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AI美空ひばりを著作権法でコントロールできるか

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
(写真:アフロ)

昨年末の紅白で公開された「AI美空ひばり」が賛否両論となっています。山下達郎さんは「冒涜」と切り捨てています。素晴らしい技術ではあるものの違和感が残り「不気味の谷」を完全に超えていないのでアウトという考え方もありますし、仮に今後CGと音声合成技術が進化して本人の実演とまったく区別がつかない(いわば、「壁なしチューリングテスト」に合格した)状況でも、故人の実演の勝手な再現はアウトという考え方もあるでしょう。さらに、歌唱だけならまだしも「おひさしぶりです...」と勝手に「故人」にあいさつさせてしまってよいのかという問題もあります(たとえば、あいさつだけでなく、もっと微妙な政治的発言を「故人」にさせてしまったらどうなるのでしょうか?)。

今回のケースは、遺族の承諾の下に行なっているとのことなので、いずれにせよ法律的に禁止するのは困難と思います(もちろん、ファンとして「冒涜なのでやめて欲しい」と意見を述べるのは自由です)。しかし、たとえば、今後、同様のパターンで遺族の承諾がなかった場合にAI○○の歌唱を差し止めることができるのでしょうか?仮にAI美空ひばりを遺族の承諾なく公表したとしたら、著作権法的にどうなのかを検討してみます。

このケースでの美空ひばりさんのポジションは作詞家・作曲家ではなく、実演家(歌手)なので、著作権は関係なく、関係するとしたら実演家の権利です。実演家の権利(著作隣接権)には複製権がないので「AI美空ひばり」は美空ひばりの歌唱法の摸倣であるという主張はできません。実演家人格権に関する以下の条文はどうでしょうか?

第百一条の三 実演を公衆に提供し、又は提示する者は、その実演の実演家の死後においても、実演家が生存しているとしたならばその実演家人格権の侵害となるべき行為をしてはならない。ただし、その行為の性質及び程度、社会的事情の変動その他によりその行為が当該実演家の意を害しないと認められる場合は、この限りでない。

ここで、実演家人格権には「氏名表示権」と「同一性保持権」が含まれますが、いずれにせよ、上記の条文をよく読めばわかるように、これが関係しているのは既に(生前に)行なわれた実演を(典型的には音声または動画によって)公衆に提供する場合において改変等を行なったことで実演家の名誉声望を害した場合です。たとえば、生前の歌唱の失敗部分だけを悪意を持って集めて編集したようなケースが考えられます。AI美空ひばりは、まったく新しい楽曲の新しい歌唱なので、この条文は関係し得ません。それ以前に、AI美空ひばりの「歌唱」は著作権法上の実演なのかという議論もあります。

なお、AI美空ひばりの歌唱中の振りについては過去の美空ひばりさんの映像を参考にして、新たに天童よしみさんが振りを行なったものをモーションキャプチャしたそうですが、これにより、振りという実演の同一性保持権が侵害されたと考えるのは困難です。

ということで、CGと音声合成によって故人の個性を再現した実演を著作権法でコントロールするのは無理筋です。仮にもめごとが起きたとすると、少なくとも肖像と氏名に関しては、判例上一応確立しているパブリシティ権により処理されることになるでしょう。ここで、仮に誰かが肖像と氏名を使わないで歌声(の特徴)だけを使用した「イタコボーカロイド」を遺族の許可なく作った場合はどうなるかは、裁判してみないとわからないのではと思います。

ところで、最近注目を集めているトピックに「AI開発における倫理」があります。そこでは、公平性(データの偏りによって差別的な意思決定が行なわれることがないこと)、透明性(AIが下した結論の根拠が明確に示されること)、プライバシー(特に顔認識)等が中心的に議論されることが多いです。AIによる故人の人格再現も議論の対象に加えた方がよいのではと思えてきました。

弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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