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カゴメのジョブ型人事改革(第3回)

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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カゴメ株式会社は、経営の観点から人事を考えるポジションとして、「HRビジネスパートナー」制度を導入しています。HRビジネスパートナーは人材開発委員会の直属であり、人事部長と原則同格の権限を持ちます。彼らは現場の本部長と連携をとり、事業戦略を決めたり、現場の人事課題を把握したりしています。他社にはないカゴメのHRビジネスパートナーの独自性について伺いました。

<ポイント>

・カゴメを参考に、人事が最初にやるべきこと

・従業員の可能性を最大限に引き上げることが人材育成の一番基本

・CHROに大事なことは共感性

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■HRビジネスパートナーとは何か?

石山:有沢さんに聞きたかったのですが、今回カゴメの場合は、各部門で、そこのエースのような方をHRビジネスパートナーにされました。

HRの若手で有望な人をHRビジネスパートナーにするというキャリアパスがあっていいのかなと思いますが、最初の段階では難しかったということなのですか。

有沢:今石山先生がおっしゃったように、キャリアパスの一環として人事のことを経験するのはいいと思います。その後また現場に戻ったり、あるいは本部の経営企画や人事に行ったりしてもいいでしょう。

僕も銀行で人事を経験しました。私のいた銀行の場合は人事部人事グループというのがあって、我々若手の人事グループ員でも昇進昇格などの権限を副支店長程度まで持っていました。人事が現場に面談に行って、担当職や管理職に「次は何をやりたいのですか?」と聞きます。そして支店長に「この人は次の7月の異動で他店に異動していただきます。」と伝えることを34、35歳の人事部員が行ってきました。。支店長から見たら生意気なやつですよね。。

カゴメの場合は、「○○さんは次どうしたいの?」などと34歳の若手に聞かれたら、「お前は何を言っているのだ」と怒られるのではないかと考えました。

製造業はある種の伝統のようなものがあって、その道のエキスパートは尊敬されるわけです。ですから、銀行とは逆にある程度年を取っていて、マネジメントの経験があってコミュニケーション能力が高い人のほうがいいなと思いました。

倉重:元々人事改革する前にHRビジネスパートナーなどなかったのですよね。ザ・日本企業にHRビジネスパートナーとはどんなものか説明するのも難しいかと思います。最初の導入の時、どういう役割だと伝えたのですか?

有沢:すごくいいご質問です。僕はHRビジネスパートナーをつくるときに、3人を選んで集めました。そのときに「あなたたちが将来のカゴメの経営人材をつくります。若手や中堅の人たちからいろいろな話を聞いて、今までの経験をもとに方向づけをしてください。ただ、その際に面談した個人の業績評価はしないでください」ということを言いました。

 「ええ? 業績評価しないでそんなことができるのですか」と驚かれました。しかし実際現場に行って例えば社員に「○○さんはこういうことをやりたいんだ。どうして?」と聞くと、相手はどんどん自分語りを始めます。

倉重:自分でやってみせて、「これならできる」というイメージをさせるのですね。

有沢:僕は月に1回、HRビジネスパートナーから人事異動の時などに話を聞いたり、彼らがマッチングしたりするのを少し手伝うだけです。

例えば最終の異動案をHRビジネスパートナーが見て、「ああ、駄目ですよ。この人を動かしては」とオーバージャッジすることもあります。

なぜなら、「彼や彼女はここでこういったことをやりたいのに、別のところに行かせたら3年間無駄になります」ということをHRビジネスパートナーは知っているわけです。

倉重:かなり一人ひとりの想いと向き合っていますよね。

有沢:銀行の時も20,000人を10人で見ていたから、1人2,000人くらいは覚えます。そして半年で担当エリアや部門がローテーションで変わるので、2年間いると大体8,000人ぐらい分かります。それを全部覚えなければいけないと言われていました。それができないのなら人事部からいなくなれと。

倉重:その人の職歴から、何を考えているか、将来何をしたいかまで押さえるということですね。

有沢:行員の一人ひとりの何が得意で、どういったポジショニングを希望しているということを知るのが銀行の人事部のすごいところです。けれども、それをカゴメに求めることはしたくなかったし、する必要もないと考えています。

倉重:これは絶え間ない努力がないと無理ですね。

石山:社員のデータを頭に入れておくというのは、実は多かれ少なかれ日本企業はしています。タレントマネジメントシステムを入れる時に、人事部の人の発言で「全部頭に入っているから要らないよ」という話を聞いたこともありました。鍛えられていて暗黙知でやれていたけれども、いつまでもそれでいいですかという話です。ただ、今後も暗黙知はもちろん必要で、暗黙知と可視化されたデータの両方を使いこなすことが重要でしょう。

■労働組合の反発はなかったのか?

倉重:聞きにくいことですが、労働組合は反対したりしませんでしたか?

有沢:よく聞かれますがまずは労働組合からまず信頼を得ようと思ったのです。例えば当時の労働組合の委員長が野球の横浜ベイスターズファンでした。僕は阪神ファンですが、その人を誘って一緒に横浜スタジアムに横浜・阪神戦を見に行きました。

同じ野球ファン同士ですから試合後一緒に飲みに行って話をしたりしました。日本的ですけれども、何を考えているかを知るには夜飲みに行くのが一番やりやすいですね。

倉重:まずはトップ交流からですね。

有沢:そこから始まって組合の三役にアプローチしました。次に中央執行委員と、人事部全員と飲みに行ってインフォーマルなコミュニケーションをとるようにしたのです。

もちろん時々コンフリクトはあります。しかしそれもお互いに言いたいことを言い合える関係だからだと思います。例えば副業解禁のときにはまず経営トップではなく組合から話をしました。そこで合意を得てから経営に話にいきましたが、当時の社長は「副業はいいと思うが、労働組合はどう考えるかな?」と言われました。そこで社長には「先に労働組合には納得していただいています」と答えたら、相当驚かれました。そこで怒らない社長もすごいと思いましたね。

倉重:さすが。労働組合が一番現場のニーズを分かっている人たちですからね。

有沢:労働組合の人たちと話をすることは僕の大事な仕事です。お互いに何を考えているのかをとことん毎月のように話し合い、コミュニケーションをとります。そこに上下の関係はありません。あくまでフェアで対等な関係であることが最も重要で大事なことなんです。

倉重:本質はそこですよね。

有沢:彼ら彼女らが何を考えているかを知ることが大事です。トップと話をしてバランスを取って、どこを落としどころにするのか考えるのが仕事です。

石山:有沢さんは、基本的には地道に人と話して、きちんとコミュニケーションをしています。相手のことも理解した上で話をすり合わせていくことは、誰でもできないことではありません。

 この本を出してからSNSの感想もチェックしました。そうすると「感動したけど、自分はできない」「これは良かったけれども再現不可能だな」というコメントがたくさんあったのです。それに対して誰でも、いろいろな工夫次第で、部分的だとしても「再現可能です」という返事を打ちました。

倉重:誰でも「ネクスト有沢」になれると。人事の専門家であり、人事以外の財務知識も豊富で、コミュニケーションができ、英語もでき、経営ディスカッションもできて、スーパーマンのように思えますが、根本は「人」と接するのが好きということですね。

有沢:「こういうことができたらいいな」と思ったことを単純にやるだけです。

 講演などを行うと、「この話をうちの社長に聞かせてください」と言われます。「聞かせてもいいけれども、あなたたちが変わらないと何もできません。皆さんが変われば一つ上のレイヤーが変わります。みんなが人事課長だったら人事部長を変えましょう。人事部長だったら人事担当役員を変えましょう。人事担当役員だったら社長を変えましょう」と伝えています。難しいことは何もありません。

一つ上のレイヤーの人に影響力を及ぼすことを考えればいいのです。頂上作戦でいきなり社長に行かなくても構いません。

倉重:「社長が変わらない」という人は多いですが、半径5メートルから変えましょうということですね。

有沢:「社長のせいで変わらない」「うちは役員の理解がないので何もできない」ということはよく聞きます。しかしそんなことを言っても何も変わりません。変えようと思うのだったら一番簡単なところからやる。その積み重ねです。僕はたまたま役員で入ったから社長の意識を変えようと思ったたわけです。

倉重:最初から変えることを約束して入ってきたわけですからね。

■人事が最初に真似すべきこと

倉重:石山さん、人事パーソンとして有沢さんに憧れるという人のために、人事はどういうことを頑張ったらいいですか。

石山:まず一番まねしたほうがいいと思うのは現場に行くことです。そこで現場のファクトをつかみます。

あとは、人事以外の事柄の学習です。有沢さんはMBAに行った時にアメリカでマーケティングとHRも学んでいます。財務は銀行でしていたし、人事以外の知識ベースとして身につけたほうがいいものはたくさんあるので、そこに着手したほうがいいと思います。

ただし現場の人と向かい合って事実を収集して調整するのは、座学による学びでは、なかなかできないことです。そこが一番ではないですか。

倉重:冒頭、デスクでパワポを作っているだけでは駄目だとおっしゃっていましたね。

有沢:もちろんパワポを作ってもいいけれども、何度も言いますがそこで「自分の仕事は終わった」と思って打ち上げで神田や新橋に飲みに行っては駄目です。

パワポで社員が納得できる資料を作って、経営会議を通して、それが通達で現場に下りた時にみんながどういう反応をするのか、を現場に見に行くことが大事なのです。

「こんな制度は作られても現場では受け入れられない」と文句を言われるのか、「新しい制度のおかげで本当に助かりました」と言われるか、それを確認に行くのです。

倉重:そこで改善点があれば改善していくと。

有沢:そうすると相談しにくいCHROでは困るわけです。「有沢さんは、仕事は今一つだけれども、ドラマとアニメの話はすごいらしい」というほうがいいのではないかとさえ思っています。

■悩める人人事パーソンへのアドバイス

倉重:人事改革を遂行するというミッションを掲げられている人事の人は多いと思います。石山先生はそのための原則をまとめられています。最初は「ファクト」からということですね。

石山:人事が現場の意見を聞く時は、どちらかというと組合や社員側の話を聞いて共感しますよね。でも、経営の意見も聞きます。

経営のやりたいことを聞くと、現場が「こうしたい」と思っていることと必ずしも一致しないことがあります。双方の意見を聞いた上で、人事として「自分はこうありたい」という価値観がきっとあるのではないかと思っているのです。

でもそれを真面目にやり過ぎるとメンタルが傷むし、他の人も話も聞いてくれません。そこはちょっとユーモアも必要です。やはり自分の価値観ややりたいことがあって、その上でユーモアもあって両方の話を聞くというところが大事です。

倉重:経営に対してそれができるのが人事だということですね。

有沢さんのように改革したいと思っている人事の人がたくさんいますけれども、やはり日々の仕事で忙殺されて変えられないジレンマを抱えている人がたくさんいると思います。そういう悩める人事パーソンにアドバイスをぜひお願いします。

有沢:一番大事なのは人に対する共感性だと思います。例えば僕はいろいろなことに興味があって、映画やアニメ、ドラマも見ますし、コンサートもよく見に行きます。

そうすると人と話ししていて必ずなにがしか引っかかるところがでてきます。そしてお互いの共通項を見つけて話を深めていきます。自分が興味を持てるというのはもちろんですけれども、共感性を常に持つということが大事です。CHROには、財務やマーケの知識はもちろん大事ですが、一番なのは共感性だと思います。

倉重:引き出しを多く持つということですね。

有沢:だから、いろいろなことに興味を持ってもらいたいです。何度も申し上げますが共感性を持つためには人との共通項をたくさん持つことが有効です。

倉重:そうしたら一気に仲良くなりますからね。自分の趣味ややりたいことをどんどん増やして行くと。

有沢:そうすると、その人が心を開く瞬間が分かります。話もしてくれるし、「こういったことがあるんですよ」と教えてくれます。

例えば野球に興味があるという共通項で集まっている若手の課長や担当が当社にはいますが、野球シーズンの初めに今シーズンを占う会をやったりします。あとはコンサートが好きな課長や若手がいたりすると、一緒に行ったりします。

 また新卒採用の面接の時にエントリーシートを見てなるべく共通項を見つけようと考えます。例えば「音楽が好きなようですがどのアーティストを聞いているんですか?」とか、「バスケットをやっているようですが、「スラムダンク」のどの選手が好きですか?」など質問したりします。そうすると、向こうが共感性を持っていろいろと話してくれます。それは新卒採用でも中途採用でも同じで、それに共感して当社を選んでもらえればこんなありがたい話はありません。

倉重:共感すること、コミュニケーションでは何よりも大事ですね。

有沢:面接は、インタビューを受ける側からすると何らかの共通項を見つけたいと思っていることが多いと思います。それをこちらからいろいろとできるだけ共通項の多そうな話題を提供します。つまり心のシャッターを開けてあげる感覚を持つことは大事です。

倉重:自分からそう動くのですね。

有沢:何度も申し上げますがコミュニケーションで最も大事なのは共感性を持つことだと思います。これは決して相手にこびるというのではありません。人と人とのつながりの中で一番大事なところはそこではないでしょうか。そしてその関係は入社後も続くわけです。

倉重:ありがとうございます。石山さんから人事の方に贈る言葉をお願いします。

石山:今の有沢さんの話ともほぼ重なりますけれども、今回この本の内容をSNSで引用してくれる人たちがいました。特に本書(「カゴメの人事改革」)157ページのHRビジネスパートナーの条件として、「個人の成長を心から支援できる人間性を備えている」というところを引用してくれる人が多い印象です。

 タレントマネジメントも2タイプあって「功利主義的なタレントマネジメント」と「ケイパビリティアプローチのタレントマネジメント」ということが言われています。功利主義はベンサムの最大多数の最大幸福ですよね。

経営のために最大多数、最大幸福のために利益を追求するというタレントマネジメントが前者です。後者のケイパビリティアプローチのタレントマネジメントとは何かというと、一人ひとりが持っている潜在的な可能性を最大限に発揮するということです。これは功利主義とは違います。

 個人の成長を心から支援できる人間性、有沢さんが今おっしゃった共感性を優先順位の一番にしているHRなのではないかと思います。それを自分がやっていると思うと、つらいことがあっても乗り切れます。

倉重:今のカゴメさんのやり方だと、潜在可能性を発揮する確率が高くなりますよね。自分で選んでいるわけだから。

有沢:相手の良い点を100%引き出せるかどうかは分かりません。けれども、その可能性を高めてあげることはできます。それをやる行う経営の仕事であるし、社長以下経営全員が、従業員の可能性を最大限に引き上げることが人材育成の一番基本です。

(つづく)

対談協力:有沢正人、石山恒貴

有沢正人(ありさわ まさと)

カゴメ株式会社常務執行役員CHO(最高人事責任者)

1894年協和銀行(現りそな銀行)に入行。

銀行派遣により米国でMBAを取得後、主に人事、経営企画に携わる。

2004年にHOYA株式会社に入社。

人事担当ディレクターとして全世界のHOYAグループの人事を統括。全世界共通の職務等級制度や評価制度の導入を行う。

また委員会設置会社として指名委員会、報酬委員会の事務局長も兼任。

グローバルサクセッションプランの導入等を通じて事業部の枠を超えたグローバルな人事制度を構築する。

2008年にAIU保険会社に人事担当執行役員として入社。ニューヨークの本社とともに日本独自のジョブグレーディング制度や評価体系を構築する。

2012年にカゴメ株式会社に特別顧問として入社。

カゴメの人事面でのグローバル化の統括責任者となり、全世界共通の人事制度の構築を行ない、2018年4月より現職。国内だけでなく全世界のカゴメの人事最高責任者となる。

石山 恒貴(いしやま のぶたか)

法政大学大学院政策創造研究科 教授

一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科博士後期課程修了、博士(政策学)。NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。越境的学習、キャリア形成、人的資源管理、タレントマネジメント等が研究領域。日本労務学会副会長、人材育成学会常任理事、産業・組織心理学会理事、人事実践科学会議共同代表、一般社団法人シニアセカンドキャリア推進協会顧問、NPO法人二枚目の名刺共同研究パートナー、フリーランス協会アドバイザリーボード、専門社会調査士等。

主な著書:『カゴメの人事改革』(共著)中央経済社、『越境学習入門』(共著)日本能率協会マネジメントセンター、『日本企業のタレントマネジメント』中央経済社、『地域とゆるくつながろう!』静岡新聞社(編著)、『越境的学習のメカニズム』福村出版、『パラレルキャリアを始めよう!』ダイヤモンド社、『会社人生を後悔しない40代からの仕事術』(共著)ダイヤモンド社Mechanisms of Cross-Boundary Learning Communities of Practice and Job Crafting, (共著)Cambridge Scholars Publishing.

主な論文:Role of knowledge brokers in communities of practice in Japan, Journal of Knowledge Management, Vol.20,No.6,2016.

主な受賞:日本の人事部「HRアワード2022」書籍部門最優秀賞(『越境学習入門』)、経営行動科学学会優秀研究賞(JAASアワード)(2020)『日本企業のタレントマネジメント』、人材育成学会論文賞(2018)等

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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