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「最終的には船長判断」「逮捕はないですね」発言も 観光船沈没、捜査の焦点は

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:イメージマート)

 知床半島沖の観光船沈没事故で、海上保安庁が運航会社の捜索や社長の取調べを行うなど、本格的な捜査に乗り出した。焦点は社長の刑事責任を問えるのか、事故に結びつく「過失」が誰にあったと言えるのかという点だ。

事故原因に関連する事実は?

 この運航会社は、自らが定めた「安全管理規程」を遵守していなかった。「運航管理者」である社長を海上運送法違反で立件できるが、最高でも100万円の罰金にすぎない。そこで、最高刑が懲役5年の業務上過失致死罪に問えないかが問題となる。

 ポイントは、多数の死者や行方不明者が出るような観光船の沈没事故を予見できたか、また、その事故を回避できたかだ。そもそもなぜ沈没したのか、事故原因に関連する事実と、なぜ被害が拡大したのか、その背景事情に関連する事実とに分けて検討する必要がある。

 というのも、まずは事故の直接的な原因を踏まえてそれに直結する過失を見極め、次に運航判断そのものの是非を検討するというのが捜査の手順だからだ。報道されている事実のうち、前者に関連する主要なものを挙げると次のとおりだ。

(1) 船首に10センチ程度の亀裂の可能性。

(2) 高波に弱く、波風の影響を受けやすい船型。

(3) 潮の流れが速く、波も立ちやすく、縦30メートル、横10メートルの暗礁が広がる現場。

(4) 強風・波浪注意報が出ており、周辺海域の風速は約9メートル、波の高さも3メートル程度だったとみられる。

(5) この運航会社が定めた運航取りやめの基準は風速8メートル以上、波の高さ0.5メートル以上、視界300メートル未満。

(6) 船長の経験不足に加え、緯度・経度など洋上の船の位置を確認できるGPSプロッターが取り外されていた可能性。

(7) この観光船は昨年5月に海上浮遊物と接触し、6月にも船尾が暗礁に接触する事故を起こしており、後者の際に同乗していた今回の船長は業務上過失往来危険罪で今年1月に書類送検。

被害が拡大した背景事情は?

 また、死者や行方不明者が出て被害も拡大した背景事情に関連する主要な事実を挙げると、次のとおりだ。

(a) 現場の海水温は2~3度で、救命胴衣を着けていても15~30分で意識を失い、予想生存時間も30分~1時間半程度とみられる。

(b) 事故当時、運航管理者である社長や運航管理補助者は営業所におらず、他のスタッフも社長から指示を受けていなかったため、航路上の各ポイントの通過時刻や天候、風速、波浪などを把握していなかった。

(c) 営業所のアンテナが折れて無線を受信できず、観光船の衛星電話は故障していたうえ、事故3日前に通信手段として登録した船長の携帯電話も現場海域では圏外。

(d) 同業者間では数分おきに連れ立って出港する安全策をとっていたが、事故当日に出港したのはこの観光船だけで、漁船も出港を見合わせていた。

まずは事故原因の特定を

 これらの事実や、過去に発生した同様の海難事件の例を踏まえると、陸側に近づきすぎた船長の操船ミスや、強風・高波による操船不能、岸壁への衝突や座礁、船体の亀裂が弱点となった損傷拡大、浸水に伴うエンジン停止、さらなる操船不能と船体の傾斜、船首側からの沈没といった可能性が考えられる。

 しかし、あくまで推測の域にとどまる。社長に至っては、知人との電話でクジラとの衝突の可能性を示唆していたという。誰の過失でもない「不可抗力」による事故ではないかという話だ。地元漁師らがこれを否定しているものの、捜査で見極めておかなければならない。

 そのためには、観光船の損傷状況などを検証し、客観的な事故原因を確定する必要がある。115メートルの海底から引き揚げるのがベストだが、船体に新たな傷をつけないように細心の注意が必要だし、時間と費用もかかる。2002年に東シナ海で90メートルの海底から北朝鮮の工作船を引き揚げた際には、50億円超を要したという。本来は運航会社が負担すべきだが、期待できない。

 現在、観光船内に行方不明者が取り残されていないか、水中カメラによる調査が進められているものの、映像の鮮明さに欠ける。国が8億円超を負担し、近く高精度の水中カメラを搭載した無人潜水機で捜索し、飽和潜水士による調査も実施する予定だ。そこで船体内外の損傷状況がどこまで把握できるかがポイントとなる。

 もし船内に行方不明者がいないという事態となった場合、さらに膨大な国費をかけ、二次被害の危険を犯してまで実際に引き揚げを行うのか、高度な政治判断で決せられることになるだろう。

「陸」での捜査も重要

 こうした「海」での捜査が難航するとしても、押収した資料を分析するほか、記憶が鮮明なうちに社長や営業所スタッフ、元従業員、同業他社、漁港関係者らから幅広く事情聴取を行うなど、「陸」での捜査を粛々と進めておく必要がある。

 特に運航中、観光船に何があったのかに関する情報が必要だ。船長は、沈没の直前に同業他社の男性従業員と無線でやり取りしたほか、乗客から借りた携帯電話で海上保安庁に通報している。

 事故当日の13時すぎころに「カシュニの滝」付近にいた船長は、当初こそ落ち着いていたものの、数分後には切羽詰まった様子で救命胴衣を乗客に着せるように指示していた。船首から浸水し、エンジンも止まり、前方から沈み始め、乗客らが後方に固まり、船も30度傾斜していた状況がうかがえる。

 14時55分ころ、運航会社の営業所も海上保安庁に14時ころから連絡が途絶えていると通報していることから、船長が乗客の携帯電話で営業所のスタッフと何らかの会話をしていたのかもしれない。さらには、男性乗客の1人が妻に「船が沈没しよるけん、今までありがとうね」という電話をしていたとの話もある。

 こうした様々な会話や海上保安庁への通報の際、浸水の原因について船長らが断片的にでも何か語っていなかったか、やり取りの相手から詳細に聴取する必要がある。乗員や乗客が使用していた携帯電話の通話履歴を入手し、通話時間などを特定することも必要だ。

 なぜ出港から3時間を経て、いまだ帰港まで1時間超を要する場所にいたのか、減速せざるを得なかった事情についても謎だ。本来の運航経路とは異なる運航をした可能性もある。

 出港の10分後に半島から観光船を目撃したツアーガイドらの話によると、乗客は船内にいた模様だ。それでも道中、スマートフォンで写真や動画を撮影していたのではないか。クラウドに自動バックアップされていればベストだし、ご遺体のポケットなどからスマホが発見されていれば、たとえ水没していても、データの復旧にトライする余地はある。写真や動画データを解析すれば、何時何分にどのあたりを航行していたのかが判明するはずだ。

現場付近にある「カシュニの滝」(筆者撮影)
現場付近にある「カシュニの滝」(筆者撮影)

「条件付き運航」判断の影響は?

 こうした捜査の積み重ねによって直接的な事故原因が特定できたとしても、それに直結する過失が社長に認められなければ、今度は運航判断の是非を検討する必要がある。

 先ほど挙げた(1)~(7)や(a)~(d)のうち、社長がどこまで危機意識をもってそれらの事実を認識していたかがポイントだ。港から離れ、周囲にほかの船がおらず、「陸」と「海」の連絡手段もない中、冷たい海水に人が落ちるというだけで致命傷となるからだ。曽祖父を船で亡くした社長が海の怖さを知らないはずもなく、ほんのわずかでもリスクがあるなら、それが実現する状況を作り出さないことが肝要だ。

 もっとも、社長は観光船との通信手段の断絶に対する認識を否定している。社長が述べる「条件付き運航」という点も無視し得ない。事故当日の午前8時ころ、船長と会った際、海が荒れる可能性はあるが大丈夫だという報告を受け、実際に荒れたら引き返すという条件付きで運航を指示、了承したという説明だ。ウトロ港は時化ておらず、視界もよかったという。

 同業他社の説明によると、本来、「条件付き運航」とは、海が荒れる予報がなく、波や風が運航基準をみたしているということで出港したものの、予報に反して途中で荒れそうな事態になった場合、直ちに帰港するという運航形態を意味する。

 社長の認識とは齟齬があるが、その説明を前提としても、運航を決めたのは自分だと述べる一方、「最終的には船長判断です」と断言している点がネックとなる。確かに「安全管理規程」では、船長判断が最優先となっているからだ。

 ただ、欠航すべきだと考える船長が運航管理者と協議して意見が分かれた場合、必ず欠航するといった「引き返す方向」でのルールにほかならない。欠航や途中で戻る最終判断を下すのが船長だというだけだ。

 それでも、社長がそれとは違った認識をしていたと言えばそれまでだし、社長と船長との会話を横で聞いていた人物でも出てこない限り、今のところ社長の話しか当日朝の「条件付き運航」に関するやり取りを裏付ける証拠はない。

「予見可能性」は否定か

 しかも、別の運航会社の男性や地元漁協の組合長の話では、波が高くなるから出港するなと船長に忠告したものの、従わなかったという。観光船の乗船手続を手伝った元従業員の男性も、午後から船が揺れるので酔い止めの薬を船長に渡したところ、なぜ必要なのかという顔をしていたとのことだ。

 そうすると、もともと船長の危機意識自体が極めて希薄だったという事情がうかがえる。運航前にそうした船長から説明を受けた社長に至っては、輪をかけて危機意識が薄かったのであり、沈没事故が起こることを予見できる可能性などなかったと主張するはずだ。

 現に被害者の家族に配布された社長の「お詫び文書」でも、運航管理者である社長が営業所にいないなど「安全管理規程」に違反していたことや、事故を回避できる可能性があったことは認めているものの、肝心の「予見可能性」に関する言及がない。過失責任を問うには、この点を覆せるだけの証拠がなければならない。

「逮捕=刑罰」ではない

 社長は知人との電話で「逮捕はないですね。弁護士さんに、その辺はみんな相談していますので、逮捕はしづらいねっていう話です」と話していたという。

 逮捕を一種の社会的制裁ととらえ、これだけの事故を起こした以上、逮捕という制裁を加えるべきだと考える人もいるだろう。しかし、罪を問うことと、逮捕するか否かとは別問題だ。

 しかも、過失犯の場合、過失の有無や程度に関する裏付け捜査に時間を要するので、腰を据えた捜査を行うためには、在宅のまま送検に及ぶほうがベターだ。そもそも過失がなければ逮捕などできないし、証拠を確保し、逃走のおそれもなければ逮捕も認められない。海上運送法違反だけだと書類送検にとどまるだろう。

 それでも、「海」と「陸」の両面から徹底した捜査を行い、真相解明を進めるべきだ。被害者や家族の無念の思いに応えるとともに、監督官庁の対応を含めて何が問題だったのか浮き彫りにすることで、再発防止にもつながるからだ。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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