小学校や中学校でも増える外国人、文科省の対策を見るポイント

(写真:アフロ)

 学校も「外国人」の存在抜きには語れない時代になりつつある。

 日本の大学や日本語学校に在籍する外国人留学生は、外国人留学生の在籍状況を毎年調査している日本学生支援機構によれば、2018年5月1日時点では29万8980人と、前年比12%増となっている。この増加傾向は6年連続であり、30万人突破が時間の問題でしかないことは明白で、ますます増えていくことは確実である。

 外国人在籍者が増えているのは、大学や日本語学校ばかりではない。公立学校(小・中・高等)に在籍する外国人は、2004年度には7万345人だったが、15年度には7万6282人となっている。

 こうしたなかで顕著となってきているのは、日本語指導が必要な児童生徒数の増加である。2004年度には1万9678人だったが、15年度には2万9198人へと急増しているのだ。

 安倍晋三政権が外国人労働者を積極的に受け入れる姿勢を鮮明にするなかで、ますます日本語指導が必要な児童生徒数は増えていかざるをえない。それに、学校側も応えていかなければならない状況に追い込まれてきているわけだ。

 こうした状況に対応するため文部科学省(文科省)は今年1月、外国人児童・生徒への日本語教育や留学生の就職支援などの施策を文科省内で具体化させるための「外国人の受入れ・共生のための教育推進検討チーム」(座長:浮島智子文科省副大臣)を設置した。そして、今年6月までに具体策をとりまとめる予定である。

 この「検討チーム」がどのような策を提案してくるのか注目されるところが、それを評価するについては大きなポイントがある。それは「人」の問題だ。

 適切な指導のためには、それなりの「人」が絶対に必要となる。いかにバラ色の策をまとめようとも、それを教員数を現状のままにして学校現場に押しつければ、当然ながら無理が生じる。

 教員の数を増やさないままに外国人児童・生徒対策という新たな仕事を押しつけることになれば、教員の過重労働をエスカレートすることにしかならない。日本語指導という専門性を備えていない教員に日本語指導を任せるとなれば、精神的な苦痛も大きい。なにより、中途半端な策は外国人児童・生徒のためにならない。

 低賃金で済ませるためにボランティアに対応させるような案が提出される可能性もあるが、あまりにも安易すぎるといわざるをえない。指導にはそれなりの知識と経験が必要であり、それがじゅうぶんに確保されているためには、それなりの対価を払って人材確保する必要がある。安上がりに済ませることだけを優先する人集めは、学校現場での混乱を招くことにしかならない。

 それなりの「人」を外国人児童・生徒の指導にあてるためには、適切な予算措置が不可欠だ。それを軽視した策を学校現場に押しつけるなら、「検討チーム」の仕事はまったく評価できないことになる。「検討チーム」の作業過程、そして最終的な具体策については、適切な予算措置が講じられているかどうかという視点で見守り、評価していくことが必要である。