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教員が「教え込む」ような旧スタイルではICT活用の新しい教育は育たない

前屋毅フリージャーナリスト
(提供:towatowa/イメージマート)

|オーナーシップをもつのは生徒

「教員が教える側で生徒は教わる側、それが従来の学校のスタイルでした。50分の授業時間のうち45分は教員がオーナーシップをもっていました。しかし、これからは子どもたちがオーナーシップをもつ時間を増やすというのが、新学習指導要領での方針でもあります」

 そう言うのは、横浜市立鴨居中学校の齋藤浩司校長。そして昨年10月につくったのが、「生徒ICTサポーターズ」(以下、サポーターズ)だった。彼が続ける。

「文科省のGIGAスクール構想による『1人1台端末』が前倒しされることが決まりました。その活用に向けて準備を始めなければいけなくなったわけですが、端末の操作を教員が覚えて生徒に教える従来のスタイルでは時間がかかりすぎます。だいいち、生徒が楽しくない」

 説明は続く。「端末を活かしていく生徒の意識を高めるには、雰囲気づくりが大事だと考えました。生徒同士で教え合うとか、気軽に訊ける風土が必要だなと思いました。教員にとっても、補助してくれる生徒がいれば助かりますしね」

 サポーターズを、その核にしようとしたというわけだ。1人1台端末をきっかけに、教員が「教え込む」のではなく、生徒がオーナーシップをもって学んでいく学校風土をつくろうとしているのだ。

 サポーター募集のビラを配布したところ、1年生と2年生から17人が応募してきた。今年になって新1年生も加わり、現在は22名になっている。

サポーター募集のために配られたビラ (提供:鴨居中学)
サポーター募集のために配られたビラ (提供:鴨居中学)

|パソコンが得意な子も苦手な子もサポーターに

 現在3年生の高岡那琉さんも、募集ビラを見て、すぐに申し込んだ。その理由を、彼は次のように語る。

「友だちに誘われたのが直接のきっかけでした。1人に1台のパソコンが配られるのは知っていたので、その使い方を教える立場になる、というイメージでした」

 彼は中学1年生くらいからパソコンに触りはじめたという。父親が使っているのを見て、「カッコいいな」と思ったのがきっかけだったという。それで、自分の貯金を使って買った。

「買う理由を父親に訊かれて、『学習塾のオンライン授業を受講するため』と答えました。それは、買うのを認めてもらう口実みたいなものでしたけどね。ただ、欲しかった」

 と言って、高岡さんは笑った。もちろん学習塾の授業も受講したし、いろいろな使い方を父親から教えてももらった。だから、パソコンの操作には慣れている。

 サポーターは、彼のようにパソコンが得意な生徒ばかりではない。同じ3年生の鈴木愛莉さんは次のように話す。

「自宅にパソコンはありますけど、親が使っていて、私はあまり触らない。調べものは、スマホでやっていました。サポーターに応募したのは、パソコンの基本操作すら知らなかったので、覚えられるかなと思ったからです」

 とはいえ、サポーターはパソコンの使い方を教える役割のはずである。それを確認すると、彼女は笑いながら答えた。

「そうなんですよ。募集のビラをよく読んだら、そう書いてある。焦っちゃいました。でも、教えられるようになれば、他の人の役にもたてますからね。だから、申し込みました」

|サポーターのための研修会も行われた

 サポーターになれば、すぐに「詳しいんだから、教えなさい」とはならない。教えるためのスキルを身につけるために複数回の研修会が開かれている。強制ではなく、その都度、都合のいいサポーターが集まって研修を受ける。だから、鈴木さんのような未経験者でも、サポーターとしての役割をはたせるようになっていくわけだ。

 サポーターズにはいれば、それを優先しなければならないわけでもない。自分の都合で参加すればいい。現に、高岡さんも鈴木さんも部活をやりながらサポーターとしての活動も続けている。

昨年行われた研修会の様子  (提供:鴨居中学)
昨年行われた研修会の様子  (提供:鴨居中学)

「今年になって配られたのはChromebookですけど、昨年の10月には手元にないのでiPadを使って、ソフトを使っての自己紹介づくりや、オンラインで繋げたり、学校用ソフトを使う練習をしたりしてきました。いろいろ、教わることは多かったです」

 と、高岡さん。今年になっての生徒総会は、各教室をオンラインで結んで開かれたが、それぞれの教室での機器のセッティングは、サポーターが手分けして行った。1人1台端末で配布されたChromebookを取り扱うえでのルールづくりも始まっているが、それは生徒主導で行われており、その中心になっているのもサポーターである。高岡さんが続ける。

「学校でパソコンを使うようになるとは思っていなかったので、1人に1台が配られると聞いたときは衝撃でした。パソコン無しでもやれているのに、『何をやるのかな』とも思いました。でも、これまでは教室の前の大きなモニターに映していたけど、自分の机に自分専用のモニターがあると便利です。授業前の5分間の朝活で英単語を覚えるアプリを使ったり、答案の丸付けもボタンひとつでパッとできたりします。これまでとは違うというのを実感しているし、勉強しやすくなりました」

 そのうち、オンライン授業も行われるようになるかもしれない。「オンライン授業になって、学校に来なくてもいいようになれば嬉しい?」と、2人に訊いてみた。

「オンライン授業ばかりだと嫌かな。学校で友だちと会って、遊んだりするのも大事だと思うんですよ」と、高岡さん。鈴木さんも、「去年の休校でも、最初は『ヤッター』と思ったんですけど、そのうち『長すぎるな』と思いましたからね」と続けた。

 1人1台端末の配布が全国的にほぼ終わり、利活用を急いたり、結果を求めたりする声までではじめている。そこでは「教え込む」姿勢ばかりが目立ち、大人の都合の押し付けでしかない。

 それに振りまわされるだけでは、子どもたちの興味もしぼんでしまう。せっかくの端末を学びに活かしきれなくなる可能性すらある。学校現場にICTが根付いていくために必要なのは、子どもたちがオーナーシップをもって取り組める体制ではないだろうか。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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