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公立中学の教員が新学習指導要領を読み込んだら凄いことになった

前屋毅フリージャーナリスト
新学習指導要領の解説 外国語編    撮影:筆者

「学習指導要領」は学校教育において基準となる存在だ。しかし、現場の教員たちが読み込んでいるかといえば、そうでもないらしい。埼玉県所沢市立向陽中学校校長の沼田芳行さんは、その学習指導要領を読み込むことを教員に提案した。そこから、大きな変化が始まっている。

|多くの教員は学習指導要領を読み込んでいない

 学習指導要領を読み込む提案をした理由を、沼田さんは次のように説明する。

「提案したのは昨年(2020年)、学校が全国一斉臨時休業になったときでした。時間もできることだし、2021年度から完全実施となる学習指導要領は従来とは大きく変わっていることもあり、ここでじっくり読み込んでみるいい機会だと思ったからです。教員は忙しいので、学習指導要領を読み込む時間がないのが現状で、じっくり読んでいる教員が少ないのも事実です」

 新型コロナウイルス感染症(新型コロナ)の感染拡大を受けて安倍晋三首相(当時)が突然に休校を要請したのが2020年2月27日で、3月2日から全国の学校が一斉臨時休業にはいった。新型コロナ対策という新しい仕事が加わったこともあって教員の多忙が大幅に軽減されることはなかったものの、生徒が登校してこないぶんだけ、多少は教員にも余裕が生まれた。その時間を利用すれば、通常なら余裕がなくてできていない学習指導要領を読み込むいい機会になると考えたのだ。

 2017年に改定された学習指導要領は、中学では2021年4月から完全実施となっている。従来にくらべて大きく内容が変わったとされているが、なかでも大きく変わったといわれているのが「外国語(英語)」である。

 向陽中学の英語科教諭のAさんは、「校長に提案されたときは、『読み直してはみますけどね』くらいの気持ちでした。学習指導要領は知った気になっていましたし、読んでみても実際の授業には通用しないと思っていましたから」と言って笑った。さらに彼女が続ける。

「学習指導要領は『別枠』のように考えていたところがあって、国から示されている大きな目標みたいなものだと捉えていました。生徒の実態や学校の特色に合わせて、自分のスタイルでやるのが実際の授業でした」

|指導には濃淡があっていい

 いざ読み直してみたら、「こんなにも大事な内容だった、と実感しました」とAさん。その「大事なこと」についていろいろ聞かせてもらったが、なかでも興味を惹かれたのは「指導には濃淡があっていい」ということで、語彙についての話がわかりやすかった。

 中学の3学年間で学習すべき語彙は、新学習指導要領の「解説」によれば「1600~1800語程度」となっている。その前の学習指導要領では「1200語程度」となっていたので、400~600語も増えたことになる。

 従来であれば、学習指導要領で示された全部の語彙について「意味がわかって、聞いたり読んだりができ、さらに書けて話せる」ような指導がされていた。同じ指導を前提とすれば、400~600語も増えれば指導の負担は大幅に増えることになる。もちろん、生徒の負担も大きくなる。

 教員は負担の大きさばかりを感じていたかもしれないが、新学習指導要領ではすべての語彙について同じように指導することを求めていない。語彙によって指導に濃淡をつけてもいい、とされているのだ。新学習指導要領の「解説」には、次のように記されている。

「生徒の発達の段階に応じて、聞いたり読んだりすることを通して意味を理解できるように指導すべき語彙(受容語彙)と、話したり書いたりして表現できるようにすべき語彙(発信語彙)とがあり、ここで示されている『1600~1800語程度』の全てを生徒が発信できることが求められているわけではないことにも留意する必要がある」

 全部がいっしょではなく、なかには書けなくてもいい語彙もある、というわけだ。ただし、どれが受容語彙なのか発信語彙なのか、新学習指導要領に明記されているわけではない。そこまで言うなら、明快に振り分けといてくれよ、と言いたくなりそうだが、明記されていないのが現実である。

 受容語彙と発信語彙の解釈が教員によって違ってくる可能性が大きいわけで、それを避けるために向陽中では、教員間で話し合いを密にしているという。それでも、語彙についての濃淡については解釈の仕方に差があるのも事実だ。

 現在では、小学校でも英語が必修化になるなど、英語指導が積極的に進められている。小学校で学んできたことは受容語彙と発信語彙の振り分けるわけにも影響してくることであり、そのため小学校で使っている教科書を自費購入している教員もいる。

|求められているのはコミュニケーション能力

 新学習指導要領には、小学校での英語学習を活かすことが重要だと繰り返し述べられている。それなら中学校教員に小学校の教科書を無償配布するくらいすればいいのだが、それは行われていない。言ってることとやってることがチグハグなのは、文科省らしいともいえる。

「学習指導要領でも、英語科の最大の目標は英語でコミュニケーションをとることだとされています」と、Aさん。そのためには全部の語彙を一律に学ぶのではなく、コミュニケーションに必要なことを優先する必要がある。

 英語を学ぶのは、海外の人たちとコミュニケーションがとれるようにするためである。それには、従来の穴埋め式の出題に対応するだけの英語指導では不十分でしかない。それを理解しないで従来どおりの授業を続けていれば、新学習指導要領が求めていることに応えられないことになる。それが子どもたちのためになることなのかどうか、真剣に考える必要がありそうだ。

「校長に『読み込んでみてどうだった?』と訊かれたんですが、『恥ずかしながら、ぜんぜん理解していませんでした。読み込んだら知ることが多くて、指導観がちょっと変わりました』と答えました」と、Aさん。

 Aさんだけでなく、教員が新学習指導要領を読み込んだ向陽中学の英語科は、変わろうとしているようだ。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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