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「アメリカのインフルは新型コロナだった説」は本当か?

忽那賢志感染症専門医
CDCの新型コロナウイルスに関する報道発表の様子(写真:ロイター/アフロ)

新型コロナウイルス感染症に関連して様々なデマが横行しています。

たとえば、

・中国が報告している死亡者数はウソで、致死率は90%

・新型コロナウイルス感染症は空気感染する

などです。

前者は間違いなくデマであり、それは中国以外で発生している症例の致死率を見ても明らかです。

空気感染をするという証拠も今のところありません(エアロゾルで感染する=空気感染、ではありません)。

新しく出てきた感染症(新興感染症)では、分かっていないことがたくさんあるがゆえに、このようなデマが拡散しやすいという性質があります。

このような記事も出ています。

死者1万人超「米国インフル猛威」は新型コロナかもしれない

今シーズンのアメリカにおけるインフルエンザによる死者数が1万人を超えて猛威を奮っているが、これは実はこの中に新型コロナウイルス感染症が紛れており、それが死者数の増加に繋がっているのかもしれない、という論旨です。

書いているのはフリーランスの麻酔科医の方のようです。

医師が書いているといかにも正しいように思いがちですが、医師が書いた記事だからといって(特に専門外の医師が書く記事は)必ずしも正しい内容とは限りません(なので私も感染症以外の記事は書かないようにしています)。

アメリカでのインフルエンザの患者の正体は、新型コロナウイルス感染症ではなくやはりインフルエンザです。

この記事を読んで「アメリカに旅行に行って大丈夫なの?」と心配される方もいるかもしれませんが、間違いなくアメリカよりも日本の方がずっと深刻な状況です。

アメリカのインフルエンザによる死者数は増えていない

アメリカのインフルエンザによる入院者数の推移(CDCより)
アメリカのインフルエンザによる入院者数の推移(CDCより)

「インフルエンザでの死者数が1万人を超えている」と聞くと、今シーズンは特に多くの方がインフルエンザで亡くなっているように聞こえますが、実際には過去と比較して増えているわけではありません。

図はインフルエンザによる入院者数ですが、今シーズンは例年と同じくらいの入院者数であり、ここ数年で最も多い2017-2018シーズンを大きく下回っています。

アメリカ疾病予防管理センター(CDC)によれば、アメリカにおける今シーズンのこれまでの死者数は16000人と推計しています。

昨シーズンのインフルエンザによる死者数は34000人です。過去10年で最も死者数の多い2017-2018シーズンは61000人です。

2010-2011シーズン以降、アメリカでインフルエンザの死者数が10000人を超えていないシーズンはありません。

ですので、タイトルの『死者1万人超「米国インフル猛威」』自体がややミスリーディングと言えます。

臨床診断だけでなくインフルエンザの型も一定の割合で調べられている

また前述の記事では、

「2600万人のインフルエンザ患者」という統計の大部分は、症状のみで判断されている。症状(特に初期)だけではインフルエンザと新型コロナの区別は困難だ。インフルエンザの迅速検査キットは簡便性があるが正確性には限界があり、自己申告の“インフルエンザ”患者は簡易検査すらされていない可能性が高い。

出典:死者1万人超「米国インフル猛威」は新型コロナかもしれない

とありますが、アメリカでも全例ではないにせよ一定数で検査診断が行われており、これも例年のペースと変わりません。

この一定数の検査診断はインフルエンザ感染者全体を代表するものであり、もしインフルエンザと診断されている患者の中に別の疾患が紛れ込んでいればこの検査陽性率や患者数に変化が現れるはずです。

アメリカにおけるインフルエンザの検査陽性率と型別陽性例数(CDCより)
アメリカにおけるインフルエンザの検査陽性率と型別陽性例数(CDCより)

つまり、今シーズンのこれまでの推移からは特にインフルエンザ以外に未知の感染症が増えている気配は感じ取れません。

というか、いくら新型コロナウイルス感染症とインフルエンザの初期症状が似ているからといって、経過や画像所見が異なりますから、インフルエンザではない謎の呼吸器感染症が増えていたらさすがにアメリカの医療者も気づきますよ。

中国は41例で気づいたんですから。

例えば1例、2例くらいがインフルエンザに紛れて臨床診断されている可能性は否定しませんが、現時点ですでにアメリカ国内で新型コロナウイルス感染症が蔓延している可能性はないでしょう。

日本にも同様の仕組みがありますが、アメリカでも原因不明の肺炎が集団発生すればすぐに原因調査される仕組みがあります。

CDCが新型コロナウイルスの検査対象を広げたわけは?

前述の記事ではCDCが新型コロナウイルスの検査対象を広げたのは、新型コロナウイルス感染症がアメリカ国内で蔓延している可能性があるため、と読み取れますが、実際にはそうではなく、これはCDCの検査体制が整ったことを意味しており、インフルエンザ患者の中に新型コロナウイルス感染症患者が紛れていることを懸念してのことではありません。

確かにハワイで感染したかもしれない日本人の症例が報告されており、ハワイでは新型コロナウイルス感染症が拡大している可能性はあるかもしれませんが、それとアメリカ国内でのインフルエンザの死者数とを結びつけて考えるのは無理があります。

CDCがインフルエンザの死亡者数について警鐘を鳴らしているのは、まだアメリカ国内で流行していない新型コロナウイルス感染症を心配するよりも、毎年多くの死者を出していてワクチンで予防可能なインフルエンザの感染対策もしっかりと行うことの重要性を伝えたかったためと思われます。

そして、手洗いや咳エチケットが重要なことはインフルエンザも新型コロナウイルス感染症も同じです。

というわけで、デマに惑わされないように注意しましょう。

※本投稿は同僚の氏家無限氏(@carpe_diem0820)の鋭い洞察を参考に記載しました。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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