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米朝会談の衝撃と今後の展開

前嶋和弘上智大学総合グローバル学部教授
米朝首脳が板門店で面会(写真:ロイター/アフロ)

 世界を揺るがした米朝首脳の南北非武装地帯での会談は、トランプ氏にとっては、ハノイ会談後の停滞を打ち破るのに必要不可欠なものだった。この衝撃会談は、米朝の「戦争」状態が実質的になくなることを意味する。しかし、実際の朝鮮戦争終結だけでなく、非核化が進まない中での経済制裁の段階的な緩和もあり得るため、北朝鮮による今後の核廃棄の見通しは不透明だ。

歴史が動き出した瞬間

 「南北非武装地帯を米朝首脳が一緒に歩いて越す」という映像は、衝撃そのものだった。この映像そのものが事実上の「終戦宣言」にもみえる。おそらく今後何十年も繰り返され、2019年6月30日という日が振り返えられるのだろう。歴史が動き出した瞬間だった。

 「もうここは危険ではない」という金正恩氏の言葉は象徴的だった。トランプ氏の「あの境界を越えたことは素晴らしい名誉だ」「歴史的だ。世界にとって素晴らしい日だ」という発言もそんなに誇大表現ではないだろう。

 さらに、「南北非武装地帯での米朝首脳の握手」という映像だけにとどまらない。会談は当初トランプ氏がにおわせていた「わずか2分」(つまり「あいさつ程度」)だったはずが、50分を超える会議が行われた。つまり、事実上だけでなく、本当の終戦宣言の合意に向け、北朝鮮に米の連絡事務所の設置など具体的な動きに移っていくようにみえる。南北非武装地帯の韓国側施設で行われたことを考えると、韓国も加わった形での終戦への道筋が確認されたのかと想像する。

 失敗できない外交

 トランプ大統領にすれば、北朝鮮との関係に風穴を開けたことは、これまでの外交上の最大の成果である。アメリカ大統領として初めて北朝鮮の最高指導者と会い、北朝鮮を非核化の交渉の席に着かせたことは、2020年の大統領選で再選を目指すトランプ氏の絶好のアピール材料だ。この「北朝鮮外交」という成果を絶対に手放したくなかったはずだ。それだけに、ハノイ会談後の現在の膠着状態は好ましくない。今回、「初めて北朝鮮の土地を踏んだ大統領」という新しい形容詞をトランプ氏が得たことで、国内外の懐疑派の声を抑えることにもつながる。

 最大の隠し玉?

 トランプ氏の一存で物事が決まる「トランプ流外交」には危うさがつきまとう。今回の首脳会談を巡っても、「ツイッターでの思い付き」という見方もある。ただ、トランプ大統領にとって、そもそも金正恩氏との会談は、大阪でのG20サミット関連でのアジア訪問の最大の隠し玉だったのではないか。「あわよくば」という形だったかもしれないが、「シンガポール会談直後の状態」まで北朝鮮との関係を戻しておくには自分の任期や再選運動を考えると、このタイミングがちょうどよかったはずである。それもあってビーガン特別代表をソウルに送り、準備させた。

 G20サミットの機会に中国などの関係国と話し合う機会を会えたことも、北朝鮮に向かう準備を進めるうえで好都合だっただろう。

 G20サミットでのイランに対するトランプ氏の発言には、これまでの厳しさがなかった。国内にもかなり慎重な意見が少なくないイランへの圧力強化よりも、外交上の最大の成果である北を動かした方が得策とみたのかもしれない。そもそも、イランへの圧力強化で偶発的な紛争の可能性を考えると、北朝鮮との紛争の可能性の芽は摘んでおきたいところだ。

 今から考えると G20サミット前にトランプ氏から金正恩氏に送られた「親書」の内容は「DMZに行くので、よかったら会おう」だったのかもしれない。

 外交的な余波

 今回の突然の米朝首脳会談の実現の外交的な余波もかなり大きい。

 例えば、中国の習近平氏が具体的にどのようにトランプ氏に北朝鮮問題を持ちかけたのかの詳細はわからない中だが、習近平氏が直前に北朝鮮を訪問したこともあり、中国の仲介があったとすると、中国の庇護の必要性という北朝鮮の行動原理が再び明確になったのかもしれない。

 また、韓国の文在寅大統領が当初狙っていた北朝鮮とアメリカの仲介者としての役割も今回、復活した。これによって文大統領の国内外のイメージ回復もあるかもしれない。

 さらに、今回の突然の米朝首脳会談の実現は、「言葉にしたり、ツイートしたら、実際に行動してしまう」というトランプ氏のこれまでのイメージを追認した感がある。そのこと自体がイランへの脅威でもある。さらに、貿易交渉などの譲歩を狙うブラフのようなものであるとみられている日本の同盟関係の見直しについても「実際に行うかもしれない」という脅しにつながる。

 「シンガポール後、ハノイ前」

 世界に衝撃を与えたトランプ大統領と金委員長の南北非武装地帯での会談は、米朝の「戦争」状態が実質的になくなることを意味する。一方で、北がどれだけ核を諦めるのかは何とも言えないため、実際にどう進むかはまだ不透明である。非核化が進まない中での朝鮮戦争終結や経済制裁緩和が先に動いてしまう懸念は少なくない。

 今回の会談で「シンガポール会談後、ハノイ会談前」の状況に戻ったというようにも解釈できる。そうするとこれからの実務者協議では、「ハノイ会談前」の争点と同じと同じように、北朝鮮に「寧辺の核施設の廃棄と査察」以上のものがどれだけ具体的に出てくるかということが再び争点となる。核開発施設が集中する寧辺(ニョンビョン)などでの施設の解体とその抜き打ち査察を基準線に、さらには弾道ミサイル発射基地がある東倉里(トンチャンリ)の基地解体まではまずは期待できるのかもしれない。

 このあたりに対してアメリカは人道支援や南北共同事業の再開を認めるあたりで、対応していくのかと思われる。

 北朝鮮がさらに、これ以上の譲歩をどれだけ可能なのかがポイントとなる。北朝鮮が地下などに核保有するといわれる核兵器リストの提出と、それに対するアメリカ側のインテリジェンスのつかんだ情報との照合、さらには核廃絶のロードマップ提出などが行われた場合、アメリカ側は経済制裁から180度転換するだろう。経済支援のほうに少しずつ舵を取っていくほか、平和協定、不可侵条約などでアメリカ側は対応するとみられる。

 不透明な今後

まずは、7月中に開催が検討されている実務者協議の方向性に注視したい。ただ、どうしても「北が核を放棄できるか」という最大の疑問にぶち当たってしまう。ハノイ会談で見た「北朝鮮は核を諦めない」という印象があまりにも強烈だ。実務者協議が進展するかどうかも未知数である。それもあって今回は「派手」に演出し、「やっている感」をアピールしたかったのがトランプ氏の狙いにもあっただろう。

一方で金正恩氏にとっては、ハノイ会談の二の舞は避けたいほか、「2021年以降トランプ氏以外の政権がアメリカに発足するよりは現政権と話を進めた方が得策」と思っている節がある。

 日本としては、米朝の協議が進んでいくのを引き続き注視していく必要があるのは言うまでもない。「前提条件を付けない」とハードルを下げておきながら、非核化の機会が出た段階で、非核化支援と引き換えに積極的に拉致問題の協議を進めていくべきだろう。

上智大学総合グローバル学部教授

専門はアメリカ現代政治外交。上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。主要著作は『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』(北樹出版,2011年)、『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』(小学館、2022年)、『アメリカ政治』(共著、有斐閣、2023年)、『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著,東信堂,2020年)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著,東洋経済新報社,2019年)等。

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