少年院で金銭基礎教育 割り算ができない少年の傍で

勉強や生活でつまずいたとき、傍に支えるひとがいる環境の有無は大きい(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

物音ひとつない静まった部屋。パイプ椅子に座る20名の少年。襟付きの白シャツ、紺色のスラックス、白い靴下、全員が同じ筆箱を長机の前に置く。

ここは茨城県牛久市にある茨城農芸学院という少年院の一室だ。教室には本日ここで行われる金銭基礎教育プログラム「MoneyConnection(R)」のファシリテーターが並び、周囲には法務教官が4名配置されている。

起立の掛け声に合わせ、全員が背筋と手先を伸ばして直立する。「お願いします」の声に、耳が痛いほどの大きな声で少年が挨拶をする。

茨城農芸学院は、発達障がい傾向や知的な課題を抱える少年が多く在院している。パっと見ただけでは、そういう課題を持つ少年たちであることは見えづらい。おそらく、外見から立ち振る舞いまでが矯正教育のカリキュラムを通じて身に付いているからであろう。

※専門家が一挙手一投足を観察すれば理解するのは難しくない

MoneyConnection(R)は、新生銀行グループと育て上げネットの協働事業で、主に高校生に対してお金の基礎を学び、将来を考えるきっかけを提供するプログラムだ。2006年の開始以来、1,058校136,232名の高校生に実施してきた。

このプログラムを知った少年院関係者が定時制高校での実施風景を見学に来られ、少年院内での実施に至った。すでに複数の少年院で行っている。

講座では、月収20万円を家賃や食費などの生活費、税金などに割り振ってみた後、全国の相場と照らし合わせて、一人暮らしにかかる費用のシミュレーションをするものがある。また、カードを引きながら、仕事、生活、お金のバランスを考えていく。

私は教室後部で講座を見学していた。すると目の前の少年が手を挙げた。少年院では原則私語が認められておらず、質問などがあれば挙手をする。そのとき、ファシリテーターも他の少年についており、法務教官もそれぞれに少年をフォローしていたため、私がその少年の傍に行って、声をかけた。

仕事について「営業」と書かれたカードを引いた少年はカードを見て、私を見た。突然現れた外部の人間にどう質問していいのか迷っていたようだった。

「営業という仕事は知っている?」

私が少年に質問すると、少年は「わからないです。何するんですか?」と質問を重ねてきた。

「物とかサービス、例えば・・・車とかを売ったりするひととか」

すると、「あー」という表情とともに、「それって自分にできますかね?」と聞かれた。私はその少年の過去、なぜここにいるのか、普段はどのようなことを考えているのか、何も情報を持っていない。どこまで回答すべきか迷いながら、

「誰かにこれいいよ、と言われて買っちゃうこととかある?」と聞くと、笑顔で「ありますね、あります」とつぶやくように言いながら、講座に戻った。

想像以上に質問が多く、私もファシリテーターのような形で少年たちのもとでサポートした。ある少年は、「経理」という職業が何かわからず、またある少年は月収カードにある「15万円」という金額を見て、どうしたら給料はあがるのかを聞いてきた。

すると、最初に話をした少年が私の方を向いて挙手していた。一般的には”誰でもこれくらいはできるだろう”と思われる計算が必要な部分でつまずいていた。

一日8時間で20日働く場合の月間総労働時間の部分が書けていなかった。少年は計算ができていないことを少し恥ずかしく考えているようだった。

「一日8時間を2日働くとしたら何時間?」

「16時間、あっ、ここは160時間ですね」と少年は即答した。10代の笑顔だった。

一か月720時間から、仕事の時間、生活(食事や睡眠など)時間を引いていくところでも手が止まったが、ヒントを出すだけですぐに手が動いた。ここまでは掛け算と足し算、引き算だけできたが、割り算でまた手が止まる。そして少しだけ頭を抱え、困った表情で私の方を見た。

少年が導き出した自分が自由になる一か月の時間(560時間)を、一日当たりに直すため30日で割る必要があった。割り算をするところまでは理解できていたようだが、割り算のやり方が思い出せないようだった。

少年がどこまで割り算を理解しているのか私にはわからず、ヒントの内容や言葉遣いによっては、少年の自尊心を傷つけてしまう可能性があるため、少し緊張した。

「割り算をすることはわかるよね」

私の質問に少年はうなずく。例えとして、別の優しい数字を使って筆算の式を書くと、少年は思い出したように、560と30の数字で筆算の式を作った。そして、再び手が止まる。例示したものは簡単に割り切れるものであったが、今回は余りが出るため少し混乱したのではないかと思った。

どうしたらいいんでしたっけ、という表情で少年は私を見た。

「さっき、ファシリテーターの方が割り切れないところはいいって言ってたよね」と伝えると、「言ってましたね!」と、自分の計算が間違っていたわけではないことに安堵したのか、シートに回答を記入した。

「これで合ってますか?」という少年に、「合ってるよ!」と回答する。計算を終えた少年は疲れているとも、できたことへの喜びとも受け止められる表情で、次のステップに進んでいった。

これまでも少年院で、漢字が苦手であったり、アルファベットが書けなかったり、掛け算や割り算がわからないと言う少年に出会って来た。しかし、本当に知らない、まったくできない少年は少なく、また、教えても理解がまったくできない少年にもほとんど出会っていない。

少年たちは、そもそも基礎学力がないというより、ある段階で直面した「できない」が放置されたまま年齢を重ね、その年齢相応のことができないことで自尊心が低下している。その自尊心の低下が自らを傷つけることや、他者に対して虚勢を張ったり、攻撃的な形で出ているのではないだろうか。

子どもにかける余力のない家庭、ひとりの生徒に十分な時間を作れない学校、特定個人または集団にかかわることができない地域など、誰もがわかっていても手を差し伸べる余裕のない社会で取り残された少年のたどり着いた先が少年院という矯正教育の場。

「できない」ことで傷ついた自尊心、そのまま放置されることで低下する自己肯定感、そして、「できない」を「やらない」という行動によって成長する少年たち。ひとりの少年の傍らで割り算を通じて私が学んだのは、問題行動の結果として少年がここにいるのではなく、社会的に放置された結果、問題行動を通じてこの場所に来る少年たちの姿であった。

少年院という場にいる間、少年は法務教官という存在によって再び教育の機会を得ることができる。しかし、それは概ね11ヵ月の期間に限定される。少年はその後、社会に戻ってくる。更生自立を誓って少年院を出た後、掛け算や割り算でつまずく少年が、それ以上の壁に当たることは容易に想像することができる。

そのとき、少年の傍にいてくる大人の質量によって、更生自立の可能性は大きく左右されるだろう。少年を「あっちの世界」、私たちを「こっちの世界」と隔てるのではなく、地続きの社会としてとらえたとき、私たちは日本の未来を担う存在として少年たちを考え、手を差し伸べる大人になっていられるだろうか。