないよう、いつも身構えています。私たち大人が誰しも持っている「子どもを甘やかしてはならない」という固定観念が学校を苦しめることもあるのです。ですから、学校任せにするのではなく、学校の外にいる私たちも、「一人一人の子どもの尊厳を守り、自主性を尊重すること」と向き合っていくことがとても重要です。

大阪の裁判で、裁判所が違法の判断を下さなかったことは、個人的にはとても残念でした。ただ、たとえ既存の方法が司法に「違法」と判断されなかったとしても、子どもの学習権や自主性を尊重する観点から「より良い方法」はきっとたくさんあるのだと思います。

今回、文部科学省は「校則を決める最終的な権限は各校の校長にある」ことを理由に統一的な基準を設けませんでしたが、これを機に全国の学校で個別に「より良い方法」を議論していけたらよいのではないでしょうか。

NPO法人 ストップいじめ!ナビ 理事/弁護士

早稲田大学教育学部理学科を卒業し、中高の教員免許(数学)を持つ弁護士。宮本国際法律事務所所属。NPO法人ストップいじめ!ナビ理事。全国の学校でオリジナルのいじめ予防授業や講演活動を実施するほか教職員研修の講師も務めている。著書に「教師もできるいじめ予防授業」「幸せな学校のつくりかた―弁護士が考える、先生も子どもも『あなたは尊い』と感じ合える学校づくり」(教育開発研究所)共著に「こども六法練習帳」(永岡書店)「ブラック校則」(東洋館)「スクールロイヤーにできること」(日本評論社)がある。TEDxHimi 2017「いじめを語る上で大人が向き合うべき大切なこと」はYouTubeにて公開中。

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