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シカと間違えて人を射殺 故意と過失の分かれ目

前田恒彦元特捜部主任検事
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 北海道恵庭市の山林で、ハンターの男が野生のシカと間違え、森林事務所職員の男性を射殺した。害獣駆除が行われるこの時期、例年のように起こる悲劇だ。

 ハンターは、シカ笛を鳴らすと白い物が動いたことから、約130mの距離から猟銃を撃った。しかし、赤い上着とオレンジ色ヘルメットで作業中の被害者をスコープで十分に確認していなかった。ヘルメットの下に身に着けていた白いタオルを、シカの尻だと思ったという。

 結果は重大だが、「人かもしれないがそれでも構わない」といった未必的な殺意すら認定できなければ、あくまで不注意にすぎず、殺人罪ではなく、業務上過失致死罪(最高刑は懲役5年)が成立するにとどまる。

 なお、逆に人を殺そうと思って撃ったら実は野生のシカだったという場合だと、刑法上は不問に付される。客観的には人ではなかったわけだし、シカを不注意で殺しても処罰する規定がないからだ。

 他方、憎きAを殺そうと思って撃ったら実は無関係のBだった場合でも、Bに対する殺人罪が成立する。

 もちろん、犯人からすると、「Aという特定の人物を殺そうとしただけで、Bを殺すことは考えもしなかったから、Bに対する過失致死罪が成立するだけだ」と主張したいところだろう。

 しかし、刑法は「人を殺した者は…」と規定しているわけで、人を殺してはいけないはずなのに、「やっぱりやめよう」とは思わず、そのまま実行に移している。

 結局のところ「人」を殺そうと考えていたことに変わりはなく、AとかBといった食い違いは犯罪の成否というレベルでは関係ないというわけだ。

 このほか、故意と過失の分かれ目が問題となる例として、憎きA1人だけを殺そうと思って撃ったら、Aのみならず横にいた無関係のBにも当たり、Aを負傷させ、Bを殺害した、といった事案が考えられる。

 やはり犯人からすると、「Bを殺すことまでは考えておらず、Aに対する殺人未遂罪とBに対する過失致死罪が成立するのみだ」と主張したいところだろう。

 また、「殺そうと考えた『人』の人数は1人であって2人ではないから、未遂を含めて2つの殺人罪が成立するのはおかしい」といった考え方もあるだろう。

 これも先ほどの理屈を突き詰め、Aに対する殺人未遂罪とBに対する殺人既遂罪が成立する、というのが裁判所の立場だ。

 ただ、1回の銃撃行為が2つの罪名に触れるものだということで、刑法の別の規定により、最も重い刑、すなわちBに対する殺人既遂罪の刑で処罰されることとなる。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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