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唾液がPCR検査の検体として使用可能に 利点と欠点

忽那賢志感染症専門医
赤ちゃんの唾液(Wikipediaより)

6月2日より検体として唾液を用いたPCR検査が可能となりました。

唾液を用いたPCR検査の導入について

ただし全てが唾液に取って代わるわけではなく「症状発症から9日以内の者」に限り、唾液を用いたPCR検査が可能とのことです。

しかし、これまでPCR検査は鼻咽頭スワブまたは喀痰で行われることが多かったため、受診者と医療従事者にとっては大きなメリットがあります。

唾液を用いたPCR検査の有用性、メリットとデメリットについて整理しました。

新型コロナウイルスは唾液からも検出される

SARS-CoV-2ウイルス(新型コロナウイルス)が患者の唾液からも検出されるという報告は、2月の時点からありました。

しかし、この時点では症例数が十分ではないため、唾液が検査に使用できるかどうかの検証が不十分でした。

その後、検体としての唾液の研究がいくつか報告されました。

唾液と気管内吸引痰との経時的な比較(Lancet Infect Dis 2020; 20: 565-74)
唾液と気管内吸引痰との経時的な比較(Lancet Infect Dis 2020; 20: 565-74)

こちらは気管内吸引痰との比較の図です。青が唾液、赤が気管内吸引痰で、縦軸がウイルス量です。

新型コロナウイルスは下気道(気管、気管支、肺)でウイルス量が多いため、気管内吸引痰と比較するとウイルス量は少ないですが、唾液でも20日くらいまでは10の4乗コピー/mlくらいの量が検出されています。

鼻咽頭よりも唾液の方がウイルス量が少ない傾向にある

では従来よく検体として用いられていた鼻咽頭スワブと比較するとどうでしょうか。

唾液と鼻咽頭スワブとの経時的な比較(doi:10.1128/JCM.00776-20)
唾液と鼻咽頭スワブとの経時的な比較(doi:10.1128/JCM.00776-20)

これは先程の図と縦軸が違ってややトリッキーですが、Ct値という増幅サイクル回数を見ているので、Ct値の数が少ない方がウイルス量が多いことになります(要するにさきほどの図と縦軸が逆になります)。

ですので、唾液よりも鼻咽頭スワブの方がウイルス量が多いということになります。

唾液の方がウイルス量が少ないということは、鼻咽頭スワブを用いてPCR検査を行えば陽性と判定される人も、唾液を用いれば陰性と判定されることがあり得るということです(ちなみに傾向としてウイルス量は「唾液<鼻咽頭スワブ」と考えられますが、個々の症例によっては唾液では陽性だけど鼻咽頭スワブでは陰性ということが起こりえます)。

これが唾液をPCR検査の検体に用いる最大の欠点と言えるでしょう。

つまりこれまで以上に唾液では「PCR検査が陰性だからといって新型コロナではないとは言い切れない」ということになります。

今回、厚生労働省が「症状発症から9日以内の者」に限り保険適用となっていますが、これは自衛隊中央病院で行われた研究結果によるものとのことです。

この研究は、鼻咽頭スワブを用いたPCR検査が陽性であった症例の唾液を採取し、PCR検査の陽性率を検討したものです。

「唾液を用いたPCR検査に係る厚生労働科学研究の結果について(https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000635988.pdf)」のデータより筆者作成
「唾液を用いたPCR検査に係る厚生労働科学研究の結果について(https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000635988.pdf)」のデータより筆者作成

図のように、発症から10日以降は陽性率が低下しています。

このことから唾液を用いる際は「発症9日目以内」に限定し保険適用とされたようです(一般的に唾液に限らず、発症からの時間が立つほどPCR検査での陽性率は低くなります)。

唾液PCRは検査を受ける人、そして医療従事者にもメリットがある

繰り返しになりますが、これまで新型コロナの検査には、PCR検査の検体として鼻咽頭の粘液を採取していました。

インフルエンザの迅速検査などで鼻咽頭の粘液を採取されたことがある方はお分かりかと思いますが、かなり辛いです。

鼻咽頭拭い液の採取方法(DOI: 10.1056/NEJMvcm2010260)
鼻咽頭拭い液の採取方法(DOI: 10.1056/NEJMvcm2010260)

適切に検体を採取しようとすると、これくらい深く綿棒を挿入しなければなりません。

私もされたことがありますが、検査後クシャミが止まりませんでした。

また、医療従事者側も検査する際に直接咳やクシャミなどのしぶきを浴びる可能性があり、感染に繋がりうるため、感染対策に注意が必要となります。

どれくらい感染に注意が必要かというと、これくらいです。

新型コロナに対する個人防護具を装着した忽那氏の雄姿(筆者の同僚撮影)
新型コロナに対する個人防護具を装着した忽那氏の雄姿(筆者の同僚撮影)

鼻咽頭のスワブを採取するのに、毎回この防護具を着て採取しています。

PCR検査の検体を採取するのもなかなか大変なのです。

そしてこれから暑くなる季節を迎え、重厚な防護具を着る医療従事者の熱中症対策も真剣に考えないといけないところでした。

しかし、唾液であれば受診者ご自身で検体を採取することができますので、医療従事者にとっては感染のリスクも軽減されますし、毎回個人防護具を着る負担も軽減され、また暑さ対策にもなるでしょう。

国立感染症研究所の「2019-nCoV (新型コロナウイルス)感染を疑う患者の検体採取・輸送マニュアル」も本日改訂され、検体採取にあたって医療従事者に必要な感染対策として、

1)上気道の検体採取を実施する場合(鼻咽頭ぬぐい液採取等)

サージカルマスク、眼の防護具(ゴーグル、フェイスシールド等)、長袖ガウン、手袋を装着する

2)唾液検体採取を実施する場合

検体を回収する際には、サージカルマスク、手袋を装着する

と記載されています。

つまり、唾液を用いたPCR検査を行う場合には医療従事者は毎回個人防護具を着る必要がなくなるわけです。

これは正直めちゃありがたいです。

というわけで、受診者と医療従事者にとってメリットも大きい唾液PCR検査ですが、鼻咽頭スワブを用いた場合と比べると検出率が低下する可能性もあるので、発症からの日数などの条件も考慮し、メリットとデメリットを理解した上で使い分ける必要があるでしょう。

なお、しっかりと良質な痰が出せる方は、一般的に痰の方が唾液や鼻咽頭よりもウイルス量も多いので、痰を用いた方が良いかもしれません。その場合、検査を受ける前に「痰が出ます」と自己申告するようにしましょう。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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