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ブロックチェーン音楽流通サービスの「最先端」の現状

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
http://www.ujomusic.com

少し前には、ブロックチェーンが著作権管理の世界に革新を起こすというような議論がよく聞かれました。とは言っても、特定組織が管理する「データベース」をプライベート・ブロックチェーンで置き換えただけではあまり世界は変わりません。本記事では、もう少し先端の事例を見ていきましょう。

そのような先進的事例のひとつにUjo Musicがあります。イーサリアム上でスマートコントラクトを使って音楽配信サービスを非中央集権型で行なうという取り組みです。Ujo Musicは、ConsenSysというイーサリアム創設者ジョセフルービンによる企業の傘下であり、その意味ではイーサリアムベースのプロジェクトの最右翼のひとつと言えます。

スマートコントラクトは、ブロックチェーン上のデータを操作し、「契約の自動実行」を行なう仕組みです。Amazonで注文するとAmazonのサーバ上のプログラムが起動してクレカの引き落としや配送手続が自動実行されるので、これも「契約の自動実行」で同じなんじゃないのと思う方もいるかもしれませんが、スマートコントラクトのポイントはいったん稼働すると特定の管理者なしで自律的に動く点、および、動き出した後は変更できない点です(ブロックチェーン上の履歴データが変更不可能(きわめて困難)なのと同じです)。

Ujo Musicについては以前もちょっと書いています。その時点ではまだ開発中でしたが、現時点では本番稼働しています。

なお、ブロックチェーンによる音楽配信とは言え、音楽コンテンツそのものはサイズが大きくてブロックチェーン上には置けませんので、IPFS(Inter Planetary File System)というP2P分散ファイルシステム上に置いています。著作権情報のマスターも同じくIPFS上に置いているようです。

イーサリアムのブロックチェーン上で行なっていることは、スマートコントラクトによる音楽コンテンツのダウンロードと課金です。イメージ的に言うと、ファイルをダウンロードすると自動的に課金されて、アップ主に送金されるBitTorrent(あるいはWinny)という感じです。

非中央集権型で動いているので、Spotifyのようなプラットフォーム提供者に中抜きされることなく、ユーザーの支払いが100%アーティストに渡るというのが売りです(Ujo Musicはプラットフォーム提供者ではなくポータルのひとつという位置づけです)。

ポータルサイトを開くと、アーティストとしての楽曲アップロード、および、ユーザーとしての数100枚程度のアルバムの試聴とダウンロード購入が可能になっています(これ以外にアーティストへの投げ銭も可能です)。検索、ランキング、レコメンドの仕組みがないので使いにくいですが、これは今後いくらでも追加開発できる機能でしょう。支払いは、MetaMaskというブラウザの拡張機能として動くイーサリアムのデジタルウォレット経由で行ないます。

Ujo Musicの売りは100%がアーティストに還元されるということですが、実際にはイーサリアムのスマートコントラクトの処理料金である「Gas代」がかかります。現状3ドルの楽曲を買おうとするとガス代が0.08ドルかかりました(以前は、ETH単位になっていましたが現在はドルベースになっているようです、また、以前はもう少しGas代が高かったと思うのですがETHのレートが下がってるのが功を奏しているのかもしれません)。音楽コンテンツを無料で配布することもできますが、それでもGas代はかかります。音楽コンテンツをホスティングしたり、ダウンロードさせたりするためには一定のコスト(少なくとも電気代)がかかります。ブロックチェーンを使っても無から有が生まれるわけではないので、それを誰かが負担しなければならないのは同じです。

ちなみに、いったんアップロードされた楽曲コンテンツはアップロード主であろうがシステム管理者であろうが消去も変更もできません(FAQに明記されています)。これは、前述のブロックチェーンの変更不可能性(イミュータビリティ)から生じる帰結です。

また、ユーザーがダウンロードした楽曲を勝手にコピーして配ってしまったり、ネットにアップしたりすることを防ぐことはできません(これは、DRMの範疇であって、ブロックチェーンは直接関係ない話です)。同様にUjo Music外部での楽曲利用についてライセンス料金を徴収するような仕組みもありません。その意味では、今のUjo MusicはSpotifyをディスラプトする存在ではあっても、JASRACをディスラプトする存在ではありません。

個人的に一番気になるのは、仮にこのような非中央集権型の仕組みが今後本格的に普及し、「金の匂い」が出てくると、他人の作品を勝手にアップして金をせしめようとする輩が出てくるであろうことです。特定の管理者がおらず審査なしでアップロードできてしまう状態でどうすればこれを防げるのでしょうか?そもそも、違法なコンテンツを削除しようと思っても、前述のとおり、いったんアップロードするともう削除はできません。ポータル側でブラックリストを作って、問題のあるコンテンツを表示されないようにすることはできると思いますが、それでもブロックチェーンにより管理される元コンテンツは消せません(Winnyにいったん放流されたコンテンツが消せないのに似ています)。

一般に、非中央集権型の仕組み(特定の管理者がいない仕組み)は、参加者全員が正直者であればうまく機能するのでしょうが、悪意の参加者がいた場合の対応が技術的にもビジネスモデル的にも複雑です。非中央集権なんだから当事者どうしで解決するのが筋ということなのかもしれませんが、そうすると、結局最後は裁判か警察沙汰かという話になってしまいます。非中央集権の仕組みの問題解決に、究極の中央集権である国家の司法機能に頼らざるを得ないというのも奇妙に感じます。

さらに、Spotifyに代表されるように、今日の一般消費者が好む音楽体験はサブスクリプションのストリーミングに移っているので、楽曲をサーチして逐一課金ダウンロードするという現在のUjo Musicのようなモデルは過去のものになりつつあるのではという気もします。

ちなみに、ブロックチェーンでストリーミングのサブスクリプションをやろうと思うと、上記のGas代の問題が出てきます(ストリーミング1曲聞くたびに10円かかっていたらたまりません)。誰かがホストしたコンテンツを一定期間聴けるようにして課金するという方法はあるかもしれませんが、それって「月額料金を仮想通貨で払えるSpotify」と同じ(非中央集権でも何でもない)ということにならないでしょうか?

ということで、ブロックチェーン(とスマートコントラクト)を使って非中央集権型で音楽配信サービスを行なうアイデア自体はとても未来的で魅力的ではあるのですが、少なくとも現状では課題が多いと思います。ただ、これは現時点で目に見えている状況に基づいた話であって、水面下ではものすごくゲームチェンジングな話が進行しているのかもしれませんが。

弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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