Yahoo!ニュース

タクシー運転手のスマホ取り上げたジャンカラ社長 なぜ器物損壊罪で逮捕された?

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:イメージマート)

 カラオケ「ジャンカラ」運営会社社長の男が伊丹空港のタクシー乗り場近くでタクシー運転手と口論となり、110番通報しようとした運転手からスマホを取り上げて立ち去ったとして、器物損壊罪の容疑で逮捕された。

どのような事案?

 報道によれば、次のような事案だ。

「男は空港から自宅に向かうため、タクシーを予約していたが乗り場に見当たらず、タクシー会社の窓口に向かうと、予約していた運転手がいた」「家族が待っている乗り場までタクシーを移動するよう運転手に指示したが、規定で追加料金がかかるとして運転手が拒否」「運転手がタクシーに乗ると男も後部座席に乗り込み、降りようとしなかったため、運転手が110番。この際、男はスマホを取り上げて逃走し、別のタクシーで帰宅した」(神戸新聞

 事件は8月12日午後に発生したもので、防犯カメラの映像などから犯人として43歳の男が特定され、兵庫県警伊丹署による12月20日の逮捕に至った。容疑を認めているという。54歳のタクシー運転手の男性が所持していたスマホは時価約6万円相当のものだったが、いまだに見つかっていない。

なぜ器物損壊罪か?

 窃盗罪や強盗罪が成立するには「不法領得の意思」、すなわち「権利者を排除して他人の物を自己の所有物としてその経済的用法に従い利用処分する意思」まで必要だ。

 自分で使ったり売ったりするのではなく、相手が使えないようにするためにスマホを取り上げ、隠したり廃棄したりしてやろうと考えて犯行に及んだのであれば、「不法領得の意思」がないから、窃盗罪などには問えない。また、強盗罪の場合、相手の反抗を抑圧する程度の暴行・脅迫が必要だが、相手の手からスマホを取り上げただけだと、これには当たらない。

 これに対し、器物損壊罪の「損壊」とは、その物の効用を害する一切の行為をいう。物理的に壊すだけでなく、汚して心理的に使えなくさせたり、その物が本来持っている価値を低下させたり、長期にわたって隠すといった行為も含まれる。そこで、今回のケースには器物損壊罪が適用された。

 ただ、窃盗罪などと違って告訴がなければ起訴できない親告罪なので、タクシー運転手と示談が成立し、告訴が取り下げられれば、必ず不起訴になる。男の社会的な立場や会社への影響などを考慮すると、示談の成立に向けて全力で動くであろうから、そうなる可能性が高いのではないか。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

前田恒彦の最近の記事