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韓国の俳優が直面する兵役問題 人気韓国ドラマの脚本家が描く不安

桑畑優香ライター・翻訳家
主人公ヘジュンを演じたパク・ボゴムは、8月末に入隊した

華やかで熾烈な韓国芸能界に生きる若者たちを描いたドラマ『青春の記録』。

パク・ボゴム(『雲が描いた月明かり』『ボーイフレンド』)やパク・ソダム(『パラサイト 半地下の家族』)という実力派を主演に据えた本作は、青春ドラマでありながら芸能人の兵役や女性の自立など韓国社会が直面する問題にもストレートに切り込む。

脚本を担当したハ・ミョンヒさんは、1990年代から社会派のドラマを多数手がけてきた。韓国ドラマの主戦場がテレビ地上波からNetflixをはじめとするネット配信に移りつつあり、世界中で影響力を持ついま、作り手が思うドラマのあり方とは。ハ・ミョンヒさんにたずねた。

――『青春の記録』に映し出される芸能界の裏側は、ご自身も脚本家として所属している世界であるため、逆に書くのが難しい部分もあったのではないかと想像します。特に、兵役のタイミングで悩むスターの姿は、これまでドラマであまり触れられなかった一歩踏み込んだ内容だと思いました。実際に主演のパク・ボゴムさんは、このドラマがスタートする直前に入隊しました。脚本を書きながら悩んだ部分、そして兵役について触れた理由を教えてください。

韓国の20代の男性が直面する一番大きな問題が兵役で、俳優も同じです。どのタイミングで兵役に就くのか。特に芸能人とって、20代の最盛期に18カ月空白ができるのは、「もしかするとキャリアが終わってしまうかもしれない」という不安につながります。スターになった俳優も、無名の俳優も、悩まざるをえません。26歳の男性を主人公にしたドラマで兵役を扱わないのは、リアリティに欠けると思いました。

軍隊について描きながら最も心配したのは、劇中の主人公が入隊の時期を一度遅らせるエピソードでした。軍隊に行きたくないので遅らせているように映れば、キャラクターの好感度が下がってしまいます。その点が気になり、何度も確認を重ねながら書きました。

――男性が恋人のためにHPVワクチン(子宮頸がん予防ワクチン)接種に行くエピソードも話題になり、SNSでトレンド入りしました。青春ドラマでは意外な素材を盛り込んだ理由とは。

以前、医学ドラマの脚本を書きました。心筋梗塞のエピソードを取り上げたら、オンエア後に視聴者からお礼の電話をいただいたんです。「自分が心筋梗塞だと気づかず、ドラマを見て病院に行って治療を受け、一命をとりとめました」と。その時から、ドラマに意義のある情報を入れるようになりました。ドラマが誰かの命を救う可能性もあるからです。

HPVワクチン接種のエピソードは、青春ドラマだから興味深いと思いました。HPVワクチンは、若者が受ける予防接種ですよね。20代の若者にとって恋愛はすごく重要で、恋愛において性はとても大切だからです。

性の主体は男性と女性です。HPVワクチンは、女性のための予防接種だと捉えている人が多いんです。だから、男性も受けるワクチンだと伝えたかったんです。ドラマでは、恋人同士のジヌとヘナのために、このエピソードを書きました。ヘナは上流階級出身で親が厳しいため、HPVワクチンを本人も受け、ボーイフレンドと付き合うときも当然チェックするだろうと考えたのです。

――ハ・ミョンヒさんは90年代から脚本を書いています。『温かい一言』(2013)、『上流社会』(2015)、『ドクターズ~恋する気持ち』(2016)、『愛の温度』(2017)をはじめ、医療ドラマや夫婦の関係などその時々の社会を映し出した作品も多いですが、急速に変化する韓国社会の中でも、ここ数年で一番変化したと感じるのはどんなところでしょうか。その変化は、手がけるドラマのテーマにどのような転換をもたらしましたか。

ここ数年間、ドラマを制作する環境に多くの変化がありました。わずか数年前まで韓国ドラマは韓国人が主な視聴者でしたが、いまはグローバルです。そのため、NetflixやOTT(インターネットを通じて提供されるメッセージや音声、動画などのコンテンツサービス)の投資を受けて制作されるケースが多くなりました。

脚本家は、時代に価値観を問う人だと考えています。いま必要な物語は何か、どんな話をするべきか。実は、人が生きる中で守るべきテーマは普遍的で、ドラマのテーマもそれほど変わりません。それをどのように時代に合わせて投げかけるかが重要だと思います。どんな方法で語るのかについての研究をずっと続けています。

――動画で配信される作品の脚本を書く際に、テレビドラマとは異なるポイント、たとえばターゲット層や内容、ストーリーのテンポなどの違いはありますか。

地上波のテレビでドラマを放送するときは、話数が進むとともに視聴率をいかに伸ばすのか、考えなければなりません。Netflixや他のOTTも、たくさんの人が見るドラマを作ろうというのは同じです。完成度がさらに重要視される時代になりました。一度見た人がもう一度見たくなる。そんなコンテンツを残そうという思いが強いです。

「普遍性」と「特殊性」のフォーカスをどこに置くかによって、ターゲットが変わってくるように感じます。NetflixやOTTは、韓国人だけでなく世界中の人々が共感し、楽しめるコンテンツであるのが特徴ですが、韓国人が好きな作品が外国でも心に響くのではないかと思います。

人間が普遍的に持っているものがありますよね。ある事件に遭遇したときに抱く感情、態度などは同じではないでしょうか。よく知らない文化を描こうとして中途半端になってしまうよりは、普遍性にアプローチしたほうがいいと思います。ターゲット層としては、NetflixやOTTは若者の需要が高いのは確かですね。

――韓国ドラマは日本でも多くのファンに愛されています。ハ・ミョンヒさんが思う、韓国ドラマ独自の魅力とは? また、ご自身が作品を作るときに特に意識されていることを教えてください。

韓国ドラマの魅力は、多様性です。さまざまなジャンルのドラマが共存していて、多くの人が見たいと思うストーリーを多方面で満たしているのです。素敵な俳優が多く、彼/彼女たちの魅力も韓国ドラマを輝かせるのに一役買っています。

私は、ドラマは結局、人間だと考えています。人間は見た目だけで知ることはできません。内面には答えのない問題を抱えている人々がいます。誰にも打ち明けることができないまま、生きていかなければならない問題の数々。そんな人たちと出会って癒しを与えると同時に、時代と呼吸をともにする。そんなドラマを書くことに重点を置いています。

ハ・ミョンヒさんインタビュー前編「ドラマに重ねた韓国芸能界の現実『青春の記録』脚本家インタビュー

Netflixオリジナルシリーズ『青春の記録』独占配信中

■写真提供:Studio Dragon

ライター・翻訳家

94年『101回目のプロポーズ』韓国版を見て似て非なる隣国に興味を持ち、韓国へ。延世大学語学堂・ソウル大学政治学科で学ぶ。「ニュースステーション」ディレクターを経てフリーに。ドラマ・映画レビューやインタビューを「現代ビジネス」「AERA」「ユリイカ」「Rolling Stone Japan」などに寄稿。共著『韓国テレビドラマコレクション』(キネマ旬報社)、訳書『韓国映画100選』(クオン)『BTSを読む』(柏書房)『BTSとARMY』(イースト・プレス)『BEYOND THE STORY:10-YEAR RECORD OF BTS』(新潮社)他。yukuwahata@gmail.com

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