Yahoo!ニュース

雇用のカリスマに聞く「ジョブ型雇用」の真実【海老原嗣生×倉重公太朗】最終回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

雇用のカリスマに聞く「ジョブ型神話」の真実【海老原嗣生倉重公太朗】第4回

――――――――――――――――――――――――――――――――――

これからは少子高齢化で、現役世代が減り、高齢者が増えていきます。働き方の変化に加えて、将来の年金に対する不安も高まっているようです。海老原さんはご自身の著書『年金不安の正体』で、「日本人はことの悪い側面ばかり強調する」と書いています。日本型雇用も、少子高齢化も、そしてコロナ禍による変化も悪いことばかりではありません。心の持ち方次第で、希望に満ちた新しい側面が見えてくるのです。

<ポイント>

・「若者は年金で損をする」という噓

・日本の生産性はこれからどんどんアップしていく

・欧州では、労働者は社員ではない

――――――――――――――――――――――――――――――――――

■若い世代は年金で損をするのか?

倉重:海老原さんのこれからの夢をお伺いしたいです。

海老原:夢はあまりないのですが、若い人たちに向けて話したいのは、「一面を見て損したとか得したという話はしないでほしい」ということです。

倉重:その心は?

海老原:私は年金にも詳しいので話しますが、1940~50年代生まれの人は払ったお金の6倍もらえるのですが、今の若い人は2倍半ぐらいしかもらえません。だから損だという話になります。でも考えてほしいのは、1940~1950年代に生まれた世代は無年金のお父さんたちを養っていたということです。そこは見ていませんよね。

倉重:「払った額の6倍もらえる」というところだけ見ているのですね。

海老原:そこなのです。彼らは中学を出て働くのが基本で、高校進学率が3割、大学進学率は10%でした。中学を出たら働かなければいけないという一面も見えていないのに「昔の人はよかった」と言ってしまうのです。若い人たちに言いたいのは、これからどんどん現役世代の人が減っていきますが、おじいさんたちは生きています。つまり、ものを買ってくれる消費者は多いのに、働く人は非常に少なくなるということです。そうすると給与はグンと上がりますし、失業しなくて済むようになってきます。

倉重:いい社会ではないですか。

海老原:そうなのです。日本全体で見ればGDPは小さくなっていきますが、生産者一人当たりのGDPはこれからどんどん増えていくのです。

倉重:なるほど、生産者が減るからですね。

海老原:そうなのです、人口は少し減って生産者は激減して、GDPはそのままな生産者ら、一人当たりのGDPはすごく増えていく。「日本はこれから人口が減って駄目だ」「国力が衰える」という一面だけ見ないで全体を見てほしいと思います。

倉重:ある意味チャンスではないかということですね。

海老原:そうです。

倉重:若い人はラッキーという感じですね。

海老原:ラッキーです。倉重さんの世代が一番つらいのかもしれません。

倉重:私は氷河期世代のど真ん中です。2003年卒業で、大卒内定率が一番きついときでした。

海老原:一番つらいときでしたね。ITバブル崩壊後ですね。

倉重:ですからドイツのように13歳で人生が決まる社会ではなくてよかったと思います。日本は後からのチャンスがある社会だと思いました。

海老原:悪いことばかりではないですね。

倉重:そうです。結局海老原さんの夢は何ですか。

海老原:今でも小説家になりたいです。

倉重:もう叶えているではないですか(笑)

■参加者からの質問タイム

倉重:では、参加者から質問をもらってもいいですか。佐藤さんどうぞ。

佐藤:『年金不安の正体』を読ませていただきました。年金が好きなのですが、気持ちいいぐらいバッサリ書いてあってわかりやすかったです。年金の標準月額は今上限が65万になっていますよね。ジョブ型にすると、一部の人はすごくお給料が上がるかもしれませんが、一般的には上がる要素が少なくなるのではないかと思っています。これから賃金はどうなると考えていますか?

海老原:それは賃金と物価上昇率との間のスプリットの話ですよね。スプリットの差で言えば今は十分差があるから大丈夫です。賃金が上がれば年金レベルも上がるから、年金財政とあまり関係がありません。

佐藤:賃金が下がったら、年金の財源も減ってしまいますよね?

海老原:これがうまくできていまして、年金財政的には損しないようにできています。賃金が上がったら年金水準も上がるのでいいことですよね。賃金が下がった場合、それよりも物価が下がったら物価のほうに給付水準を合わせているのです。賃金が下がった場合は賃金に合わせるので、どちらが下がろうが年金財政は破綻しないような仕組みになっていますから全然オーケーなのです。

 一部の人が上がる、上がらないという話もありましたけれども、それに関して言えば月収67万5,000円以上はいくら上がっても関係ない仕組みになっています。保険料を払った分に対してもらえる権利があるわけですから。67万5,000円の上限を超えていくら稼いでも、保険料も給付額も変わらないので、それはうまく作ってあると思います。

 もう1つ言いたいのは、適用拡大をしていくと基礎年金額が全体的に上がる仕組みになっているということです。基礎年金の水準は、1号保険の積立額を1号保険の加入者で割っています。厚生年金の適用拡大が進み、1号保険の加入者が減ってくると、その結果、基礎年金の水準が上がる仕組みになっています。つまり、これからはもらえる年金にしめる基礎年金の割合が多い低所得者が得をして、すごく稼いでいる人も67万5,000円で止まるので、仕組的には平準化がどんどん進むのです。

倉重:ここに入っている小屋松君という29歳のエンジニアがいるのですが、彼が年金を払う必要があるのかと思っているわけです。そういう若い人に言ってあげてください。

海老原:それは年金のことを全く知らない可哀想な人たちです。

小屋松:いやいや、喜んで払っています(笑)。

海老原:保険料を払った額の2.3倍もらえるのですから。2.3倍もらえてさらに遺族年金も障害者年金もついてくるのです。外資系保険の年金なんて、もらえて0.7倍とかですよ。

倉重:死んでも障害を負っても年金が支給されますね。

海老原:こんなにいい保険商品がほかにあるなら教えてほしいです。

倉重:民間の保険会社がそんなことができるかということですね。

海老原:民間の保険会社のインチキさ、もらえる額はものすごく低いですから。

倉重:民間の保険商品と比べてみろということですね。次に中澤先生お願いします。

中澤:産業医の中澤と申します。35歳以降にジョブ型がいいというのはよくわかりました。私は産業医をしているので、やはり企業にいるとそういう方々とは関われるのですが、雇用の流動性が高いと私たちがあまり関与できないという問題が1つあります。ジョブ型になって、ある程度能力がない方々はメンタルヘルス不調になるのではないかと思いますが、そこについて何かありますか。

海老原:何か考えなければいけないと思います。メンタル不調になる人は2種類あります。いわゆるメランコリック型とディスチミア型です。ディスチミア型の人たちはちょっともう別枠で考えた方が良いと思います。

倉重:載せられない発言ばかりです(苦笑)。

海老原:メランコリック型の人こそ本当にしっかり育ててあげなければいけないのです。ディスチミア型の人は本当に欧米型で「あなたはこれだけやっていなさい」というふうに切り離していったらいいかもしれません。メランコリック型の人は本来ものすごくパフォーマンスもあるし頑張れる方なのです。ただ責任感が強すぎてダメになってしまうので、彼らに対してちゃんと日本型の良さを発揮しなければいけません。分けて考えればいいと思います。ディスチミア型の人は全部欧米型、南フランス型にして「どこでも勝手にやりなさい」にしたほうがいいと思います。

中澤:それがいいですね、ありがとうございます。

倉重:それは見分けられるのですか?

海老原:すぐわかります。要するに自分が悪いと思って鬱になる人と、他人が悪いと思って鬱になる人との差ですから。

中澤:話をしていると大体わかります。この人は他責だなとか。

倉重:他責系かどうかということですね。私のところにそういう人はたくさんやって来ます。

海老原:私や倉重さんは案外メランコリック型なのです。全部自分が悪いと思います。

中澤:ありがとうございます。

小屋松:では、僕から質問です。海老原さんが今もし就職するならどういう業界に行きますか。コロナの状況下で就職するならどういうところに行かれますか。

海老原:業界はあまり考えないです。

小屋松:どういう職業ですか。

海老原:職業も考えません。自分に合っているところ、自分を愛してくれる会社を選ぶと思います。

倉重:愛はどうやって見抜くのですか?

海老原:それは簡単で、面接のときに思い切り素を出すのです。素を出せば「こんなのはいらない」と向こうから断ってくれるので、とても楽です。

倉重:その濃い感じを出して、面白いと思ってくれるかどうかですね。

海老原:倉重さんや私は素を出せばぴったりのところに入れると思います。

倉重:合わない人はほんとに合わないですから。

海老原:それで君が面白いと思うところに入れば、絶対に楽しいと思います。

倉重:それはわかりやすいです。

小屋松:すごくわかりやすかったです。ありがとうございます。

ツル:きょうはありがとうございました。ツルといいます。人事コンサルタントをしています。40歳です。よろしくお願いします。

 私は企業側でコンサルをしています。「企業が人事権を手放せない」というのは、その通りだと思います。実際それでジョブ型を検討したけれども、導入しない企業さんばかりです。一方で、従業員側も日本的な雇用システムでいいと思っている部分もあります。もし企業が人事権を手放してもいいと言ったとしても、組合が嫌だということも起こり得るのではないかと思います。実際問題日本の雇用を変えるというときに、従業員側というか組合側の意識の変革は難しいものです。海老原さんが「こうしたらいいのではないか」と思われることはありますか。会社ではなくて学校教育なのか家庭教育なのか私もわからないのですが。

海老原:日本型のようにしたいという世界の企業はけっこう多いわけです。そこで向こうが正しいという言われ方をすると落ち込むのですが。

ツル:そういうつもりはありません。

海老原:例えば欧米の社員というのは誰を指すか知っていますか? 

ツル:わからないです。

海老原:欧米といわず日本の民法もそう規定しているのですが、社員は経営者と株主のことを言うわけです。なぜだかわかりますか。

ツル:考えたことがありません。

海老原:会社のことを考えるのは経営者と株主だけだからです。特に欧州では、労働者は社員ではないのです。労働者というのは、企業横断型の労働組合からやって来て、労務を提供する代わりにお金を払うことを約束した人です。つまり労働者というのは労務という商品の取引相手なわけです。そういう仕組みなので、彼らは会社のために尽くすとか効率化ということを考える人たちではありません。そういう欧米型の会社の仕組みが本当にいいのでしょうか。日本型は末端まで出世できる可能性があって、35歳になってもまだ「役員になれるかもしれない」とみんなが思っています。そういう仕組みをなくして、「ヒラ労働者は契約によって雇っているだけの外注なのだ」という思考に変えていくほうがいいのでしょうか。

 もう少し言いますと、欧州でなぜブラック労働がないのかというと、外注の人たちに対してブラック労働はさせられないということなのです。

ツル:私も正直ジョブ型がいいとは全然思っていないのですが、私のようなコンサル会社に仕事をくれる企業さんというのは、別に何かに困っているのではなくて、「何か変えたい」と思って来られるのです。ジョブ型はただの手段です。しかもあまりいい手ではありません。企業さんも成長したいと思って来られるので、世間で話題になっているジョブ型に飛びついてしまったというパターンも多いと思います。先ほどの質問で何が言いたかったというと、そういった会社を良くしようと思ったときに、日本の雇用システムは従業員側とうまく折り合わないといけない部分があります。「従業員さんの意識を変える」と言ってしまうと不遜なのかもしれません。従業員さんと一緒に、今よりも企業を良くしていくために何かできることはあるのかという観点でお聞きしました。

海老原:それは労働システムの話ではなくて経営の仕組みだと思います。中小企業と大企業の違いをお話すると、良くできた大企業というのは「成長の階段」がしっかり整っています。「〇歳のときにこれぐらいの仕事ができなければいけないから、そのために25歳ではここまでやらせよう」という仕組みですね。中小企業の場合はそれができている企業があまりありません。その理由もまちまちで。経営者と経営者一族だけが頑張って、他の人が全然ついて来れないとか、もしくは社員に権力を渡さなくていいように階段を途中までしか上らせなかったりとか。また、ともすると、新卒で採れないので中途がほとんどで、今までいた業界も年齢もばらばらという集団なので、どこかから入ってもやっていけるように、わざわざ敷居を低くしている場合もあります。成長の階段がしっかり整っていて、何歳で何をしなければいけないという仕組みがあれば人を育てるのは簡単です。このような話をしっかり整理しておけば会社は自ずから育つのです。

 偉そうに言いますが、私の目で人事コンサルをしている人が少ないのです。それでうまくいかないのだと思います。

ツル:ありがとうございます。

倉重:エンゲージメントをどう高めるかということですね。最後に佐藤さんで締めたいと思います。

佐藤:テレワークの導入を頑張っています。テレワークの評価はどうしたらよくなると思いますか。

海老原:日経に書いてあることをそのまま信じたらいけませんよ。まずテレワークとジョブ型が一緒になっていることが全然違います。ジョブ型は先ほど話したように全然違うものです。「テレワークにしたらメンバーシップ型にできない」と思っていることがおかしいのです。

 例えばリクルートではテレワークかつメンバーシップ型をしています。普通にしていたら新卒はまったくついて来れないので毎日ミーティングがあり、「わからない」と言えばすぐにエスカレーションする仕組みになっています。

 さらに話を聞いてすごいと思ったのは、メンバーシップ型がテレワークでもとことん浸透していることです。例えばマネージャーの下にリーダーとヒラがいたとします。リーダーがヒラに対してうまく指導できなかったときは、課会で「なぜリーダーはちゃんと教えられないのか」とマネージャーは怒るわけです。そのときにブレイクアウトセッションを使っていきなり2人になります。リーダーに泣かれて、「私はこういう事情があったのです」ということを聞きます。「そういう事情があったのなら私も言いすぎてしまってごめんなさい」と言ってからもとに戻って謝ると、課会がまた続けられるというのです。

 さらに言うと、ログも残っていますのでリモートのほうがよほどメンバーシップ型はうまくいくというのです。つまりジョブ型云々ではなくて、リモートをうまく使って会社の仕組みを作ればいいだけの話なのではないでしょうか。そこが、日経のいう「リモート=手離れ=ジョブ型」という決めつけとは異なるところでしょう。

倉重:テレワークのポイントは目標とタスクをはっきりさせるという話ですからね。

海老原:例えば、「日本型だから」といって営業の人に経理の仕事をさせる企業などは基本的にありません。営業の人はいくら売るという目標が決まっています。それ以外のことはジョブ型でもほとんど決まっていないのです。そこはあまり変わりません。

 うまくマネジメントをしている会社は、リモートだろうが何だろうがすごく上手に活用しています。欧米の企業でも、欧米型だからといって一切マネジメントを放棄している会社などはありません。いくらでもマネジメントはできるはずなのです。

倉重:そうですね、マネジメントは生産管理ではないです。

海老原:そういうことです。佐藤さんはそれを聞いてどう思いますか。

佐藤:悩ましいなと思っています。コミュニケーションが取りづらい中でどういうふうに指示をして仕事をしてもらえばいいのか、どういうふうに評価してあげればいいのかというところに悩んでいます。会社によっては、コミュニケーションをチャットなどのツールで行っている会社もありますが、社員に丸投げしてしまっている会社もあるので。

海老原:問題はそこです。そういう会社はリアルでもコミュニケーションが取れていないのではないですか。

倉重:多分そうだと思います。コロナ前からあった問題が表出しているだけなのですね。

佐藤:なるほど。少し整理します。

倉重:ハラスメントもよくテレワークになってから怖く感じるとか、冷たいとか聞きますが、それは元から関係がよくなかったというケースが多いです。

海老原:そう思います。

倉重:本日は長時間にわたりどうもありがとうございました。

海老原;ありがとうございました。

【追記】

ジョブ型雇用について、もっと詳しく知りたい方はこちらをご参照ください(無料だそうです)。

https://www.tokyokeikyo.jp/article.php?id=1760&fbclid=IwAR1x3JZ0iVKsxcb8-INu6ae2fkkV7Xc6IuekMRQEZ3eXgoTw-_wao8KuCUQ

(おわり)

対談協力:海老原 嗣生(えびはら つぐお)

厚生労働省労働政策審議会人材開発分科会委員

経済産業研究所 コア研究員、大正大学特任教授、中央大学大学院客員教授

人材・経営誌HRmics編集長、株式会社ニッチモ代表取締役、リクルートキャリア フェロー(特別研究員)

1964年、東京生まれ。 大手メーカを経て、リクルートエイブリック(現リク

ルートエージェント)入社。新規事業の企画・推進、人事制度設計等に携わる。

その後、リクルートワークス研究所にて雑誌Works編集長。2008年にHRコン

サルティング会社ニッチモを立ち上げる。

「エンゼルバンク」(モーニング連載、テレビ朝日系でドラマ化)の主人公

海老沢康生のモデルでもある。

著作は多数だが、近著は

お祈りメール来た、日本死ね(文春文庫)、経済ってこうなってるんだ教室(プレジデント)、夢のあきらめ方(星海社新書)、AIで仕事がなくなる論のウソ(イーストプレス)、人事の成り立ち(白桃書房)

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

倉重公太朗の最近の記事