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【荻野勝彦×倉重公太朗】「日本型雇用はどこへ行く」第2回(「転勤」とキャリアの現代的再考)

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

倉重:次に、日本型雇用慣行を現代的に捉えるという意味で、転勤について考えてみたいと思います。

荻野:転勤ですね。

倉重:こういうものを、今後、どう捉えていくのかというのも結構、難しいなと思っているんです。実際に、若い世代では地元志向が非常に強まっていて、転勤をするんだったら辞めますという人だったり、あるいは、動かす人にはプレミアムを出そうという動きもみられます。

でも、動かせるという可能性というカテゴリに対して基本給を高くしていたら、実際に異動は嫌だと言うとか、今後、この転勤というものを企業はどう考えていくべきなのかというところが、結構、悩ましいなと思っているんですけれども、どう見ています?

荻野:転勤に関する問題提起は、少し単純化されすぎているという印象があって、複数の側面から考える必要があると思っています。まず、経営の必要性という観点があって、例えばどこかに新しい拠点を立ち上げるとき、新規採用だけでは運営できないからマネージャークラスは転勤で対応するとか、ローカルマーケットを開拓するために、テコ入れが必要な支店に腕利きのスタッフを転勤させるといったものです。今、ビジネスがグローバル化していますから海外も非常に多い。その一方で、人材育成のために転勤する、ということを、よく言うわけです。

倉重:いわゆる人事ローテーションをして、いろんな仕事を経験してというやつですね。

荻野:そのときに、その人材育成効果と、転勤に伴って発生する従業員の側のコストが、本当に見合ったものになっているのかが、今、問題視をされているわけです。転勤は、当然、ワークライフバランスの問題などに非常に大きく影響するので、従業員にとってはコストが大きい。実際、従業員対象の調査結果などをみると、何も転勤しなくても、同じ勤務地の中での配置転換だって十分、人材育成になるという意見も多いわけですよ。そういう調査結果をみて、企業が実際には人材育成効果がどれほどあるのかきちんと測定もしないままに、かつての日本国内に新しい拠点が次々できた頃と同じような流れで転勤をさせているんじゃないかという疑問を持つ人は出てきています。

倉重:その転勤は本当に必要ですかというやつですね。「今までそうだったから」以外に、何か理由がありますかという点が大事ですね。

荻野:必要ですかと、あとは効果的ですかという問題。

倉重:実際は、どうでしたか?と聞いてみたいですね。

荻野:それは検証すべき問題なのかもしれません。ただ、さらに他の側面があって、一つがキャリアとの関係です。

倉重:まさにそうです。

荻野:さきほど先生がおっしゃったように、転勤をする人、本当に必要な転勤をしてもらう人には、その分処遇を手厚くすればいいじゃないかという話はあるわけですね。ただ、それこそ手当などのお金であればまだしも、それがキャリアにつながってくるということになると簡単にはいかない。転勤をすればキャリアが上がる、あるいは転勤しなければキャリアが上がらないということなら、私もぜひ転勤したいという従業員というのは、かなりいるのではないか。これがもう一つの側面と結び付いていて、人事管理の問題ですが、転勤の有無は、コース別人事管理において非常に重要な意味があるわけですね。

倉重:そうですね。そこが一番の違いですよね。

荻野:たとえばの話ですが、同じ正社員でも、海外駐在もあるグローバル社員は社長、役員まで可能性があるけれど、国内転勤だけのナショナル社員はまあ良くても部長くらいまでで、転勤のないエリア社員は、まあキャリアもそれなりとか。

倉重:そこそこ止まりですね。

荻野:そこそこ止まり。ということになったときに、やっぱりキャリアに意欲のある人というのは転勤のあるコースを選びます。

 そのときに、転勤のあるコースに入った以上は、転勤をしてもらわないと、ないコースの人と比べて不公平だよねというようは話が多少はあるかもしれないし、そのために必要ない転勤をさせるのは本末転倒かもしれない。一方で、分かりました、それではあまり効果のなさそうな転勤はやめましょうといって、転勤をしなかった従業員が思うようにキャリアをつくれなかったときに、自分はやっぱり転勤でチャンスがなかったからキャリアをつくれなかったんだ、というようなことを考える人というのは、多分、出てくる。それでいいのかと考えたとき、やはりある程度、キャリアのチャンスとしての転勤というものをやるようになるというのは自然なことのようにも思えるわけです。そうなると、本当に人材育成になるかどうかはやってみなければ分からないという部分も大きくならざるを得ないし、実際問題、転勤をした人も、結局キャリア面での成果がなかった場合には、成長したという実感が得られにくいのも仕方のないことだろうと思うわけです。しかも、かなり偶然に左右されるところもある。これはまったくのたとえ話ですが、2010年に広島支店の総務課長だった人に、来年から仙台支店に転勤して、やはり総務課長として勤務しなさいという発令があったとしましょう。ポジションは同じ総務課長なので、場所が違うだけで仕事そのものはほとんど変わらないから、普通なら、あまり成長の機会がありそうな感じがしませんね。ところが、2011年の3月に東日本大震災があって、復旧や事業継続のために大変な修羅場を体験することになった。これは大きな成長機会ですし、そうした仕事が得意な人だったら、この人なかなかやるじゃないかということで、上層部の目にも留まるかもしれない。

倉重:緊急対応を頑張ったなと思いますね。

荻野:まあ、これは極端な想定ですし、この転勤がなければ前任者が同じ立場だっただろうともいえるわけですが、しかし一種の計画的偶発性理論ですよね。変化を起こして、変化を受け入れなければ偶然も起こらない。あるいは営業で、苦戦している地域に別の人を送り込んでみたら、たまたまその地域とは相性がよくて売り上げを伸ばしました、みたいな話もあるでしょう。企業にしても上司にしても従業員の潜在的な能力や可能性をすべて知っているわけではありませんし、それはなにかの機会を得て花開いて、目に見えるようになるわけです。ですから、従業員の側が自分のキャリアのために、その機会を転勤に求めたいと思っているときに、いや君それは効果がないから、行っても行かなくても同じだかずっとここにいなさい、まあここで仕事を変えるくらいのことは考えるけどさ、と言うかどうかなんですよ。

倉重:そうですね。それは、そうはなかなか言えないですし、本当に必要な転勤なら、むしろみんなそうやって希望するだろうという話ですよね。

荻野:あとは、そもそも転勤ありコースを絞るかという話ですね。転勤のあるエリートコースを今よりももっと絞って、転勤のないコースの人を増やしますと。それをやるかどうかですね。

倉重 :今、ちょうどキャリアというお話が出てきましたけれども、キャリア自立ということが最近、すごく言われるじゃないですか。やはり終身雇用の中で企業に自分の人生の全てを委ねるのではなくて、自分自身、一人一人のキャリアを確立していこうという考えです。それ自体は、いいんですけれども、その流れの一環で、もうキャリア権というものを提唱する方々もいらっしゃいますけれども、これに関しては、どうお考えですか。

荻野:キャリア権も、かつてほど聞かないような気もしますが。

倉重:一応、そういう団体とかもあるみたいですけれども。

荻野:日本でキャリア権というと、その逆が人事権ということになるのだろうと思います。日本の大企業の正社員は、企業は定年までは何らかの形での雇用と一定水準の処遇を約束します、その代わり社員は企業の言うとおり働きます、企業の必要に応じて、必要な仕事を必要な場所でやってもらいます、残業や休日出勤にも対応しますという人事管理になっていて、それが企業の人事権というものだということになっているわけですね。そうなると、社員のキャリアを作るのは企業であって、社員ではないということになる。キャリア自律やキャリア自立は非常に難しい状況になるわけです。もちろんこれ自体はそれなりに非常に合理的というか、打算的な取引であって、いろいろな経緯があって、その上で労使がお互いにこれがいいなと思ったから、そうしてきたわけで、急に変えるのは、まず非常に難しいでしょう。長年の約束ごとでやってきたはずなので。

 これに対して、キャリア権というのは、キャリアというものがその人個人に固有の一つの権利だと考えるのだろうと思います。まあ一種のプログラム規定であって、政策を考えるときはそういった観点を重視しながらやりましょうということだとは思います、しかし、やはり今までの日本の人事管理とは非常に相性が悪いことになります。

倉重:やっぱり権利って、その権利の仕方にもよりますけれども、基本的に法制化をして権利するんだとすると、それは当然、反対の義務を企業は負うことになるので。つまり、それは人事権の制約ということになりますよね。

荻野:もちろんそういうことですよね。

倉重:かつ、キャリア権という、自己決定権だというんだったら、会社の外に出ていく権利も当然、内包されていると思うので、やはり企業の利益とは相反する場合が多々あるんじゃないかと思います。

荻野:ありますね。

倉重:どこまで両立するのかなと思いますが。一方で、ただキャリア充実という意味では、出向についてはもう少し法制化できないかなと思っているんです。例えば法曹の業界でも、裁判官が世の中の常識を知らないという批判があって、5年目までに弁護士になったりとか法務省に行ったりとか、あるいは企業に行ったりとかという、外の世界を知る研修というものを出向という形でやっているんです。

 大企業とかでも出向ってたくさんあると思いますけれども、中小企業とかだと、そんなに出向先というものはどれほどあるのか。そして民間の出向サービスとかを使おうとすると、職安法上の労働者供給との関係はどうなのか。出向の、そもそも労働契約法14条の規定って、どういう場合に出向できるかは明確化がされませんでしたよねというところ、そこを明確化してあげるというのも、一つ労働政策としてはいいんじゃないかなと個人的には思っているんですけれども。出向に関してはいかがお考えですか?

荻野:今日では、企業が何か始めようという時に別会社を作って、という話が多いので、そこへの出向というのは増えているかもしれません。もちろん企業の事情で出向するわけですが、キャリア的にもチャンスがあるでしょう。あるいは、語学習得に限らず、様々な経験を積ませるために若いうちから海外の現地法人に出向させるという企業もありますね。

倉重:そういうことです。

荻野:逆に言えば、社内でキャリア的に有意義な経験を積めるポジションというものが不足しているということでもあるわけです。だから企業の外に活躍の場を求めるわけで、そういう意味では企業が当面は持ち出しであっても、人材投資として、あるいは動機づけとして実施しているという部分はあると思います。これはある意味では今の日本的な人事管理の一つの隘路の表れかもしれません。これまでの人材育成は、その人の能力よりも少しストレッチした仕事を企業の中で付与して、OJTを通じて成長していくというのが基本戦略でした。ところが、企業組織の成長が鈍化すると、その「少しだけストレッチした仕事」というのが足りなくなってくる。もう少しストレッチした、育成上有意義な仕事をさせたい人が5人いるのに、仕事は3人分しかありませんとか。

倉重:そうですね。全ての人に、それができればいいのですが。

荻野:そういう意味では、さきほど話題になった新設会社への出向は、一つ上のポジションにつくことも多いので、いい機会があるのかもしれません。会社によっては、リーダー的なポジションを短期間で持ち回りにするとか、いろいろ工夫をされているという話も聞きますが、やはりこのあたりに一つの行き詰まりがあるというか、これまでは企業が従業員のキャリアをそれなりに作ってきたわけですが、それが企業にとっても、社員にとってもなかなか思うようにいかなくなってきているという実感はあるのではないかと思います。

倉重:そうなんですよね。やっぱり企業任せにするのでいいのかというのが、キャリア権というかどうかは別として、自立的キャリアというものの根本的な発想だと思いますし。一方で、企業は企業で、全員の社員のライフキャリアについて責任を取れるのかと言われると、それは必ずしも20年、30年先の話は分かりませんという話になってくるんですよね。すると、自分で、ある程度、防衛としてのキャリアというものは、自分で考えざるを得ない人というのも、そういう人が多くなったほうがいいのかなと個人的には思っているんですけれども。

荻野:そうですね。なかなか企業の中で従業員が自立的にやるというのは難しいと思います。

倉重:難しいですよね。

荻野:キャリアインタビューとか、公募とか、本人の意向を反映できる仕組みを考えている企業もありますが、やはり、企業の必要に応じて動いてもらいたいという面はなくならないでしょう。まあ、リクルートワークス研究所の大久保幸夫さんの本を読むと、大企業の正社員もある段階では自分の専門領域を自分で決めて、それに関係する仕事は誰にもひけを取らないようにやるけれど、関係ない仕事はやり過ごせばいいのだ、といったようなことが書いてあったりして、あるいは企業の中でもやっていけないこともないのかもしれませんが、それはビジネス・プロフェッショナルとしてのキャリアと引き替えに企業内での栄達というキャリアは断念するということかもしれないですね。

 やはり企業の中だけではどうしても限界があるのでしょう。となると、労働市場を通じてということにならざるを得ないのかもしれませんが…。

倉重:出向と言うかどうかは別として、そういう仕組みが。外を向くような、サッカーとかのレンタル移籍とかのイメージで、法的には出向の法体系化ということだと思いますが、有休人材の活用ができればと思います。

                                                      (つづく)

【対談協力】荻野勝彦氏

東京大学経済学部卒

現在は中央大学客員講師。民間企業勤務。

日本キャリアデザイン学会副会長。

個人ウェブサイトhttp://www.roumuya.net/。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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