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新型コロナ患者が「全員入院」でなくなることのメリットとデメリット

忽那賢志感染症専門医
(写真:ロイター/アフロ)

8月28日に安倍総理大臣から今後の新型コロナウイルス感染症に対する方針が示されました。

7つの方針のうち1つ目は「感染症法における入院勧告等の権限の運用の見直し」というものでした。

入院勧告の見直しにより、どのような変化が期待されるのでしょうか?

政府の示した新型コロナウイルス感染症に関する今後の取組

先週の発表で政府は大きく7つの方針を示しました。

1.感染症法における入院勧告等の権限の運用の見直し

2.検査体制の抜本的な拡充

3.医療提供体制の確保

4.治療薬、ワクチン

5.保健所体制の整備

6.感染症危機管理体制の整備

7.国際的な人の往来に係る検査能力・体制の拡充

どれも大事な対策ですが、今回は1つ目の「入院勧告の見直し」について考えてみたいと思います。

まだ地域によっては「原則全例入院」が続いている

感染症法に基づく主な措置の概要(第39回厚生科学審議会感染症部会資料より)
感染症法に基づく主な措置の概要(第39回厚生科学審議会感染症部会資料より)

新型コロナは「指定感染症」と政令で指定されており、診断された患者は感染の拡大を防ぐことを目的に隔離措置を取るため感染症指定医療機関などに入院となります。

しかし、3月1日の時点で流行が拡大した場合には重症化リスクの低い患者では必ずしも入院とせず自宅療養も考慮してよいという通知が出ており、4月2日には都道府県の用意したホテルでの療養も選択肢となる旨が通知されています。

これを受けて、東京都などは新型コロナ患者用のホテルを準備し、軽症者についてはホテル療養を進めることで医療機関の負担軽減を図っていました。

しかし、地域によってはこのホテルや自宅での療養が進まず、ほとんどの患者が入院している県もあるようです。

今後、こうした地域でも重症化のリスクの低い無症状者や軽症者ではホテルや自宅での療養が進んでいくものと考えられます。

軽症者が自宅やホテルでの療養となることのメリット

最大のメリットは医療機関の負担が減ることです。

軽症者であっても、入院するとなれば

・発生届を保健所に提出する

・入院時の問診・診察・検査(血液検査・胸部レントゲン)

・(地域によっては)HER-SYSという新型コロナ患者の電子情報管理システムの入力

・毎日の診察

・配膳・着替えなど身の回りのケア

・退院の調整

などの業務は入院患者ごとに必要になります。

また診察はすべて個人防護具をつけて行いますので、通常の診察よりも時間がかかります。

また重症化するリスクの低い若い軽症者では、本人は入院したくないのに無理やり入院させられている(と思っている)ことでストレスが溜まり、医療従事者に対してとても攻撃的になったり、院内のルールを守らない横暴な行動を取ることがあります。

例えば、私の周辺で起こった事例としては、

・タバコを吸えなくてイライラし「責任者を呼んでこい」などと騒ぎ立てる

・飲食が禁止されている就寝時間に蒙古タンメン◯本のカップラーメンを食べて病室に悪臭を巻き起こす

・就寝時間にウーバー◯ーツを頼んで病棟スタッフに取りに行かせる

・病棟の器物を破損する

・「なんで個室じゃないんだ」と騒ぎ立てる

・「あんたらどうせ暇な内科医なんだろ」「殺すぞ」などと医療従事者を恫喝する

・本人希望で入院したのにすぐに退院したいと言い出し暴れる

などです(一応すべてフィクションということでお願いします☆)。

もちろんこれらの患者は全体から見るとごく一部なのですが、軽症者をたくさん受け入れているとこうした事例は一定の割合で発生します。

他にも同様の事例が報道されているようですが、こうした事例は全国の医療機関で起こっているものと推測されます。

こうした事例が発生するたびに私たち医療従事者は疲弊していきます。

聖路加国際病院から医療従事者の燃え尽き症候群(バーンアウト)に関する研究が米国医師会雑誌に掲載されており、看護師の実に46.8%がバーンアウトを経験したとされます。

医療従事者のバーンアウトにはこうした理不尽な患者への対応も原因となっているのではないかと個人的には思います。

今後、こうした軽症者の対応を行わなくても良くなれば、全国の医療機関にとっては負担軽減につながると思われます。

軽症者が自宅やホテルでの療養となることのデメリット

一方で、軽症者が自宅やホテルでの療養になることにデメリットはあるのでしょうか。

最も注意しなければならないのは「医療が必要かどうかの見極め」となります。

4月には、自宅療養をしていた新型コロナ患者が亡くなられてしまうという事例がありました。

この男性はPCR検査で16日に感染が判明。軽症と判断され、入院先の病院が見つかるまで「自宅待機」の措置をとった。発症から1週間以上経過した20日に保健師が状況を確認したところ発熱しており、21日から入院予定だったという。

しかし、20日夜に容体が急変し、21日に病院に救急搬送され、死亡が確認された。

出典:知事「自宅療養やむを得なかった」 埼玉の軽症男性死亡

この患者さんはいつ発症だったのかは不明ですが、発症から1週間以上経過してから急変しています。

新型コロナでは、発症から7〜10日後に急変することがあり、この期間は特に慎重な経過観察が必要となります。

新型コロナの典型的な経過(筆者作成)
新型コロナの典型的な経過(筆者作成)

基礎疾患のない若年者であっても、重症化する可能性はゼロではありません。

ホテルや自宅であっても、この重症化しうる時期には特に慎重に経過観察でき、必要時にはすぐに医療機関に搬送できる体制を確保することが重要になります。

また、診断された時点では軽症であっても、高齢者や基礎疾患を持つ人は引き続き医療機関に入院するという対応が望ましいでしょう。

また自宅療養では家庭内感染が拡大するリスクが高くなります。

新型コロナに感染したら重症化する可能性が高い同居者がいる場合や、完全に同居者との生活を分けることが難しい家庭であれば、自宅療養ではなくホテル療養とした方が良いでしょう。

こうした軽症者の対応については、保健所の方々の負担が大きくなっており、スタッフの増員や、より効率的な一元的管理を都道府県が進めていくことを期待します。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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