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「覚醒剤と思っていなかった」 それでも日大部員を起訴の訳と今後の捜査の焦点

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:長田洋平/アフロ)

東京地検は(1)覚醒剤の成分が入った錠剤約0.198グラムと(2)乾燥大麻約0.019グラムを所持したとして逮捕された日大アメフト部員について、(1)の罪名を覚醒剤取締法違反ではなく麻薬取締法違反に切り替えて起訴するとともに、(2)を処分保留としたうえで、捜査を継続している。

その理由だが、この部員の弁解と日大の通報遅れが影響している。まず、この部員は(1)について「密売人から大麻を購入した際に『おまけ』としてもらったものの、使っていない」「合成麻薬MDMAだと考えており、覚醒剤と思っていなかった」と供述しているという。すでに尿から覚醒剤の成分が検出される期間も経過している。所持罪に問うには覚醒剤であることの認識が必要だが、部員の弁解を覆せるだけの客観的な証拠がない。

では無罪放免かというと、そうではない。少なくとも錠剤が「麻薬」だという認識はあったという点に着目し、麻薬取締法の所持罪に問うことになる。最高で懲役7年であり、覚醒剤の懲役10年に比べると軽いが、実際の量刑には大差がない。麻薬と覚醒剤との類似性にかんがみると、両罪の構成要件は軽い前者の罪の限度で実質的に重なり合っているというのが最高裁の判例でもある。

一方、(2)の乾燥大麻についてだが、大麻の使用は処罰の対象外だし、初犯で所持量が1回分にみたない0.5グラム未満の微量であれば、「起訴猶予」により不起訴となる場合が多い。しかし、この部員は「他の部員と一緒に吸ったあとの残りだ」と供述しているという。そうすると、単独犯ではなく他の部員との共同所持ということになるし、規制薬物が部内に広くまん延している可能性も高まる。そこで、検察としても(2)についてはひとまず処分保留とし、他の部員の関与状況や余罪の有無などを見極めたうえで、起訴するか否か、起訴するとして誰を共犯者と認定すべきか、慎重に判断しようというわけだ。

日大は会見で警察の指示に従って適切に調査や報告をしてきたと弁明したが、警察は「そのような事実はない」と完全否定している

警察は日大アメフト部の寮を再捜索するとともに、大麻所持などに関与した疑いで別の部員4人を任意聴取している

日大は「もはや個人の犯罪にとどまるところではなく、大学としての管理監督責任がより厳しく問われている」「深く反省し、徹底的に調査する」との声明を出し、アメフト部を再度の無期限活動停止処分とした

理事長らの会見を経てもなお、日大がすぐに警察に通報しなかったのは部員らに口裏合わせをしたり規制薬物を廃棄したりする時間的猶予を与えたかったからではないかとか、規制薬物の成分が尿から検出される期間の経過を待っていたからではないかといった疑念が払拭されなかった。

日大関係者が単に知りながらすぐに通報しなかっただけでなく、口裏合わせなどに積極的に関与していたのであれば、犯人隠避罪に問うことができる。警察がそこまで踏み込んだ捜査を行うか否かが、今後の焦点となるだろう。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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