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元農水事務次官の長男殺害に当事者団体が声明 親子を苦しめたのは「昭和の呪縛」

池上正樹心と街を追うジャーナリスト
被害者の心情を想像し、同じ当事者として親への気持ちや悔しい思いが綴られた声明

 元農水事務次官の長男殺害事件に対する実刑6年の判決は、しっかり監視された中で被告が自分の過ちを見つめてもらう時間としても、最低限必要であろう量刑だったと思う。

 長男が「アスペルガー症候群だった」ことが明らかになるのは、2015年になってからであり、それまでの長い間、学校や職場などで、周囲の理解や配慮の必要性、親子それぞれに合った社会資源の情報を得られる機会がなかったのは、不幸なことだったかもしれない。

 裁判で、精神科医の証人尋問によれば、長男は「発達の特性」として、「記憶力が非常に鮮明で、写真のように覚えている」という特徴があり、「いじめを受けたときの嫌な記憶に苦しんだと思う」と証言している。

 そして、「対応できないイライラが、言葉以外の表現になることも多い」が、その表現は「相手を攻撃するのが目的でもない」とも話している。

 また、「学校生活は相手の反応に応じて臨機応変に対応しないといけない集団生活なので、強いストレスを受けた結果、家に帰ると爆発したのではないか」と推測する。

 弁護側は、最終弁論で「被告はアスペルガー症候群について医師にも相談し、自分でも本やネットで調べ、理解を深めていた」「被害者を支えようと、大変な努力をしてきた」などと訴えた。

 一方、母親の証人尋問によれば、事件の6日前、長男が突然「お父さんはいいよね。東大出て何でも自由になって。私の44年の人生は何だったんだ」と突っ伏して泣いた、というエピソードが印象的だ。

「普通に生んであげればよかった」と思ったという証言からは、苦しむ子を支えてきた親としての気持ちが伝わってくる一方で、その言葉を子が聞いたら「健常者だったら良かったのに」とも受け取れるのではないかという、何とも言えないもどかしさを感じる。

 また、被告が「目白(長男を住まわせていた自宅)のごみ清掃しなきゃ」というと、長男が暴力を振るうなど、「ごみという言葉に反応していた」という。長男は清掃したくてもできない特性を持っているのに、被告が「迷惑をかけるから」と清掃させようとしていたことに対する、長男なりの表現だったようにも感じられる。

認められたい親に否定され続けた子の心情

 そんな中、発達障害当事者団体が18日、元次官の事件について、「“暴力行為を行っていた長男にも非がある”という意見が多数見受けられ、常識的子育て論が横行していることを懸念」しているとしたうえで、「最も認められたい両親に、幼少期から否定され続けた被害者の心情を想像すると、同じ発達障害の当事者として、親を憎みたくなる気持ちを理解できるし、挙句に殺害される最期になってしまったことが非常に悔しい」と綴り、背景や成育歴の十分な検証を求める声明文を公表した。

 発表したのは、関西地方の当事者会と家族会、計23グループで構成する「さかいハッタツ友の会」(石橋尋志代表)。2006年に大阪府堺市で発足して以来、年間のべ2千人が参加している。

 自らも「ADHD」当事者である石橋代表(41歳)は、判決後のツイッターでのつぶやきの反響が大きかったことから、「発達障害の子を持つ両親に、それぞれの考え方が違っていたのではないかということに気づいてほしくて」、声明を出すことにしたという。

「団塊世代の両親は、右肩上がりの昭和の時代に生きてきたから、頑張れば結果が出た時代だった。でも僕らがいま生きているのは、頑張っても結果が出ない時代。社会がまだ昭和の価値観を引きずったままだから、結果が出ない人は頑張っていないとみなし、自分の子をつぶしてるのに気づいてない親が多い」

 石橋代表は、そうした背筋の凍るような価値観の支配を「昭和の呪縛」だと表現する。

生きてほしいと思うのなら親は口出ししない

 声明文によると、<我が子が発達障害と判明した時点で、「適切な療育方法」を提示することができれば、このような事件は未然に防ぐことができた>としている。

<大多数の親御さんは、我が子のためを思って、厳しくしつけをしたり、愛のある叱責をなされてると思いますが、結果として、それらは発達障害の生育にマイナス要因にしかならず、親御さんの意図に反して、結果として我が子の社会性を奪うことになる>と指摘。報道に対しても、<「子供を甘やかした結果である」というコメントは、まったく的外れであるだけでなく、むしろ正反対の認識が世間一般になされている証左>だと訴える。

 同会は、現実的な施策として、<発達障害児を持つご家庭向けの子育て講習会を市町村主催で定期的に開催する><発達障害の当事者や子育て経験者を「ピアサポーター」として育成し、社会資源として活用する制度の創設>、市町村が認定する<発達障害認定書(仮)の発行>などを要望している。

 石橋代表は、こういう。

「社会で生きてほしいと思うのなら、親は口出ししないこと。働いてほしいと思うのをやめれば、結果として働くようになる。就労支援に行かそうとすると、余計就職できなくなる。本来の発達特性を持った個性的な子の姿を見ずに、親としてどうあるべきかとか、よそ様に恥ずかしくないようにとか、自分が恥ずかしくないように、という子育ての仕方は、昭和と違って今の時代には間違っていることが、事件で明白になったのではないか」

心と街を追うジャーナリスト

通信社などの勤務を経てジャーナリスト。KHJ全国ひきこもり家族会連合会副理事長、兄弟姉妹メタバース支部長。28年前から「ひきこもり」関係を取材。「ひきこもりフューチャーセッション庵-IORI-」設立メンバー。岐阜市ひきこもり支援連携会議座長、江戸川区ひきこもりサポート協議会副座長、港区ひきこもり支援調整会議委員、厚労省ひきこもり広報事業企画検討委員会委員等。著書『ルポ「8050問題」』『ルポひきこもり未満』『ふたたび、ここから~東日本大震災・石巻の人たちの50日間』等多数。『ひきこもり先生』『こもりびと』などのNHKドラマの監修も務める。テレビやラジオにも多数出演。全国各地の行政機関などで講演

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