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新型コロナによる医療崩壊で何が起こるのか

忽那賢志感染症専門医
(写真:ロイター/アフロ)

日本国内での新型コロナウイルス感染症の流行は第3波を迎え、新規感染者数は連日過去最高を更新しています。

「医療崩壊」の懸念が各メディアからも伝えられるようになりました。

実際に新型コロナの流行によって医療崩壊が起こってしまうと、何が起こるのでしょうか。

日本全国の新型コロナ重症患者数はすでに第2波を超えている

新型コロナ重症者数の推移(厚生労働省HPより)
新型コロナ重症者数の推移(厚生労働省HPより)

11月20日時点での日本全国の新型コロナ重症患者数は291人(前日比+11人)となり、第2波のピーク時を早くも超えました。

第2波と比べて第3波では高齢者が占める割合が多いことから、重症者数の増加のペースも第2波を上回っています。

また、新型コロナは診断されてから重症化するまでに時間がかかることから、これまでの第1波、第2波でも重症者数のピークは新規感染者数のピークよりも約1週間遅れてやってきています。

第3波はまだ新規感染者数のピークを超えていないことから、重症者数はこれからも増加していくことが懸念されます。

こうした中で、再び「医療崩壊」への懸念が伝えられるようになってきました。

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どうなれば医療崩壊が起こるのか

医療崩壊とは、一般的には「必要とされる医療」が「提供できる医療」を超えてしまうことを指します。

提供できる医療は医師、看護師、放射線技師、薬剤師などの医療従事者や、人工呼吸器、ECMOなどの医療機器などによって制限があります。

普段は「必要とされる医療」がこの「提供できる医療」の制限を超えることなく診療の質が維持されていますが、この「必要とされる医療」が「提供できる医療」を超えてしまうと、診療の質が維持できなくなってしまいます。

例えば2月下旬から新型コロナが大流行したイタリアでは、当初致死率が7.2%と非常に高くなっていました。

この7.2%という数値は現在の世界全体での致死率2.4%を大きく上回っていますが、これは重症例が多くなり本来提供できる医療よりも新型コロナの患者が増えすぎてしまったために、普段の診療体制では救える命も救えなくなってしまったことが要因の一つとして考えられます。

このように、新型コロナの患者数が増加して「提供できる医療」の限界を超えると、新型コロナ患者の診療の質が保てなくなります。

しかし、それだけではありません。

新型コロナの患者数の急激な増加は、新型コロナ以外の患者への医療にも大きく影響を与えます。

例えば、

・救急車の搬送先がなかなか見つからない

・心筋梗塞・狭心症の治療が行われなくなる

・がんの診断が遅れる

などです。

コロナの影響による救急搬送の遅延

例えば、日本では救急搬送の遅延が起こっています。

4月の第1波の時期には発熱患者が救急車を要請しても、新型コロナの可能性を考慮して受け入れをためらう医療機関が増加し、救急隊の現場到着から搬送開始までに30分以上を要した「救急搬送困難事案」が増加しました。

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東京都では、救急隊が医療機関への受け入れ照会を5回以上行ったか、搬送先選定に20分以上かかった場合に適応となる「東京ルール」というものがあります。

搬送先がなかなか見つからない救急患者の受け入れを円滑に行うためのルールですが、この東京ルールの件数が第1波の際に急増したことが分かっています。

救急医療の東京ルール件数(第20回東京都新型コロナウイルス感染症モニタリング会議資料より)
救急医療の東京ルール件数(第20回東京都新型コロナウイルス感染症モニタリング会議資料より)

これは、医療機関が院内クラスター発生などを懸念し新型コロナ患者を警戒し受け入れをためらう事例が増えたためと考えられます。

医療機関も徐々に新型コロナへの対応が整ってきていますが、それでも今回の第3波でも同様のことが起こる可能性があります。第3波に伴い東京ルール件数も増加傾向にあり、その兆候が見られています。

医療崩壊が起こると、コロナ以外の疾患の診療にも影響が

海外でも「新型コロナによる、新型コロナ以外の疾患への影響」が問題になっており、特にこれまでに爆発的な患者の増加が見られた欧米では深刻な問題となっています。

例えば、アメリカ全土の退役軍人病院の全入院患者数および脳梗塞、心筋梗塞、心不全、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、虫垂炎、肺炎、新型コロナウイルス感染症の入院患者数を、2019年の同時期と比較したところ、新型コロナウイルス感染症以外の疾患の入院患者数は著明に減っていたと報告されています(JAMA. 2020;324(1):96-99.)。

退役軍人病院での入院患者数のコロナ流行前後での比較(JAMA. 2020;324(1):96-99. doi:10.1001/jama.2020.9972)
退役軍人病院での入院患者数のコロナ流行前後での比較(JAMA. 2020;324(1):96-99. doi:10.1001/jama.2020.9972)

これは患者さんが心筋梗塞を発症しても新型コロナに感染することを懸念して病院を受診することをためらったというだけでなく、新型コロナ対応のため病院がそれ以外の疾患への対応ができなくなっていたこともその要因の一つと考えられます。

アメリカでは心臓カテーテル検査・治療そのものの件数が減っていることも報告されています(https://doi.org/10.1016/j.amjcard.2020.06.009)。

2019年の同時期と2020年の心臓カテーテル検査・治療件数の比較(https://doi.org/10.1016/j.amjcard.2020.06.009)
2019年の同時期と2020年の心臓カテーテル検査・治療件数の比較(https://doi.org/10.1016/j.amjcard.2020.06.009)

心筋梗塞、狭心症などの患者さんが自然に減るわけではないため「コロナの影響で診断されずにいる心筋梗塞、狭心症の患者が増えている」と考えるのが妥当でしょう。

こうした患者さんは本来受けられた治療が受けられなかったことになります。

医療崩壊が起こったイタリアでは院外心停止患者が増え、市民による心肺蘇生を受けた患者が減った

イタリアにおける院外心停止患者数と新型コロナ患者数(N Engl J Med 2020; 383:496-498)
イタリアにおける院外心停止患者数と新型コロナ患者数(N Engl J Med 2020; 383:496-498)

イタリアでは、2019年と比較して2020年は院外心停止の患者が増えていることも報告されています(N Engl J Med 2020; 383:496-498)。

これは、新型コロナが原因で心停止した患者も増えているだけでなく、受診を控えたために心停止に至った新型コロナ以外の疾患の患者も含まれているものと考えられます。

さらに問題なのは、2019年と比較して、2020年は院外心停止に対して市民による心肺蘇生が行われた割合が15.6%下がっており、これは新型コロナに自身が感染することを懸念して市民が心肺蘇生を行わなくなったのではないかと考えられます。

なお近年は救助者の口から患者の口へ直接息を吹き込む人工呼吸をしなくても胸骨圧迫(いわゆる心臓マッサージ)だけでも予後を改善できることが分かっており、人工呼吸はしなくても良く、布などで心停止患者の鼻と口を覆い胸骨圧迫を行えば感染のリスクを下げることができます。

アメリカでは新型コロナの影響で、がんと診断される患者が減っている

アメリカで診断されるがん患者数の過去との比較(JAMA Netw Open. 2020;3(8):e2017267.)
アメリカで診断されるがん患者数の過去との比較(JAMA Netw Open. 2020;3(8):e2017267.)

心筋梗塞、心停止などの急性期疾患だけでなく、新型コロナによる医療崩壊は慢性疾患にも悪影響を与えています。

アメリカでは過去と比較して、乳がん、大腸がん、肺がん、膵がん、胃がんと診断される患者数が減っていると報告されています(JAMA Netw Open. 2020;3(8):e2017267.)。

新型コロナが流行したからと言って、がんは進行を止めるわけではなく、これも診断されずにいるがん患者が増えていることを意味します。

オランダではがん罹患率が40%も減少しており、英国ではがんの疑いのある患者の紹介受診が75%減少しているとされており、新型コロナの流行を経験した多くの国で同様の傾向がみられています。

がんの診断が遅れることにより、より進行した病期で診断され、悪い結果につながる可能性が高いと考えられます。ある研究では、アメリカでは新型コロナの影響により33,890人以上の過剰ながん死亡者が増加する可能性があることが示唆されています。

イギリスでは新型コロナ流行期に死産が増えた

ロンドンの大学病院で、新型コロナ流行前の1681人の出生と新型コロナ流行期の出生1718人を比較した研究では、死産の発生率は新型コロナ流行期の方が、流行前よりも増えていたと報告されています。

これらの妊婦は新型コロナに感染していたというわけではなく、イギリスでの大規模な新型コロナの流行によって、妊婦の受診行動が変わった(病院に行って感染したくない、医療機関の負担を増やしたくない、など)ことや、医療機関における負荷の増加(スタッフの不足、超音波検査やスクリーニング検査体制の不足など)によるものの可能性が考えられています。

大人だけでなく小児の医療にも悪影響が見られた

小児救急外来の受診者数の2018、2019、2020年の比較(https://doi.org/10.1016/S2352-4642(20)30108-5)
小児救急外来の受診者数の2018、2019、2020年の比較(https://doi.org/10.1016/S2352-4642(20)30108-5)

ここまでは主に成人が罹る疾患への影響をご紹介してきましたが、新型コロナの影響は成人の疾患だけにとどまりません。

イタリアでは小児救急外来を受診する患者の数の減少が報告されており、小児医療への影響も懸念されます。

また、ドイツではケトアシドーシスという重症の病態で診断に至る1型糖尿病患者の数が増えていることが報告されており、受診が遅れることで重症の病態まで進展してから診断に至る症例が増えています。

日本が医療崩壊に陥らないために

このように、新型コロナが爆発的に流行することによる医療崩壊は、新型コロナ以外の様々な疾患にも影響を与えます。

主に欧米の事例を紹介しましたが、日本でも第1波では手術件数の減少など、すでに影響は出ています。

現在の第3波はどこまで患者が増え続けるか分かりませんが、(Googleによる感染予測では今後28日で62,010人が感染すると予想されています)、感染を抑え込めるかどうか、これまでに欧米が経験した医療崩壊に日本が陥ってしまうかどうかは、私たち一人ひとりの自覚ある行動と感染対策にかかっています。

今一度、3連休を迎えるに当たって、

・屋内ではマスクを着ける

・3密を避ける(特に職場での休憩時間や会食)

・こまめに手洗いをする

といった、基本的な感染対策について徹底しましょう。

新型コロナの診療をしている、一医療従事者から皆さんへのお願いです。

手洗い啓発ポスター(羽海野チカ先生作成)
手洗い啓発ポスター(羽海野チカ先生作成)
感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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