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「選挙の陣中見舞い名目で300万円」に秘められた重要な意味 IR汚職事件の行方は?

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 秋元司代議士が中国企業側から現金300万円を受け取ったとされるのは、2017年9月28日の衆議院解散当日、議員会館の事務所であり、選挙の陣中見舞い名目だったと報じられている。その意味するところは――。

陣中見舞い?

 報道によれば、次のような話だ。

「IR(統合型リゾート)事業をめぐる汚職事件で、逮捕された衆議院議員の秋元司容疑者(48)が、中国企業側から受け取った現金300万円の賄賂は、選挙の『陣中見舞い』名目だったことがわかった」

「関係者によると、この300万円は、2017年9月の衆議院解散当日に、秋元容疑者が、議員会館の自身の事務所で、『500ドットコム』の顧問・紺野昌彦容疑者(48)と仲里勝憲容疑者(47)から、『陣中見舞い』として受け取ったという。その際、現金は、老舗和菓子店のようかんと一緒に紙袋に入っていたという」

「この1カ月前に、秋元容疑者は、沖縄・那覇市で、『500ドットコム』主催のIRシンポジウムで講演していた」

出典:FNN

 あくまで「関係者によると」という言い回しのリーク報道だが、その内容が事実だとすると、さまざまな意味が読み取れる。

逮捕容疑は?

 まず、秋元議員の収賄容疑による逮捕そのものについては、その前後を通じて各メディアで大々的に報じられている。中国企業側から現金300万円を受け取ったほか、家族旅行費70万円相当を肩代わりさせていたというものだ。

 しかし、逮捕容疑の具体的な中身については、きちんと報じられていない。すなわち、国会議員としての職務権限に絡んでの収賄なのか、IRを担当する内閣府副大臣としての職務権限に絡んでの収賄なのか、という点だ。そのいずれかによって、捜査すべきポイントが大きく変わってくる。

 逮捕状は公開されておらず、特捜部も公式には逮捕の具体的な中身を明らかにしていないからだろうと思われる。

 この点、刑法が定める収賄罪は、おおむね次のように分かれている。

・単純な収賄罪:公務員が職務に関して賄賂を収受するなどした場合

・受託収賄罪:その際に請託を受けていた場合

・事前収賄罪:公務員になろうとする者による場合

・第三者供賄罪:第三者に賄賂を供与させた場合

・加重収賄罪:実際に不正な行為などに及んだ場合

・事後収賄罪:元公務員による在職時代の不正行為などに基づく場合

・あっせん収賄罪:ほかの公務員に職務上不正な行為をさせるなどした場合

 秋元議員は、このうち最も基本形である単純な収賄罪で逮捕されている。事前収賄、事後収賄、あっせん収賄などでもない。しかも、秋元議員がIR担当の内閣府副大臣に任命されたのは2017年8月だが、2017年9月28日の衆議院解散で議員としての地位を失っているものの、行政の継続性からIR担当副大臣の地位までは失っていない。

 そうすると、解散当日の現金授受ということであれば、特捜部は国会議員としてではなく、IR担当副大臣としての広範な職務権限に着目し、便宜を図ったか否かを問わず、所管事項に関連する業者から現金を受け取ったということで、それが収賄に当たると考えているのだと読み取ることができる。

 要するに、国会議員が逮捕されたというよりも、元副大臣が副大臣時代の汚職で逮捕されたという色彩が強い事件だというわけだ。

 もちろん、今後の捜査の結果、便宜供与の請託や不正な行為の実行まであれば、受託収賄罪や加重収賄罪など、より重い犯罪の適用が考えられる。

弁解も可能?

 一方で、「選挙の陣中見舞い『名目』」と報じられている点も重要だ。というのも、「陣中見舞い」は個人から候補者への選挙運動に関する寄附とみなされるからだ。

 この点、1人の個人から1人の候補者への選挙運動に関する寄附は、公職選挙法で年間150万円以内まで可能だとされている。飲食物の提供は禁止されているので、例えば選挙事務所開きにお酒やビールを持っていくのはアウトだが、現金や有価証券、物品であればセーフだ。外国人からの献金は禁止されているが、日本人であれば問題ない。

 ただし、選挙運動に関する寄附である以上、立候補届出前にすることはできない。

 今回の現金300万円は、秋元議員とともに逮捕された中国企業側の2人の日本人が秋元議員に手渡したとされる。そうすると、たとえ現金300万円の授受が確定できたとしても、当然ながら「これは1人150万円ずつの寄附だった。2人で300万円だから合法だ。時期が前倒しだっただけで、賄賂ではない」といった弁解が予想される。

 もし秋元議員の収支報告書にこの300万円の記載が欠落していたとしても、「単なる記載ミスだ。悪意はない。これから修正する」といった弁解まで想定できる。

 もちろん、立候補届出前の現金のやり取りだからこの弁解は苦しい。特捜部も、逮捕前の時点ですでに贈賄側関係者から相当の供述を得ていると見られる。それでも、このあたりの弁解をクリアできるか否かが捜査のポイントとなるだろう。報道が「陣中見舞い」ではなく「陣中見舞い『名目』」とされているのも、その意味からだ。

事件や役者の小粒化

 特捜部でさまざまな業者の関係者を取り調べる際、政治家に対する裏金の提供について尋ねることはよくある。「選挙の陣中見舞いで○○議員や秘書にXXX万円ほど渡した」といった供述が出ることもままある。

 それでも、特捜部内で情報としてストックするものの、立件まではしてこなかった。むしろ取調べでは、「そんな子どもの使いみたいな話はいいから、もっとほかにないのか」といった聞き方をして、1千万円単位のさらに金額が大きい裏金の授受を語らせようとするのが通例だった。そこまでの金額だと、さすがに受け取った側も申し開きできず、賄賂として認定されやすくなるからだ。

 今回、特捜部は、「選挙の陣中見舞い『名目』」という、これまであまり手を付けてこなかった事件に手を付けた。しかも、金額は300万円だ。念のための保険をかけたようで、家族旅行費70万円相当の肩代わりまでくっつけて立件している。金額だけを見ると、さながら地方の小役人による収賄事件の様相だ。

 ここからうかがえるのは、事件も役者も小粒化しているということだ。もちろん、背後にいる大物議員にまで捜査の手が伸びていく可能性はある。秋元議員が300万円なら、それよりも権限がある人物だともっと多額になるのが通常だ。それでも、このレベルの話ならゴロゴロあるだろう。

 それこそ、秋元議員以外にも、IR推進に熱心であり、「選挙の陣中見舞い『名目』」で中国企業側から現金を受け取った議員が出てくるかもしれない。特捜部としてはかなりハードルを下げた立件だけに、今後、政治資金規正法違反を含め、捜査が多方面に拡散していくことも考えられるだろう。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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