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「居場所」と「はたらく場」のあいだを埋めるもの

池上正樹心と街を追うジャーナリスト
協働連絡会のキックオフミーティング(左から2人目が柳井さん)2月15日 筆者撮影

「就労支援から協働支援へ」をコンセプトに掲げ、社会問題の当事者活動を「しごと」につなげようという「協働連絡会」が、このほど東京でキックオフミーティングを開いた。

 

 連絡会を立ち上げたのは、埼玉県で一般社団法人の活動を行いながら、小売業界で働く柳井久弥さん(40歳)。社会問題の解決を第一の目標とする社会的企業(起業)を通じて、当事者の中に眠っている「仕事の種」を探し、地域のコミュニティカフェをベースにした中間的就労の構築を目指すのが趣旨だ。

 3月4日(日)には、共催する都内の一般社団法人「障害者就労支援協会 コンフィデンス」(佐藤恵子・代表理事)の事務所を借り、連絡会として初めてのワークショップを開く。

 連絡会は現在、埼玉県内にある起業支援を目的に運営するシェアオフィスを月1万円で借り、すでに学童保育施設でのプログラミング講座や障害者の就労移行支援施設での技術指導などの仕事の発注も受けている。

 柳井さんが見据える先にあるものは、単なる「居場所」にとどまらない。ひきこもり状態に置かれた人などの生きづらさを抱えた人たちが、地域のつながりの中で仕事を自分たちでつくっていくプラットホームであり、いわば「仕事おこし」の場だ。

生産効率とは別の評価軸をつくりたい

 柳井さんは大学院卒業後、IT系の会社で正社員としてシステム開発に従事する一方で、不登校や高校中退者向けの学習支援(高卒認定試験対策)を約8年続けた。試験対策ガイドブックで運営するホームページを紹介されたり、インタビュー記事が掲載されたりすることもあった。

 しかし、長引く不況の影響や激務で精神的に追い込まれることもあり、2013年頃には完全に失業状態になり、実家に戻った。

 

 翌年、一般社団法人を設立したが、軌道に乗るまでは生計を立てるために何か仕事をする必要があった。そこでITのキャリアを活かし、現在の小売り系企業に入った。ところが、配属先は、面接時に約束されたシステム部ではなく、重作業の現場だった。

 現場には、ひきこもり経験者や、パニック障害と思われる人たちがいて、生産性が要求される業務についていけず辞めていく光景を何度も見てきた。現場の作業員は、常にノルマに追われ、その結果として言葉が荒くなる傾向があると感じている。

 ある日、職場では、自分のミスではないのに、複数の管理者から咎められ、暴言とも受け止められるパワハラを経験した。コンピュータの履歴などから自分のミスではないことを説明したものの、一言謝られただけで済まされてしまった。

 柳井さんは、こうした経験をもとに、協働連絡会を作りたいと考えるようになったという。

「生産効率という評価軸とは別の評価軸を作れれば、様々な人が働きやすい職場ができるのではないかと考えるようになりました。例えば、作業効率が悪くても、子供の相手ができるという評価軸を作れば、子供向けのワークショップ講座のアシスタントは見込みがあると思うんです」

 2016年、多様な人たちの集まる対話の場「ひきこもりフューチャーセッション庵-IORI-」に参加して、後に自らも「“居場所”と“はたらく場”のあいだ」というテーマオーナーを務めた。

「居場所に来られるようになっても、次の就労のステップが、なかなかハードルが高い。そのハードルを埋めるようなステップが踏めたらいいなと思ったんです」

 翌年の2017年10月には、家族会が主催するKHJ全国大会in東京で、「居場所と中間就労」の分科会に登壇した。

 その後も、コミュニティカフェという地域の居場所を借りて、ワークショップを開いた。パソコンやイラストが得意という特技を持っている当事者がいれば、一緒に何かをつくっていくことで、自信につながるのではと考えた。

「せっかく居場所で人のつながりができても、再就職するときは個人で履歴書を書く。また1人で就職に向けて活動しなければいけない。本人も家族も支援者も同じ方向を見て、一緒にできる仕組みができたらいい。同じ目的のために対等な立場で協力して共に働くという意味の“協働”を、就労支援の最初の一歩に取り込めないかと考えたのです」

家族会で就労をつくり、チャレンジできる場を

 連絡会では、ひきこもる気持ちに理解があり、地域に開放されている全国のコミュニティカフェを使って、ワークショップの展開を企画している。

 長年ひきこもってきた人が、いきなり就労の現場に放り込まれると、無言の圧力で周りに相談できない。過去の経験から、人間関係に恐怖を感じて動けなくなることもある。

 周囲から「わからなかったら聞きなさい」と言われる。でも、どこのタイミングで聞けばいいのかわからない。そうしていると、「意欲がないのか」と思われてしまう。

 就労しても、続けていくのが難しい。それがまた個人の責任にされる。本当は受け入れる側の体制の問題もある。見えないパワハラもある。だから、自分たちが協働でできるように仕組みをつくっていけば、そうした問題も解消できる。

「会社全体としては、仕事を通して、みんなで良い社会を作ろうというのがあるけど、現場になるほどノルマがあって、障害があるとわかっていても、口調が強くなるケースもある。ノルマをこなさないと評価に関わり、だんだん行きづらくなって離れしまう」

 そう現実を説明する柳井さんは今後、「家族会で就労をつくり、何かやりたいと思ったときに、チャレンジできる場を提供したい」という。

「協働連絡会では、対話によってアイデアを出し合い、メニューを作って、全国の家族会に提案していきたい」

 3月4日の会は、午前10時から午後5時30分まで。NHK福祉ビデオ教材「ひきこもりからの回復」3巻を3コマに分けて上映する。

 その後、1コマ目は「私がひきこもった理由~回復へのヒントを探る~」の感想共有、2コマ目は「我が子がひきこもったとき~家族の役割と支援~」の感想会と対話。3コマ目は「あなたは一人じゃない~様々な支援の形・地域編~」の感想会と当事者活動についての対話。終了後には、会場で簡単な懇親会も予定されている。

 費用は、運営費として1000円(実費)。1コマのみの参加は500円。会場は、千代田区飯田橋3-11-22ヤマギワビル6階。

 今回の企画には、他にも、一般社団法人「ドリームマップ普及協会」をはじめ、家族会、コミュニティカフェ、当事者団体などが後援、賛同している。

 申し込みは、ibasho_hatarakuba@yahoo.co.jp(@は半角に変換して送信ください)

心と街を追うジャーナリスト

通信社などの勤務を経てジャーナリスト。KHJ全国ひきこもり家族会連合会副理事長、兄弟姉妹メタバース支部長。28年前から「ひきこもり」関係を取材。「ひきこもりフューチャーセッション庵-IORI-」設立メンバー。岐阜市ひきこもり支援連携会議座長、江戸川区ひきこもりサポート協議会副座長、港区ひきこもり支援調整会議委員、厚労省ひきこもり広報事業企画検討委員会委員等。著書『ルポ「8050問題」』『ルポひきこもり未満』『ふたたび、ここから~東日本大震災・石巻の人たちの50日間』等多数。『ひきこもり先生』『こもりびと』などのNHKドラマの監修も務める。テレビやラジオにも多数出演。全国各地の行政機関などで講演

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