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今日から新型コロナPCR検査が保険適用に PCRの限界を知っておこう

忽那賢志感染症専門医
(写真:アフロ)

2020年3月6日から新型コロナウイルスのPCR検査が保険適用となります。

保険適用になると、何がどう変わるのでしょうか?

また、優れた検査とされるPCR検査の落とし穴にはどういったことがあるのでしょうか?

行政検査ではなくなることによるメリット

これまでも新型コロナウイルスの診断にはPCR検査が用いられていました。

ただし、これは行政検査という公的なプロセスを経て行われるものであり、医療機関から保健所に問い合わせを行い、検査の適応があると保健所が判断した場合には検査が行われていました。

原則として、図にある4つの条件のいずれかに当てはまる場合で、インフルエンザなどのその他の微生物による感染症が否定された場合には行政検査が行われるという体制になっていました。

新型コロナウイルス感染症に関する行政検査について(依頼) 令和2年2月 17 日 厚生労働省健康局結核感染症課
新型コロナウイルス感染症に関する行政検査について(依頼) 令和2年2月 17 日 厚生労働省健康局結核感染症課

しかし、今後新型コロナウイルスのPCR検査の需要が高まることが見込まれることから、3月6日より保険診療での検査が可能となります。

東京都内では検査数の増加によって、検査結果が届くまでに数日かかる状況になっていましたが、これにより特定の検査会社や、大学病院などのPCR検査が行える施設で検査が行えるようになりますので、受診者にとってはメリットがあると言えます。

しかし、全ての人が希望すればPCR検査を受けられるわけではありませんし、検査ができる医療機関は全国で約 800 箇所の「帰国者・接触者外来」に限られています。

また、PCR検査へのアクセスが良くなることで受診者に弊害もあります。それは検査の偽陽性・偽陰性が増えることです。

PCR検査とは?

PCR検査とは、ウイルスの遺伝子を検出する検査です。

新型コロナウイルス感染症の患者ではノドや痰の中に新型コロナウイルスが存在するため、ノドを拭ったり痰を採取したりして、その検体の中のウイルスの有無を検査します。

ウイルスの遺伝子が少数であっても検出できるため、一般的に感染症の検査の中では検出力の高い検査とされます。

新型コロナウイルス以外の微生物の検査でもよく用いられる検査であり、例えば、肺結核の診断にはPCR検査が行われています。

検査は万能ではない

PCR検査は優れた検査ではありますが、どんな検査も万能ではありません。

病気の診断には臨床検査が行われますが、100%信頼できる検査というものはないのです。

例えば、HIVのスクリーニング検査で陽性であったからといって、結果的にHIVではないこともあります(偽陽性)。

逆に、本当は肺結核なのに結核菌の検査で陽性にならないこともあります(偽陰性)。

私の身近な事例をご紹介いたします。

私が関西の病院で働いていた10年前くらいに当時小学生の女の子が虫垂炎になりました。

手術をした方が良いということになり、術前のルーチン検査として感染症のスクリーニング検査が行われました。

すると、この患者さんはHIV抗体が陽性という結果が出ました。

HIV感染症は主に性交渉で感染する感染症ですが、この患者さんはこれまでに性交渉の経験はありませんでした。母子感染もごく稀にありますが、その可能性は極めて低いと考えられました。

しかし、当時の病院の手術室の責任者は「HIV感染症の患者は手術しない!」と言い出し、この患者さんは別の病院に転送となりました。

転院先の大学病院で確認検査が行われ、HIVは陰性でした。

つまり、元の病院の結果は「偽陽性」であったということです。

そもそも「HIV感染症の患者は手術しない」という時点で時代錯誤も甚だしいのですが、この事例は「検査を正しく使えていない」ということが最大の問題です。

性交渉の経験のない小学生という時点でHIV感染症の可能性は極めて低いはずです。

しかし、とりあえず検査、ということで何も考えずに術前のルーチン検査を行うとこの患者さんのように「本当はHIV感染症ではないのに検査が陽性となる」事例が出てきます。

新型コロナウイルスのPCR検査でも偽陰性・偽陽性が起こり得る

新型コロナウイルスのPCR検査でも同様のことが起こりえます。

検査には感度と特異度という指標があります。

感度とは「その疾患を持つ人が検査を行った場合に陽性となる頻度」であり、特異度とは「その疾患を持たない人が検査を行った場合に陰性となる頻度」です。

私は現時点で約15例の新型コロナウイルス感染症の患者さんを診療していますが、初回のPCR検査が陰性で、それでも疑わしいからということで行った2回目・3回目の検査でようやく陽性と判明した事例が少なからずあります。感覚的なものですが、咽頭や鼻咽頭のスワブを用いたPCR検査の感度は70%くらいかなと感じています。つまり30%の方は本当に新型コロナウイルス感染症なのにPCR検査で陰性と出てしまうということです。

またいかに優れた検査と言えども、偽陽性(本当は新型コロナウイルス感染症ではないのに陽性と出てしまうこと)が起こりえます。新型コロナウイルスのPCR検査の特異度が非常に優れているとして、ここでは99.9%と仮定します。

現在、東京都内の症例数は44名となっています。

かなり多く見積もってこの100倍の潜在的な感染者がいると仮定して、4400人の感染者がいることにします。

東京都の人口(ここでは簡単に1000万人とします)のうち4400人が感染しているとして、全員がPCR検査を行ったとするとどうなるでしょうか。

PCR検査の感度70%・特異度99.9%として1000万人(うち真の感染者4400人)を検査した場合(筆者作成)
PCR検査の感度70%・特異度99.9%として1000万人(うち真の感染者4400人)を検査した場合(筆者作成)

この表の見方ですが、新型コロナウイルス感染症の患者さんが4400人いると仮定して、PCR検査で陽性と出るのが3080人です。残り1320人は「本当は新型コロナウイルス感染症なのに検査で陰性」と判断されます。

新型コロナウイルス感染症ではない人は999万5600人ですが、このうち998万5604人は陰性と判定されますが、9996人は「本当は新型コロナウイルス感染症ではないのに検査で陽性」と判定されます。

つまり、1320人の真の患者が見逃され、その10倍の1万人の偽陽性が生じるわけです。

本当はただの風邪なのに新型コロナウイルス感染症と診断されてしまうと、不必要に感染症指定医療機関に隔離され治療が行われることになります。

また本当は新型コロナウイルス感染症なのに陰性と判定されてしまうことにより、感染対策がおろそかになり周囲に広がってしまう危険があります。

なぜPCR検査が優れた検査なのにこのようなことが起こるのでしょうか?

大事なのは事前確率

検査をするときに大事なのは「この患者さんがどれくらいその疾患らしいか」を評価することです。

全く症状がない人や、数日続いているだけの風邪の症状がある人の検査をしても、今の流行状況では偽陽性が多くなります。

一部の報道では「PCR検査をより多くの人に行うべきだ」とする論調を見かけますが、新型コロナウイルス感染症らしくない人が検査をしても、かえって混乱を招くことになりえます。

厚生労働省は相談・受診の目安として、

1. 風邪の症状や37・5度以上の発熱が4日以上続く

2. 強いだるさや息苦しさがある

としています。

新型コロナウイルス感染症の典型的な経過(筆者作成)
新型コロナウイルス感染症の典型的な経過(筆者作成)

新型コロナウイルス感染症に特徴的なのは、症状の続く期間の長さです。

症状は風邪やインフルエンザによく似ていますが、症状が続く期間がそれらと比べて長いという特徴があるようです。

逆に症状の期間が短い時点で受診をしても風邪やインフルエンザの可能性の方が高くなります。

症状が辛くなければ、自宅で安静にして様子を見ましょう。

受診することで感染してしまう危険も

現在、新型コロナウイルス感染症が疑われた場合、各自治体の相談窓口に電話相談した後に医療機関の「帰国者・接触者外来」を受診することになります。

今の国内の状況では、受診者の大半は「新型コロナウイルス感染症ではない(風邪などの)患者」ですが、稀に新型コロナウイルス感染症の方が外来を受診している可能性があります。

患者さんがたくさん医療機関に押しかけることによって、風邪の患者さんと新型コロナウイルス感染症の患者さんとが、同時に医療機関の中に集まることになります。

多くの医療機関では、受診者同士が近距離で接しないように一定の間隔で待合で待機できるように配慮していますが、受診者があまりに多すぎると狭い空間に受診者が長時間待機することになるかもしれません。

韓国では同じコロナウイルスであるMERS(中東呼吸器症候群)が流行した際に、救急外来の待合で感染が広がったという事実も知られています。受診する病院を転々とするドクターショッピングも韓国でのMERSのアウトブレイクの一因と考えられています。

新型コロナウイルス感染症である可能性が高くない時点で病院を受診することは、場合によってはかえって新型コロナウイルス感染症に罹る可能性を高めることがありますので注意しましょう。

個人や地域ごとにリスク評価を

現在は地域によって流行状況が異なります。

東京都内ではすでにどこで感染したのか分からない患者も発生していますが、地域によってはまだ1人も感染者が出ていない地域もあります。

まだ感染者が出ていない地域にお住まいの方については、感染者と接触した、あるいは流行地域に渡航したなどの特定のリスクがない限りは感染を心配する必要はないでしょう。

風邪やインフルエンザのような症状が出現した場合も、個々人が自身の感染リスクと重症化する可能性を考慮した上で、病院を受診するかどうか判断するようにしましょう。

新型コロナウイルス感染症に罹って重症化しやすいのは高齢者と持病のある方ですので、このような方々は早めに病院を受診するのが良いでしょう。

また、病院を受診しない場合も、手洗いや咳エチケットなどの予防対策は必要ですし、周囲の人(特に高齢者や持病のある人)にはうつさないような配慮が必要です。

特に高齢者や持病のある方は不要不急な外出は控え、なるべく人混みは避けるようにしましょう。

国難とも言える大変な時期ですが、お互いが思いやりを持ち協力してなんとか乗り切れることを願っています。

※当初「検査で陽性となった非感染者」「検査で陰性となった非感染者」の数値が間違っていました(テヘ☆)

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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