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性接待疑惑に反論や会見せず活動休止の松本人志氏 今後の裁判に与える影響は?

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:イメージマート)

 ダウンタウンの松本人志氏が芸能活動の休止を発表した。週刊文春が報じた性接待疑惑は事実無根であり、裁判闘争に注力するためだという。ただ、具体的な反論や弁明はせず、記者会見も行っていない。

「対抗言論の法理」がある

 今後の展開だが、まずは松本氏側からアクションを起こすことが考えられる。文春の記事で名誉が毀損されたとして、不法行為に基づく損害賠償や謝罪文の掲載などを求め、発行元や編集長、担当者らを民事提訴するというものだ。とはいえ、一審だけで数年かかるだろうし、控訴審や上告審まで考慮すると、最終的な決着がつくまで5年程度の時間を要するのではないか。

 そこで、こうした裁判とは別に、記者会見などの場を設け、具体的な反論や弁明をすべきではないかといった見解もありうる。会見などは義務ではないが、裁判は「水物」であり、提訴したから必ず勝てるという保証などないから、反論できる状況であれば放置せずに直ちに反論し、被害の拡大を防ぐべきだという。

 法律の世界にも「対抗言論の法理」という考え方がある。名誉とともに表現の自由も重要であり、言論による名誉侵害には言論で対抗すべきだというものだ。反論が十分な効果をあげていれば、社会的評価が低下する危険性もないから、名誉毀損にはあたらないという。

 一度損なわれた名誉の回復は容易ではなく、反論によって十分にその回復が図られるわけでもないとして、最高裁はこの法理を採用していないが、それでも場合によっては名誉毀損の成立範囲が縮減されるとか、民事裁判の損害賠償額や刑事裁判の量刑に一定の影響を与えるといった見解も有力である。

 被害者が公人や著名人であり、SNSのフォロワー数が膨大であるなど、その発信力や発言の影響力の大きさなどを踏まえ、的確な反論が可能な状況にあり、その反論によって社会的評価の低下を防ぎ、回復が図られている場合が想定されている。名誉毀損の場合、精神面に対する慰謝料だけでなく、社会的評価の低下に伴う経済的損失などをも加味して賠償額が決められるからだ。

あえて反論しないというやり方も

 現に、タレントの水道橋博士氏によるSNS投稿で名誉を毀損されたとして、松井一郎・前大阪市長が損害賠償を求めた裁判の一審や控訴審も、そうした見解の影響を受けていた。裁判所は、松井氏が水道橋氏による投稿の直後にSNS上で反論をしており、被害の程度が一定程度防止されている上、投稿を見た人の中には松井氏の疑惑について裏付ける根拠がないと認識した者もいるとして、550万円の請求を減額し、水道橋氏に110万円の支払いを命じた。

 今回のケースでも、もし松本氏側が裁判以外の場面で具体的に反論や弁明をしたり、記者会見を開いたりすると、ある程度は名誉の回復が図られたとされ、賠償額が減らされるといった形で裁判に影響を与えることになるかもしれない。

 また、松本氏側からすると、裁判の前に相手側に手の内をさらすこと自体が利敵行為にほかならないし、何か説明するだけで「セカンドレイプだ」などと騒がれ、火に油を注ぐことにもなりかねない。あえて裁判が始まるまで反論や弁明をせずに静観し、いきなり文春側を提訴し、全く名誉が回復されていないとして高額な損害賠償を求めるというのも一つのやり方だろう。(了)

【参考】

拙稿「SNSの中傷投稿に法的措置『宣言』で賠償金減額 反論しなければ満額だった?

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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