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mRNAワクチンの供給量が減少している今こそアストラゼネカのワクチン接種開始を検討すべきか?

忽那賢志感染症専門医
(写真:ロイター/アフロ)

デルタ型変異ウイルスが拡大し、ワクチンの重要性が高まっている中、ワクチンの供給量の減少によって全国でのワクチン接種数が減ってきています。

今こそアストラゼネカ社のウイルスベクターワクチンの意義について検討すべき時ではないでしょうか。

アストラゼネカのワクチンを接種開始すするとしたら、どのような人を対象にすれば安全に接種できるのでしょうか。

日本では、ファイザー社とモデルナ社の2つのmRNAワクチン以外にも、アストラゼネカ社のウイルスベクターワクチンも承認されていますが、現時点ではアストラゼネカ社のワクチンについては当面は接種を見送り、引き続き対象年齢などを慎重に検討するという方針が政府から示されています。

これは、現時点では的確な対象がどのような人なのか判断が難しいということだと思われます。

アストラゼネカ社のワクチンは、すでに1億2000万回分の供給契約が締結されており、9000万回の生産が日本国内で行われるとのことです。

これまで日本は、台湾やベトナムにアストラゼネカのワクチンを供与してきましたが、今こそ日本国内でも接種を検討すべきときではないでしょうか。

ウイルスベクターワクチンとは?

ウイルスベクターワクチンの仕組み(DOI: 10.1056/NEJMoa2101544より)
ウイルスベクターワクチンの仕組み(DOI: 10.1056/NEJMoa2101544より)

オックスフォード大学/アストラゼネカ社の新型コロナワクチン(ChAdOx1 nCoV-19、AZD1222)はウイルスベクターワクチンという技術を用いています。

ウイルスベクターワクチンとは、人体に無害なウイルスを「ベクター(運び屋)」として使用し、新型コロナウイルスのスパイク蛋白の遺伝情報をヒトの細胞へと運ぶものです。

ベクターを介して細胞の中に入った遺伝子からスパイク蛋白が作られ、体がスパイク蛋白に対する免疫を作ることで効果を発揮します。

新型コロナウイルスそのものを接種するわけではなく、また接種することによってヒトの遺伝子が書き換えられることもありません。

ChAdOx1 nCoV-19はチンパンジーのアデノウイルスをベクターとして使っています。

このチンパンジーアデノウイルスはヒトには無害であり、また体内では増殖できないようになっています。

ヒトのアデノウイルスは多くの人が免疫を持っているためベクターとして使えないため、チンパンジーのアデノウイルスが用いられていますが、一度ワクチンを接種してしまうと、このチンパンジーアデノウイルスに対しても免疫ができてしまうため、2回以上は接種できないと考えられています。

アストラゼネカ社のワクチンの効果は?

mRNAワクチンとウイルスベクターワクチンの比較(https://doi.org/10.7326/M21-0111を元に筆者作成)
mRNAワクチンとウイルスベクターワクチンの比較(https://doi.org/10.7326/M21-0111を元に筆者作成)

アストラゼネカ社のウイルスベクターワクチンは2回接種が必要であり、1回目から4〜12週空けて2回目を接種します。

第3相試験での発症予防効果は70.4%と報告されており、mRNAワクチンの90%以上と比べると見劣りするかもしれませんが、十分な効果があります。

また重症化を防ぐ効果については、mRNAワクチンとほぼ同等であり88%入院を減少させたというスコットランドからの報告があります。

重症化を予防する効果があれば、新規感染者はある程度出たとしても医療逼迫を起こしにくくなると考えられます。

また、mRNAワクチンと比較した場合のメリットとしては、温度管理が2〜8度の冷蔵で良く、mRNAワクチンのような冷凍での管理が不要という点にありますので、低温管理での長時間の搬送が困難な離島などの地域では活躍の場がありそうです。

変異ウイルスに対する効果としては、現在日本で広がっているイギリス由来のアルファ型に対しては効果はほぼ落ちないということが分かっていますが、デルタ型については発症予防効果が60%に低下したという報告がスコットランドから出ています。

アストラゼネカ社のワクチンの副反応は?

アストラゼネカ社のワクチン接種後に血栓症を起こした事例が海外で報告されています。

ヨーロッパでアストラゼネカ社のワクチンを接種した約3,400万人のうち、安全性監視システムを通じて脳静脈洞血栓症が169例、脾静脈血栓症が53例報告されており、このうちほとんどが血小板という血液を固めるための成分が減少していました。

これらの方々は、ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)という血を固まりにくくする薬剤であるヘパリンの使用後に起こる病態によく似ており、脳静脈洞、門脈・脾静脈・肝静脈などに血栓が見られること、ほとんどが初回接種後14日以内に発生すること、そして多くが50歳未満の女性であることが特徴です。

血栓症以外には、ワクチン接種によってみられる一般的な副反応として、倦怠感、頭痛、発熱などが副反応としてみられることがあります。

mRNAワクチンと組み合わせて接種した研究も

海外では、1回目と2回目に異なる種類のワクチンを接種した場合の効果について検証した研究もあります。

スペインの6つの大学病院で行われた研究では、1回目にアストラゼネカ社のウイルスベクターワクチンを接種し、2回目にファイザー社のワクチンを接種したところ、十分な免疫反応が得られたとのことです。

また、イギリスのオックスフォード大学が主導した研究では、ファイザー社のワクチンとアストラゼネカ社のワクチンを組み合わせて接種した結果、

①1回目ファイザー社 → 2回目ファイザー社

②1回目アストラゼネカ社 → 2回目ファイザー社

③1回目ファイザー社 → 2回目アストラゼネカ社

④1回目アストラゼネカ社 → 2回目アストラゼネカ社

の順で良好な免疫反応が得られたとのことです。

アストラゼネカ社のワクチン接種が選択肢になるのはどんな人?

確かに「mRNAワクチンとウイルスベクターワクチン、どっち打ちますか?」と選べる場合は、おそらくほとんどの人がmRNAワクチンを選ぶでしょう。

しかし、mRNAワクチンの供給が減っている現状では「アストラゼネカ社のワクチンでもいいからワクチンを接種したい」という人も一定数いると思われます。

血栓症の問題についても約15万人に1人と稀であり、致死率2%の新型コロナが予防できることを考えれば接種する意義はあると考えられますし、欧州医薬品庁も「稀な血栓症よりも予防効果というメリットの方が上回る」という声明を発表しています。

血栓症のリスクが高いとされる50歳未満の女性を対象外とすれば、より安全に接種が行えるでしょう。

特に、mRNAワクチンが接種できない、あるいはmRNAワクチンでアナフィラキシーが起こるリスクが高いと考えられている、

・mRNAワクチン接種後にアナフィラキシーを起こした人

・PEG(ポリエチレングリコール)にアレルギーのある人

・薬剤アレルギーのある人

・アナフィラキシーの既往のある人

といった方々にとっては、アストラゼネカ社のワクチンは大事な選択肢となります。

高齢者は若年者よりも、そして男性は女性よりも新型コロナに感染した場合の重症化リスクが高く、またアストラゼネカ社のワクチンによる血栓症のリスクが低いこと、そしてデルタ型変異ウイルスによって感染者の重症化リスクがさらに高まっていることからは、

・60代以上の高齢者(男女とも)

・基礎疾患のある男性

のうち「アストラゼネカ社のワクチンでもいいから早くワクチンを接種したい」あるいは「1回目をmRNAワクチン打っちゃったけど供給減少で2回目が打てなくなった」という人には何らかの形でアストラゼネカ社のワクチンを接種する機会があるのが望ましいのではないでしょうか。

実際には「もう少し待てばmRNAワクチンの供給が再開されるのであればそれまで待つ」という方が多いとは思いますので、それほど接種者が増えるわけではないと思いますが、選択肢が増えるだけでも意義があるのではないかと思います。

※当初、1日あたりのワクチン接種数の推移について記載していましたが、ワクチン入力システムに入力されていない分が反映されていない数であり実態と異なる、とのご指摘をいただき該当箇所を削除しました。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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