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新型コロナのPCR検査陽性率 数値をどう解釈すべきか

忽那賢志感染症専門医
各国と比較した日本の各都市の検査数と陽性率の関係

新型コロナに関連して「検査陽性率」という数値がニュースなどでもよく使われています。

この数値は、どのように解釈すればよいのか、またどれくらいの数値が理想的なのでしょうか?

検査陽性率とは?

検査陽性率は以下のように定義されます。

筆者作成
筆者作成

例えば、東京都は1日当たり(5日平均で)3493人検査をしており、1日当たり(5日平均で)287.3人が新型コロナと診断されていますので、287.3/3493×100=8.2%ということになります。

東京都の検査陽性率(東京都新型コロナウイルス対策サイトより)
東京都の検査陽性率(東京都新型コロナウイルス対策サイトより)

東京都新型コロナウイルス対策サイトでは、この陽性率の推移が公開されています。

最新の数値が反映されていませんので、6.5%となっていますが、この数日の患者数の増加で陽性率も上昇してきています。

他の地域ではどうかといいますと、大阪府が公開している資料によると7/27の検査陽性率が9.4%一日当たりの検査数が現在1800件くらいのようです。

愛知県は5日平均で陽性率12.5%、検査数785件と公表されています。

東京、大阪では10%未満ですが、愛知では10%を超えてきています。

ではこの数値をどのように解釈すればよいのでしょうか。

検査陽性率が低いほど、感染者の捕捉率が高い

第1波の際に東京都では4月14日に検査陽性率31.6%という驚異的な数値を叩き出していますが、この日の東京都での新規感染者数は141人でした。

陽性率32%(筆者作成)
陽性率32%(筆者作成)

一方、第2波の7/14も143人とほぼ同じくらいの新規感染者数が報告されていますが、この日の検査陽性率は5.8%です。

陽性率6%(筆者作成)
陽性率6%(筆者作成)

この第1波と第2波の、ほぼ同じ人数の新規患者数が報告された日を比較した場合、どちらの方が流行状況的にまずい状況でしょうか?

第1波の32%という数値は「3人に検査すれば1人陽性」という状況であり、(同じ検査前確率の集団に対してという仮定のもとで)もう100件検査すればさらに32人の感染者が見つかります。

一方、第2波の6%という数値は「17人に検査すれば1人陽性」という状況であり、同様にもう100件検査しても新たに陽性となるのは6人です。

第1波と第2波において捉えている感染者の考え方(筆者作成)
第1波と第2波において捉えている感染者の考え方(筆者作成)

つまり、第1波では検査数が追いついておらず、実際の感染者のうちに診断できていたのはごく一部であったのに対し、第2波ではもう少し実際の感染者の全体像を捉えられているものと考えられます。

このように検査陽性率は、高ければ高いほど見逃している症例が多く、低ければ低いほど捕捉率が高いということになります。

現在重症例の数が少ない理由の一つとして、第1波の時点では、1日に実施できるPCR検査数が限られていたため重症例が優先的に診断されており、軽症例の多くは診断されずにいたためと考えられます。

どのような集団を検査対象にするのかも大事

この検査陽性率の議論をする上で大事なのは「どのような集団を対象に検査が行われているか」です。

例えば、東京都の検査陽性率が8.2%というのは「現在、都民の8.2%が感染している」というわけではありません。

検査を受ける人は、検査を受ける時点では一般の人よりも「新型コロナの可能性が高い」のであり(これを検査前確率が高いと言います)、こうした蓋然性の高い人のうちの陽性率が8.2%ということになります。

PCR検査の優先度と陽性率との関係(Tomas Pueyo氏作成の図を筆者が加筆)
PCR検査の優先度と陽性率との関係(Tomas Pueyo氏作成の図を筆者が加筆)

東京都では現在、重症例、軽症例に加えて濃厚接触者や帰国者にも検査が行われています。

一方、第1波では重症例を優先的検査を行っていたことから、軽症例は検査が行われずに見逃されている事例も多かったものと考えられます。

このように、検査陽性率を正しく評価するためには適切な検査対象を選んでいることも重要です。

「国民全員にPCR検査をすべきだ」というPCR原理主義的な主張は、効率、予算、実現可能性のどの面からも非現実的ですし、疑ってもいない人を対象にたくさん検査をして見かけ上の検査陽性率が下がっても、流行が抑制できているとは言えません。

余談ですが、濃厚接触者を検査対象にすることについて「発症前は検査陽性率が低い(偽陰性が多い)」とエビデンスを基に検査対象にすべきでないという主張をときに見かけますが、発症前が感染性が高いという新型コロナの特性を考えれば、(検査体制の整っている状況であれば)検査対象としてなるべく早く診断・隔離した方が良いと思いますし、無症状の時点では偽陰性であったとしても症状が出た後に再検査をすれば良いのではないかと個人的には思います。

現在の検査陽性率は他国と比較してどうか?

では現在の日本の各都市の検査陽性率は、他国と比較すると高いのか低いのかが気になります。

横軸:人口10万人あたりのPCR検査数 縦軸:PCR検査陽性率(Johns Hopkins大学HPの図を基に筆者加筆)
横軸:人口10万人あたりのPCR検査数 縦軸:PCR検査陽性率(Johns Hopkins大学HPの図を基に筆者加筆)

右に行くほど人口当たりの検査数が多く、上に行くほど検査陽性率が高いことを意味します。

例えばアメリカは検査数が非常に多く、陽性率は7%くらいです。フランスは検査数が比較的少なく陽性率が20%を超えています。

現時点では東京は、大阪、愛知に比べると人口当たりの検査数が多く陽性率も比較的低く抑えられているように見えます。そして、新宿区は検査数は多いものの陽性率も突出しています。

しかし、各国の状況と比較してみると、必ずしも検査数が多ければ陽性率が低いわけではなく「PCR検査をしまくれば流行は収束する」とは言えないことが分かります。例えば台湾は検査数もそれほど多くないにもかかわらず新型コロナを抑制できており、これは「しっかりと診断し、患者を隔離し、濃厚接触者を追跡する」というプロセスが機能しているためです。

検査陽性率はどれくらいが適正なのか?

では検査陽性率はどれくらいであれば良いのか、ということですが、これは理屈からすると低ければ低いほど感染者が少ないことになりますから、低いに越したことはないでしょう。

WHOは「3-12%くらいを維持してればまあまあ感染をコントロールできてる状態なんちゃう?」という趣旨の発言をしていますが、この数値の妥当性については今後科学的な検証が必要でしょう。

各国の新規患者数の推移と検査陽性率との関係(Our World in Dataより)
各国の新規患者数の推移と検査陽性率との関係(Our World in Dataより)

とは言え、検査陽性率が高い国ほど新規感染者数が多い傾向にあることは間違いなく、検査陽性率は「新型コロナがコントロールできているのかどうか」の指標にはなると言えます。

図は各国の新規患者数の推移と陽性率との関係を示しており、上に行くほど患者数が多く、色が赤くなるほど検査陽性率が高いことを意味しています。

全体的に、患者数が少ない国ほど検査陽性率は低い傾向を示しています。

「検査陽性率が高い→検査を増やす」だけでは不十分

結論として、検査陽性率は「実際の感染者と比べて検査数が足りているのか」「新型コロナがコントロールできているのか」の指標の一つとなります。

検査陽性率が高くなればなるほど、感染が広がり危険な状況であり、検査数が足りていないことを意味します。

しかし、PCR検査をすればいいというものではなく、一番大事なのは「しっかりと診断し、患者を隔離し、濃厚接触者を追跡する」というプロセスですので、この数値を参考に検査数を調整しつつ、それ以外の対策も行っていくことが重要です。

また「PCR検査が陰性=新型コロナではない」とは必ずしも言えませんので、個人個人の結果の解釈には注意が必要です。

新宿区PCR検査スポットの受診者数、陽性者数、検査陽性率の推移(日本医師会 COVID-19有識者会議HPより)
新宿区PCR検査スポットの受診者数、陽性者数、検査陽性率の推移(日本医師会 COVID-19有識者会議HPより)

東京都内で最も検査陽性率が高い新宿区では現在も30%近い陽性率が続いています。

新宿区では検査数を増やすための検査体制の整備だけでなく、診断、隔離をするための医療機関や医療従事者、療養ホテルの確保、接触者の追跡をしっかりと行っていくための保健所スタッフの増員が求められます。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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