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「ひきこもり支援に“引き出し危険”」 8050問題の専門家がケアマネ向け冊子で警鐘

池上正樹心と街を追うジャーナリスト
精神科看護師として訪問看護やケアマネなどを経験してきた山根教授(著者撮影)

「自立支援」を謳って、家から「引き出し」する支援手法によるトラブルが社会問題になっている。

 とくに、最近は「失業」や「ひきこもり長期高齢化」などを背景にした「8050問題」が深刻化し、筆者の元にも、家族や周囲から(ひきこもる本人を)「外に出して」「自立させて」といった相談は後を絶たない。

 とはいえ、家族が「8050問題」を危惧し、第三者に本人の「引き出し」行為を依頼するのは危険だ。依頼された支援者が、突然、ひきこもる本人の大事にしている領域に侵入し、本人の意思を無視してどこかに連れ出そうとすれば、トラブルや事件につながり、命のリスクもある。親への不信感で親子関係もますます悪化し、ひきこもりを強固にしてしまう事例を数多く見てきた。

 疲弊した家族に、こうした8050問題への対応を適切に実践できる専門家は、なかなか見当たらない。現場では、地域のケアマネージャー(以下ケアマネ)などが、8050問題のような困難を抱えた孤立家族の存在を知っても、どう関わればいいのか、どこにつなげればいいのか、アプローチ方法などの情報が共有されていないのが現実だ。

 そんなケアマネ向けに『“8050問題”の基本理解と支援のポイント』というテキストが、このほど出版された。

家族とともに揺れながら寄り添う支援のポイントがテキストには凝縮されている(著者撮影)
家族とともに揺れながら寄り添う支援のポイントがテキストには凝縮されている(著者撮影)

 

 執筆したのは、精神科看護師として退院支援と訪問看護を務めた後、ケアマネを7年間経験してきた、山口大学大学院の山根俊恵教授(医学系研究科保健学専攻)。拠点になっているのは、山口県宇部市にあるNPO法人「ふらっとコミュニティ」で、月1回の家族心理教育実践編を5グループ開催し、全国から家族や支援者が相談に訪れるほか、ひきこもり家族会や居場所支援、アウトリーチ、当事者会なども開設している。

 このテキストは元々、山根教授がケアマネ向けの月刊誌で書いた特集を別刷りにしたもの。出版の目的は、ケアマネや民生委員などの地域の人が見てもわかりやすいように、「親を追い込んではいけない」という思いや支援のポイントを支援者向けに凝縮したものだが、実は家族も「親戚に理解してもらうために配ります」と言い購入。また、行政からも来年度から始まる「断らない相談窓口」の設置をする上で参考にしたいとの問い合わせが殺到しているという。

「母親とひきこもる息子の家族に困っていた周囲は、『このままではダメだ』『働け』などと迫って、どんどん問題が大きくなっていました。無理やり本人を外に出そうとか、親を責めることなくポジティブにサポートすることが間接的に本人をサポートすることになり、結果として心を開いてくれるようになるのです」(山根教授)

気持ちだけが先走ると正論を押しつける

 テキストは、ケアマネが直面する「8050問題」への悩みから始まり、役割と支援のプロセス、4つの事例から考える支援のポイントが紹介されている。とくに、プロセスのパートでは、支援者がやってはならないことの1つに、親に対する説得や助言などの「否定」があると指摘。まずは親の思いをしっかりと聞いて、問題解決を急がず、家族とともに揺れながら寄り添う支援が大事だと指摘する。そして、背景にある本人の生きづらさを知り、「孤立」から「社会」につながる接着剤のような役割を担うことが基本だという。

「ケアマネの役割は、家族の苦悩にどう寄り添えるかです。家族がこれまでやってきたことと同じように本人に現実を突きつけて動かそうとすれば、ケアマネが本人を追い詰めることになります。これでは、引き出し屋と同じことです。だからこそ、ひきこもり支援のことを学ばずに8050問題を解決へと動き出すのは危険です。支援者として何とかしてあげようという気持ちだけが先走ると、こうあるべきという正論をグイグイと押しつける傾向があるからです」(山根教授)

2018年11月に開かれたNPO法人ふらっとコミュニティ主催の「ひきこもり支援フォーラム」には約130人が参加した(著者撮影)
2018年11月に開かれたNPO法人ふらっとコミュニティ主催の「ひきこもり支援フォーラム」には約130人が参加した(著者撮影)

 そう説明する山根教授によれば、周囲は問題を何とかしようとするから、本人が恐怖を感じ、心を閉ざすという。

「今までは、家族の中で起きている悪循環の改善を家族心理教育で行ってきました。家族が本人を理解しようという姿勢で関わり、対話を始めることで心を開きはじめ、本人支援へとたどり着きました。地域の人もそういう思いで家族や当事者に関われば、追い込まれることなく本人も変わって来るんです」

 人は、うつ状態のように自信がなくなり、生きる意欲がなくなれば、動けなくなる。そのプロセスの中で、ベースに生きづらさや傷つき体験があり、家の中でも責められることが、ひきこもり状態が長期化していくパターンだ。本人が家の中で追い詰められる苦しい状況は、症状を引き起こすことにもなる。

「ひきこもる人を外に出すのは支援ではありません。問題を何とかしようとするのではなく、傷ついた自尊感情の手当てと本人の持っている力をどう引き出すかが大事なのです」(山根教授)

 本来の包括ケアとは何なのか。「寄り添う」「伴走する」などの言葉が使われるものの、現実に実践できている支援者は少ない。

 テキストは、カラー二色刷りで23ページ。1冊500円プラス郵送料で、同コミュニティが販売の注文を受け付けている。

「8050問題」の支援のポイントについて、もっと具体的に知りたい、学びたいという希望者のために、同コミュニティは今後、支援者や民生委員等の地域向けの研修会も開催する予定だ。

心と街を追うジャーナリスト

通信社などの勤務を経てジャーナリスト。KHJ全国ひきこもり家族会連合会副理事長、兄弟姉妹メタバース支部長。28年前から「ひきこもり」関係を取材。「ひきこもりフューチャーセッション庵-IORI-」設立メンバー。岐阜市ひきこもり支援連携会議座長、江戸川区ひきこもりサポート協議会副座長、港区ひきこもり支援調整会議委員、厚労省ひきこもり広報事業企画検討委員会委員等。著書『ルポ「8050問題」』『ルポひきこもり未満』『ふたたび、ここから~東日本大震災・石巻の人たちの50日間』等多数。『ひきこもり先生』『こもりびと』などのNHKドラマの監修も務める。テレビやラジオにも多数出演。全国各地の行政機関などで講演

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