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TPP参加・積極派の自動車業界も一枚岩ではない

前屋毅フリージャーナリスト

■なぜ明確に答えられないのか

物が奥歯に挟まったような、という言い方そのままだ。スズキの鈴木修会長兼社長が2月26日、新製品発表会の席でTPP(環太平洋経済連携協定)に関してアメリカ政府が日本独自規格である軽自動車の税制優遇を問題にしていることについて訊かれ、「TPPと軽は全然関係がなく、何が何だかさっぱりわからない」と語ったのだ。

現在、普通車には年2万9500円以上がかけられている自動車税が軽自動車の場合は年7200円(軽トラックは4000円)と、かなり負担を軽く設定されている。これをアメリカの自動車団体は「優遇」だとし、そのため日本では軽が売れてアメリカからのクルマが売れない、と主張している。軽に対する「優遇」が撤廃されれば、日本に対するアメリカからの輸出が増えるはずだ、というわけだ。

TPP参加で関税が撤廃されても、この「優遇」が残るかぎりは、アメリカ車は日本で売れないとのアメリカ側の懸念は残ることになる。ただし、TPPは単なる関税撤廃の協定ではない。制度そのものまで参加国で共通化させようという意図がある。

つまり日本がTPPに参加することになれば、軽という日本独自規格は撤廃され、「優遇」も廃止される可能性が高いのだ。軽を中心に製造・販売しているスズキにとっては大きなダメージになりかねない。だからこそ、鈴木会長もTPPに関する見解を問われたのだ。

にもかかわらず鈴木会長は、「全然関係ない」としか答えなかったというのだ。関係ないはずはない、のだが・・・。

■アメリカは「優遇」撤廃要求を強める

鈴木会長の発言は、日本がTPPに参加しても軽への影響はないと考えてのことなのか、それとも軽は「聖域」としてTPPの対象外になるとの考えなのだろうか。ほんとうは何を言わんとしたのか、わからない。

そこで、鈴木会長発言についてスズキ本社に問い合わせてみたが、広報担当者は「発言のニュアンスを正しく伝えるのは難しい」と何度も口にする。これまた、奥歯に物が挟まったような言い方である。

広報担当者は、「そもそも軽の自動車税が優遇だとは考えていません。日本の自動車税が高すぎるのです」という。軽以外の自動車税が高すぎるのが問題だ、というわけだ。それも問題なのだろうが、現在、問題になっている論点とはズレがある。

軽の「優遇」が存在するのは事実であり、それをアメリカは問題にしている。TPP参加で、その「優遇」は廃止される可能性が強い。それに対するスズキの見解が聞きたいのだ。

繰り返し質問すると、スズキ本社の広報担当者からは「軽が売れているからアメリカの大きなクルマが売れないというなら、アメリカも軽をつくって売ればいいんです」との答えが戻ってきた。それは、すとんと理解できた。

アメリカは軽についてのノウハウがない。その努力もしたくないから、「優遇」をやめさせようとしているのだ。あきれた言い分だが、それがアメリカである。そしてTPPでは、そのアメリカ流が幅をきかすことになる。

■懸念される自動車業界の亀裂

軽が売れている理由には、自動車税の安さが少なからずある。もちろん、燃費とか取り回し易さも理由になっているだろう。「優遇」が廃止になっても、アメリカ車の売れ行きが急拡大するとはおもえない。

しかし自動車税が普通車と同じになれば、軽の売れ行きに大きな影響がでてくるはずである。だから「優遇」ではないといいながら、軽の自動車税を普通車と同じにしろとはスズキもいわない。「軽以外の車の自動車税が高すぎる」と、普通車の自動車税引き下げに話をもっていこうとする。その実現が難しいことは、言うまでもない。そこに話をもっていきたがるのは、「優遇」の恩恵を理解しているからにほかならない。スズキだけでなく、軽を手がけるメーカーは同じく恩恵を感じているはずだ。廃止されては困る、とおもっている。

鈴木会長が「優遇」の廃止につながりかねないTPPについて奥歯に物が挟まったような言い方しかできないのは、自動車業界としての見解に正面から異を唱えられないからだとしかおもえない。

自動車業界は日本のTPP参加には積極的に賛成してきている。2010年に日本の自動車産業がTPP交渉参加9カ国に支払った関税は1300億円以上で、うちアメリカに支払った分だけでも約850億円になるという。TPPで関税が撤廃されれば、それだけの支出を日本の自動車業界は節約できることになる。だからこそ、参加については積極的な方針をとっている。

スズキも日本の自動車業界の一員である以上、この方針に正面から反対するわけにはいかない。しかし、「優遇」の撤廃は受け入れられない。奥歯に物が挟まったような鈴木会長の言い様には、そうした事情があるからではないのだろうか。自動車業界は一枚岩ではない。TPP交渉に参加してはみたものの、そこから業界に亀裂がはいることにもなりかねない。

それとも日本側はTPP交渉の場で、自動車業界に亀裂がはいらないように、「アメリカも軽をつくればいいじゃないか」と「優遇」撤廃要求を突っぱねることができるのだろうか。それを期待しているのかどうか、スズキの鈴木会長には明確に語っていただきたいものである。もちろん大手自動車メーカーのトップからも、軽とTPPについて明確な発言を聞きたいものだ。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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