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国交省からの離脱、海保の本音

前屋毅フリージャーナリスト

■制服組支配の海上保安庁

発足から今年で65年となる海上保安庁で、初めてとなる「制服組」からの長官が、8月1日に誕生する。

海上保安庁が霞ヶ関(中央省庁)でどのようなポジションにあるのか、どれくらいの日本人に正しく理解されているだろうか。「庁」とつくのだから、防衛省が防衛庁と呼ばれていたときと同じような組織か、くらいに思っている人が多いのではないだろうか。

それは大きな誤解だ。海上保安庁は組織的には国土交通省(国交省)の「外局」(府省のもとに置かる特殊な任務を担当する機関)でしかないのだ。簡単に言ってしまえば、国交省内の「局」の一つでしかない。

そのため、海上保安庁のトップである長官は国土交通省のキャリア組の「指定席」だった。1948年5月に発足したときの海上保安庁は当時の運輸省に置かれたこともあって、建設省や運輸省が統合してできた国土交通省のなかでも、旧運輸省出身キャリア組の指定席になってきたのだ。

念のためキャリア組を説明しておくと、国家公務員試験の上級甲種またはI種に合格して幹部候補生として中央省庁に採用された国家公務員のことで、東京大学法学部出身者が大半を占めることでも知られている。海上保安庁におけるキャリア組は、「背広組」とも呼ばれている。

キャリア組は、現場を知らない。巡視船や航空機などに搭乗して海上保安の実務を担っているのは海上保安大学校や海上保安学校を卒業した海上保安官たちである。背広組に対して、彼らは「制服組」と内部的に呼ばれる。

つまり、現場を担う制服組を現場を知らない背広組が支配しているのが現在の海上保安庁の組織だといってもいい。トップである長官を国交省出身者(特に旧運輸省出身者)が占めてきたのも、そのためだ。長官だけでなく、主要なポストは背広組が占めている。

■国交省所管は無理

現場を知らない背広が支配する体制は、制服組にとってはやりにくいし、ムチャな判断も多い。2010年9月に尖閣諸島付近で起きた中国漁船が海上保安庁艦船に衝突してきた事件当時の録画映像が流出した事件も、実は、そこに根本的な原因があったりする。

そもそも国交省の主な役割は、国土の総合的で体系的な利用、開発および保全にある。領海警備や救難を所管していることに、無理がある。

「局」でしかないから、海上保安庁の予算も厳しい。海上保安官からは、よく、「いつ沈むか知れない古い船で任務に就くのは恐い」という話を聞く。冗談ではなく、耐用年数を過ぎたような船を修理しながら、緊張が高まる領海警備や危険をともなう海難救助にあたっているのが海上保安庁の現状なのだ。制服組の背広組支配に対する不満、反発は強い。

■過去にも離脱の動き

そして、首相官邸指導で制服組として初めての長官が誕生する。これをきっかけに、制服組のなかから次なる期待が盛り上がってくるのも無理ない状況ではある。

つまり、国交省からの離脱である。背広組の支配から脱して制服組が活動しやすい体制を望む声は強まるにちがいない。

国交省としては自らの権限が減るのだから、当然、抵抗する。さらに他省庁からは、自らの権限拡大のために、国交省から離脱した海上保安庁を取り込もうとする動きがでてくるはずだ。

実際、1997年の省庁再編にあたって海上保安庁が国交省から離脱する動きがあった際、国家公安委員会が自らの管轄下にいれようと画策したことがある。それを嫌って海上保安庁は、国交省からの離脱をあきらめた。

制服組から初の長官がでることで、こうした離脱の動きが再燃する可能性はある。もっとも、制服組と背広組との亀裂が深まり、領海警備や救難など現場での活動に悪影響がおよんでは元も子もない。冷静で現実的な議論こそが必要なときである。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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