「わたし、定時で帰ります。」で注目 残業しすぎはどうして体に良くないのか?専門医に聞きました

残業イメージ(写真:アフロ)

昨夜、最終回を迎えたドラマ「わたし、定時で帰ります。」。新しい時代の働き方を模索するヒロイン・結衣の姿が注目と共感を集めました。

いま社会的に進む働き方改革。残業(時間外労働)をしすぎず効率的に働く姿が理想とされる一方で、「自分はもっと働きたい」「仕事の量そのものが変わっていないのに帰れない」という意見もあります。

様々な意見をお持ちの方がいると思いますが、議論の前提として押さえておきたいのが、そもそもなぜ「残業のしすぎは体に良くない」と言われるようになったのか?という点です。

働き過ぎが健康に与える影響について、産業医の五十嵐侑(いがらし・ゆう)さんに聞きました。

産業医・・・企業などに所属し、従業員の健康管理を行う医師。働く人が過重な残業をしたときに、健康に問題が起きていないかどうかを確認する役割も担う

意外と知らない?働きすぎが健康に及ぼす「3つの悪影響」とは

Q)「わたし、定時で帰ります。」のヒロイン・結衣は、月間の残業が100時間以上に及び、体調を崩した経験から新しい働き方を目指します。

実際に、残業のしすぎによって体調を崩してしまう人は多いのでしょうか?

(五十嵐)はい、自分は大丈夫と思いながらも、気づかないうちに健康を害している人は少なくありません。

典型的には、「40代で地方の開発拠点に単身赴任となり、睡眠時間を削って仕事に打ち込んでいておられ、久しぶりに血圧を測ってみたら上が180を超えていた」(140以上で高血圧)というようなケースです。

実際、10万人規模の健康診断データを解析した調査では、40歳~60歳の働く人の1.4%程度で上の血圧が180を超えていました。従業員が50~100人いる企業には、1人くらい危険な領域の人がいるかもしれないということです。

このようなケースでは、早めに気づいて働き方や生活習慣の見直しを行わないと、脳卒中・心臓病などの命にかかわる病気を発症する危険性が高くなります。

脳卒中は、脳の血管が破れたり詰まったりして脳がダメージを受ける病 画像:Pixabay
脳卒中は、脳の血管が破れたり詰まったりして脳がダメージを受ける病 画像:Pixabay

Q)働きすぎが、なぜ血圧の上昇などにつながってしまうのでしょうか?

(五十嵐)働きすぎによって起きる健康の問題は、主に3つの原因によって引き起こされます。1)働きすぎによるストレス2)睡眠時間の不足、そして3)生活習慣の乱れです。(※1)

1)働きすぎによるストレス

1日3~4時間の残業をすると、心筋梗塞などのリスクが上がることが分かっています。(※2)

働くということは、それだけで気が張っているということになりますので、交感神経が緊張します。ストレスホルモン(コルチゾール)が分泌される状態が長く続くと、それが動脈硬化や高血圧を引き起こし、心筋梗塞につながります。

2)睡眠時間の不足

残業が増えると、1日の生活時間のうち、どこかを削って時間を捻出しなければならなくなります。食事や通勤などの時間はあまり減らせないので、どうしても睡眠時間にしわ寄せが行ってしまいます。

残業が4時間の時の1日の時間配分の例(資料※3より五十嵐医師作成)
残業が4時間の時の1日の時間配分の例(資料※3より五十嵐医師作成)

過去の調査では日々の睡眠時間が6時間を切ると、心筋梗塞などのリスクが上がることがわかっています。(※4)

「睡眠負債」という言葉も話題になりましたが、睡眠不足の影響はじわじわと体に蓄積し、命を失うような病のリスクを高めてしまうのです。

1日の残業時間と睡眠時間の関係(五十嵐医師作成)
1日の残業時間と睡眠時間の関係(五十嵐医師作成)

3)生活習慣の乱れ

さらに、残業が多ければ、もともとの趣味や運動ができなくなったり弁当や外食に頼るといった食事の乱れにもつながります。

また残業が多く睡眠時間が短くなると、食欲をうながすホルモンの分泌が多くなり、食べ過ぎにつながる方もいます。(※5)

それらが積み重なって高血圧や糖尿病、肥満症といった生活習慣病、さらには心筋梗塞や脳卒中という重い病気を引き起こしてしまいます。亡くならなくても、重い後遺症で働けなくなることもあります。

睡眠時間の乱れは過食の引き金になることも 画像:Pixabay
睡眠時間の乱れは過食の引き金になることも 画像:Pixabay

「過労死」を防げ 企業・働く人それぞれにできること

Q)残業をしすぎると、その影響が少しずつ積み重なり、命に関わるケースも出てくるというわけですね

(五十嵐)はい、最近のデータを見ても、過労死(過重な労働による脳・心臓疾患による死亡)は毎年のように起きています(※6)。

そして、死に至らないものも含めて脳・心血管疾患は残業時間が多い方に多く発生しています。

平成29年度 脳・心臓疾患発生状況 資料(※6)より五十嵐医師作成
平成29年度 脳・心臓疾患発生状況 資料(※6)より五十嵐医師作成

残業が80時間を超えてくると、過労死の労災認定基準の「長期間の過重業務」にあたるため、そこを過労死ラインと言ったりもします。特に、高血圧や糖尿病、喫煙といった危険因子がある方は要注意です。

なおグラフで、残業が120時間を超えると数が減るように見えますが、これは、それほど残業をする人がそもそも少ないからであり、危険性が減るわけではありません。

Q)一方で、残業を減らせと言われても「仕事そのものが多くて、サービス残業をせざるを得ない」という声もあるようです。

(五十嵐)そうですね、だからこそいま、社会として働き方改革の重要性が叫ばれています。2019年4月には労働基準法などの法律が変わり、残業規制や有給休暇の取得日の指定義務など、企業側への規制も厳しくなっています。

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また、人手不足が深刻化している中で、働く人の健康を意識することは企業にとっても重要になっています。働く人が十分な睡眠時間をとれることを前提に、そこから逆算して退勤時間を決められるような制度を作るなど、企業の経営層や管理職、人事部門がマネジメントすることが求められています。

また働く人にも、人生100年と言われるこの時代だからこそ、健康は人生の大事な資産と考えて、働き盛りの時期から身体をケアしていただきたいです。

寝る直前までスマホやテレビを見ない、自身の健診結果を少し意識して振り返る、日常的に体重や血圧を測るなど出来ることから始める、というのはいかがでしょうか。その際に、私たち産業医もうまく活用していただければと願っています。

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【取材協力】

産業医広報推進部

働く人の健康を守るための学問である産業医学を専門とする5人の専門家チーム

五十嵐侑さん(産業衛生専門医)

大手精密機械製造業の産業医。災害復旧時の働く人の健康を守る研究をライフワークとしている。

五十嵐侑さん(産業衛生専門医) 写真:本人提供
五十嵐侑さん(産業衛生専門医) 写真:本人提供

【参考資料】

(※1)平成20年度厚生労働科学研究報告書・労働安全衛生総合研究事業報告書

(※2)Virtanen M, Eur Heart J 2010;31:1672-3, 1737-44

(※3)和田攻. 産業医学レビュー 2002;14(4):183-213

(※4)Hamazaki Y et al. Scand J Work Environ Health. 2011;37(5):411-7

(※5)Taheri S et al. Plos Med,1(3),2004;1:210-7

(※6)厚生労働省 過労死等の労災補償状況 平成29年