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精液から新型コロナウイルスが検出 新型コロナは性感染症になりえるのか?

忽那賢志感染症専門医
(提供:アフロ)

英文誌に精液から新型コロナウイルスが検出されたという報告が掲載されました。

これまでにエボラ出血熱やジカウイルス感染症は精液を介してパートナーに感染を伝播する性感染症の側面があることが知られています。新型コロナも性感染症となる可能性があるのでしょうか?

新型コロナの患者の精液から新型コロナウイルスが検出

今回ご紹介するのは河南省商丘市の市立病院からの報告です(doi:10.1001/jamanetworkopen.2020.8292)。

新型コロナウイルス感染症と診断された男性患者38人(うち急性期症状のある患者が15人、すでに回復していた患者が23人)から精液を回収し新型コロナウイルスの有無を検査したところ6人(うち急性期患者4人、回復期2人)の精液から新型コロナウイルスが検出されたというものです。

発熱や咳などの急性期症状のある患者から精液を回収するという時点で「さすが中国やでぇ・・・」と唸らされる論文ではありますが、筆者もこの精液問題については関心を持っておりましたので興味深く結果を拝読しました。

さて、この精液から新型コロナウイルスが検出されたという結果はどのような意味を持つのでしょうか。

精液からウイルスが検出される感染症は他にもたくさんある

これまでも精液からウイルスが検出される感染症は知られていました。

読者の皆さんに馴染みのあるところではジカウイルス感染症がそうです(馴染みないっつーの)。

ジカウイルス感染症は2016年にブラジルで流行した蚊媒介性感染症であり、感染した妊婦さんの一部で胎児に小頭症などの先天異常がみられたことで話題になりました。

このジカウイルス感染症は性感染症としての側面があり、ジカウイルス感染症の流行地域から帰ってきた人と性交渉をした後にジカウイルス感染症を発症した事例が複数報告されました(Emerg Infect Dis. 2011 May; 17(5): 880-882.など)。

その後、ジカウイルス感染症患者の精液や腟分泌液からジカウイルスが検出され、性行為で感染することが確認されました。

また、ウイルス性出血熱として知られるエボラ出血熱も性行為で感染することがあります。

感染から半年経過した後にパートナーに性行為を介してエボラをうつしてしまった事例が報告されており(N Engl J Med 2015; 373:2448-2454)、この事例では半年後も精液中からエボラウイルスが検出されています。

このように、他に感染経路が知られている感染症であっても、性行為を介して感染することがあります。

また精液中は、ウイルスがヒトの免疫機構から逃れやすいためなのか、長期間ウイルスが残留することがあります。

新型コロナは性感染症なのか?

現時点では新型コロナは性感染症であるとは言えません。

それは、まだ単に精液中からウイルスが見つかったにすぎないからです(ちなみに膣分泌液からは新型コロナウイルスは検出されなかったという報告もあります)。

性感染症であると判断するためには、今後2つのことが明らかにならなければなりません。

一つは、性行為によって間違いなく感染したと考えられる事例の存在です。

新型コロナ患者の性行為のパートナーの42.9%が新型コロナに罹患していたという査読前論文もありますが、発熱や咳がある状態の患者から性行為をしたパートナーに新型コロナがうつったとしても、それが性行為でうつったのか、咳などの飛沫でうつったのかは判断できません。

二つ目は、精液から生きたウイルスが分離されることです。

今回の新型コロナが精液から検出されたという論文では「新型コロナウイルスが検出」としか書かれておらず、それがPCR検査によってなのかウイルス培養なのか不明ですが、おそらくPCR検査であろうと推測します。

これがウイルス培養できる(=ウイルスに増殖能力がある)ことが分かれば、性行為によって感染する可能性が出てきます。

性感染症であると示されるようであれば、次に明らかにすべき事項として「新型コロナから回復後、いつまでウイルスが精液から検出され続けるのか」です。

これによって新型コロナから回復後、いつまで性行為に気をつける(毎回コンドームをつける、など)べきなのかが分かります。

しかし、膣には新型コロナウイルスの受容体であるACE2受容体が発現していないようでもあり、また唾液便中から新型コロナウイルスが検出されていること、舌にはACE2受容体が多数発現していることからは、一般的な性行為よりはキスやオーラル・アナル・セックスによる感染リスクの方が高いように思います。

というわけで、今後の研究結果が待たれるところではありますが、現時点では精液から新型コロナウイルスが検出されたことによって、私たちが新たに何か注意すべきことはないだろうと考えられます。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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