金魚電話ボックスの著作権侵害が認められなかった理由(大幅訂正あり)

出典:山本伸樹氏 Facebook

<追記>

判決文にアクセスできました。私の元記事の前半全然違ってました。どうもすみません。

言い訳をさせていただくと読売新聞の記事タイトル「金魚電話BOX”創作性ない”作家側の請求棄却」はミスリーディングで、裁判所は原告作品の創作性は認めています。原告作品と被告オブジェとの共通部分がアイデアにすぎない(ので著作権侵害にならない)と言っているだけです。

タイトルを正確に書くと、「金魚電話BOXのアイデアは”著作権による保護対象外” 作家側の請求棄却」とでもなるでしょう。

<追記おわり>

「金魚電話BOX”創作性ない”作家側の請求棄却」というニュースがありました。

国内有数の金魚の産地・奈良県大和郡山市の商店街に置かれていたオブジェ「金魚電話ボックス」について、現代美術作家の男性が「作品を無断で複製され、著作権を侵害された」として商店街側に慰謝料など330万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、奈良地裁は11日、請求を棄却した。

ということです。

昨年9月に、この訴訟が提起された時、原告作家側が勝訴することは難しいだろうというのが大方の見方だったと思います。著作権法の大原則は「アイデアではなく表現を保護する」ことですので、電話ボックスに水と金魚を入れて巨大な金魚鉢とするというアイデア部分が一致しても、表現の特徴的部分が一致しない限り、著作物の複製(あるいは翻案)とはされないだろうと予測する人が多かったと思います(私もそう考えていました)。

今回の判決では、原告の作品について、公衆電話ボックスという日常的なものに内部で金魚が泳ぐという非日常的な風景を織り込むという点で独創的であり、かつ、公衆電話ボックス様の造作物の具体的な表現においては創作性を認めることができるから著作物に当たるとしています。しかし、被告のオブジェとはこの具体的表現(電話の色等)が異なり、かつ、共通部分(電話ボックスに金魚を入れる)はアイデアに過ぎず著作権法の保護対象外であることから著作物の複製にあたらないと、予測通りの判断がなされました。これは著作権侵害訴訟でよくあるパターンで、原告側はどうしてもアイデアも含めて自分の権利を広くとらえてしまいがちということでしょう。

しかし、上記記事で見ると、裁判長は「電話ボックスの中で金魚が泳ぐという発想自体はアイデアに過ぎず、思想や感情を創作的に表現したものとはいえない」と判断したようです。つまり、複製だとか翻案だとかより以前の話として、そもそもこの作品が著作物ではないと判断したようです(裁判所のサイトで判決文が公開されることを期待します)。

原告作家の方にとっては、この作品は単なる思い付きではなく、「メッセージ」という名称で1998年から制作を繰り返しているライフワークとも言えるものだそうです。控訴されたそうですが、商店街のオブジェが複製にあたるかの議論以前に、自分の作品に創作性がないとの判断だけでも覆したいのではないかと推測します。

もう少し話を一般化すると、今回の作品のような、いわゆるコンセプチュアル・アートの世界では、表現よりもむしろアイデアがポイントになっています。たとえば、デュシャンの「泉」という「作品」は「便器に”泉”というタイトルを付けて展覧会に出品する」こと自体がいわば作品なのであって、「この便器の曲線の美しさがー」とか言ってもあまり意味はありません。そもそも、便器自体は市販品であってデュシャンが「創作」したわけではありません(「レディメイド」と呼ばれるようになった表現形式です)。

コンセプチュアル・アートは「アイデアではなく創作的表現を保護する」という著作権法の根本と相性が悪いと言えます。

コンセプチュアル・アートの保護は、なかなか難しい(かつ興味深い)問題であるので文献を探していましたが、まさに絶妙のタイミングで、このテーマに関して、木村剛大弁護士による美術手帖の連載「現代美術のオリジナリティとは何か? 著作権法から見た“レディメイド“」つい先日の7月6日に始まっていますので、今後チェックしていきたいと思います。