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いつもの脅し?1人1台端末「通信簿」の落とし穴

前屋毅フリージャーナリスト
(写真:アフロ)

 公立の小学校や中学校の児童生徒の一人ひとりが自分専用の端末を持てるようになるだけで、オンライン授業が成立するかのような「雰囲気」を盛り上げようとしているようだ。そこには、肝心なところが抜け落ちている。

 1人1台端末は、文部科学省(文科省)が2019年12月に打ち出した「GIGAスクール構想」に基づくものだ。当初は、1人1台端末の実現を2023年度までとしていた。

 これが、新型コロナウイルス感染症(新型コロナ)の影響でオンライン授業が突如として注目されるなかで、前倒しされている。政府は昨年度と今年度の補正予算で計4610億円を計上して、1日も早く実現させようと躍起になっている。

 とはいえ1人1台端末の実現には、市区町村が動かなくてはならない。学校設置者が市区町村だからだ。文科省が自らパソコンを調達して全国の児童生徒に配布できる仕組みにはなっていない。

 その市区町村の動きに、文科省は不満があるようだ。7月21日に自民党の教育再生実行本部が開かれ「GIGAスクール構想」についての協議が行われたが、そこで文科省は20政令市と東京23区を対象にした端末の調達状況についての調査結果を報告している。同日付の『教育新聞』(電子版)は、「端末調達状況の“通信簿”とも言える内容が明らかになるのは、今回が初めて」と伝えている。

 同記事は、「8政令都市5区の計13自治体が事業者の選定を終え、渋谷区では8月までに全ての端末の調達が完了する見通しとなっている一方、東京の6区では区議会で関連経費の承認さえ行われていないことが分かった」と伝えている。

 まさに「通信簿」であり、「ここまでやっているところがあるのに、あなたはできていない」と指摘して尻を叩いている感じがする。自民党教育再生本部に報告することによって、さらに自民党に尻を叩いてもらいたいかのようだ。成績の悪いことを保護者に知ってもらって、尻を叩いてもらう、そういう「通信簿」の役割に似ている。いつもの文科省の「脅し」でしかない。

 しかし、尻を叩いて1人1台端末を実現しても、それが子どもたちや教員のためになるのだろうか。教育実践に詳しい大学教授が、次のように指摘する。

「教室での授業では、生徒が気を利かせてうなづいたり、あいまいな質問でも的確に答えてくれるので何とか授業がすすむのですが、オンラインのような教師からの一方的な授業ではそれがありません」

 オンライン授業によって、多くの教員がそれに気づくことは大事かもしれない。しかし気づかない教員も多いだろうし、そうなると教員が一方的にすすめるだけで、授業になっていない授業が繰り広げられることになる。子どもたちにとっては興味をもてないし、それどころか理解できない授業になりかねない。

 実際、それに対する不満の声は、すでにあがっている。1人1台端末を急ぐだけでオンライン授業の質を軽視したままでは、大きな弊害が生まれることになるだろう。1人1台端末もけっこうだが、同時にオンライン授業の中身を充実させることが必要である。1人1台端末が子どもを悩ます存在になるようでは本末転倒でしかない。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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