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子どもたちにパソコンを無料で渡したいと思った理由

工藤啓認定特定非営利活動法人育て上げネット 理事長
子どもたちが当たり前にパソコンを持ち、自分と社会を変えていける機会を(写真:アフロ)

この文章は法人から貸与されているパソコンを使ってカタカタ打っています。カフェにいますが周囲には同じようにパソコンを開いて仕事をされている風のひともたくさんいます。

誰もがスマートフォンを個人保持している時代ですが、スマートフォンだけで仕事を完結させられるひとはまだ多くないと思います。それは画面の大きさかもしれないし、業務でさまざまな資料を作成しないといけないからかもしれないし、速度や効率性かもしれません。

僕は大学に入ったとき、自分のパソコンを買いました。20数万円でローンを組み、海外に留学していた彼女とのメール、JUDY&MARYのチャットルームにはまり、ICQで知らないひととコミュニケーションを取っていました。

一回、電話代が8万円を超えてしまい親にとても怒られた記憶があります。それ以来、パソコンに向かうときはテレホーダイの時間を使ってました。スクリーンを通じて出会ったひとたちと実際に会ってみたり、海外に留学していたひとのところに遊びに行ったこともありました。振り返れば、リスクはあまり考えず、「楽しい」ということだけで行動していました。

あれから20年以上も経って、ポケベルもピッチもなくなり、手元にはスマートフォンがあります。パソコンはスペックが大幅に変わりました。回線速度はとても早く、データ保存もいくらでもできます。フロッピーディスクもZIPディスクも、CDRも不要です。

二十歳前後からパソコンが当たり前にあり、留学先のシアトルでも授業で普通にパソコン関係のものがありました。そのためレポートの提出も、友人とのコミュニケーションもパソコン(とスマホ)があって当然、筆記することはほとんどありません。

ただ、自分にとっては当たり前の環境でも、少し広く観察するといまでもパソコンが当たり前ではないひとたちもいます。保育園の保護者会ではスマホがなく、LINEも使っていないのでグループを作っても、数人はお電話はお手紙で連絡をしました。いま、大学で少しだけ教えていますが、小論文形式のテストをするとき、(学部の問題もあるかもしれませんが)パソコンを持ち込む学生の割合が極端に少なく、ほとんどいないときもあります。

当たり前が当たり前でないことを当たり前にしておかないと、自分の環境がみんなにあるものとして思ってしまいがちです。僕にとってパソコンはそれにあたります。

2010年から2017年にかけて日本マクロソフト社とともにITを活用した若者支援プロジェクトを行ってきました。きっかけはワードやエクセルを使ったことがない、パソコンに触る機会がなかった無業の若者に基本的なPCスキルと就労支援をセットで提供するものです。

いまさらパソコンの基本的なスキルを学ぶ若者がいるのかと思われるかもしれませんが、この間、延べ50,000人ほどが受講しています。ビジネスパーソンから見たら「使えて当然」という認識かもしれませんが、そもそも自宅にパソコンがなかったり、自分のパソコンがないなかで育ったひとも少なくありません。ですから、パソコンはこちらで揃え、スクール形式で行わなければなりません。課題を出すことができないので、その場で完結できるコンテンツにしなければなりません。

子どもたちのプログラミング教室が人気です。いろいろな教室を見てみると価格もそれなりにするようです。僕は社会的、経済的に困難な子どもたちの支援もしています。当然のように自宅にパソコンはなく、自分のパソコンを持っていない中学生、高校生ばかりです。それでも何かのきっかけになればと、プログラミングに触れられる機会を若者、子どもたちに創っています。

人型ロボット「Pepper」を使ったプログラミング体験
人型ロボット「Pepper」を使ったプログラミング体験

ソフトバンク社より、人型ロボット「Pepper」をお借りできたので、それを使って若者、子どもたちとプログラミングをやってみる機会を創っています。マインクラフトを使ったワークショップなども若者、子どもたちに人気です。その動きは少しずつ広がり、少年院の中でもパソコン講座を運営しています。

少年院:PC教育 出院後へ支援、要望多く 茨城・NPOと連携- 毎日新聞

このような取り組みに多くの若者、子どもたちがやってきます。ある若者にとっては働き始めたら最低限必要なスキルだからという理由で、ある子どもにとっては「プログラミングをやってみたいから」という理由で、ある若者は「その道に進むことに関心がある」という理由で。

プログラミングを学ぶことを決めた、ひきこもり状態であった若者たち
プログラミングを学ぶことを決めた、ひきこもり状態であった若者たち

家から出ないひきこもり状態から、最初の一歩を踏み出すには、勇気と覚悟が必要だった。

そこからさらに一歩進めて、企業説明会やインターンシップをすべてパソコン経由のテレワークで行うチャレンジをいましています。

ここに参加した若者のなかでもとてもよい形で仕事に就く若者も出てきました。

これらの取り組みで共通するのは、参加者がパソコンを保持している割合が非常に低く、そこで関心を持ったとしても、すぐに自分の興味関心の赴くままにスクリーンを開いて、さまざまなテクノロジーに触れることができない、という事実です。

プログラミングという世界に関心を持ったとしても、もっと勉強したいと思っても、何か創ってみようとしても、目の前にパソコンがありません。グッとはまることもできません。何かを変えるきっかけが手元にない、そんな現実があります。

ここは常に壁になっています。パソコンを通じて自分や世界が広がり、新たな情報やひとと出会い、未来を切り開いていく。そんな可能性の広がりに制限がかかってしまう。ただそこにパソコンがないだけでです。

若者や子どもたちの感性や才能が拓くのはパソコンだけではありませんが、不登校やひきこもり状態であったり、学校の勉強が苦手であったり、地域や社会にうまく溶け込めなかったりする若者や子どもたちを見ていると、彼らの可能性を拓く可能性の高いものとしてパソコンというデバイスが有効なのではないかという肌触りレベルの感触があります。

だから、ひとつ小さなチャレンジをしてたいと思いました。そして「TECH募金」を立ち上げました。

クラウドファンディングを使い、子どもたちにパソコンとプログラミング合宿の機会を提供する取り組み
クラウドファンディングを使い、子どもたちにパソコンとプログラミング合宿の機会を提供する取り組み

その対象を通信制や定時制高校に通っていたり、学校に行けない状態にある子どもたちに、パソコンとプログラミング合宿の機会を「寄付」を通じて提供しようと言うものです。パソコンは中古でよいとか、自分で買えばいいという意見ももらいました。でも、あの新品のパソコンを開封して立ち上げるまでのドキドキ感を子どもたちに渡したいです。

プログラミングはいつでもどこでも学べるという意見もいただいています。それでもまとまった時間と、日本中から集まる同世代の仲間を作る機会を提供したいです。

成果につながったり、社会的インパクトは出るのかという疑問もあるかと思います。これはやってみないとわかりません。ただ、その子どもの人生が変わるきっかけになると信じています。そして、すべての子どもたちが家庭状況や成育歴にかかわらず、「やってみたい」「何かを変えていきたい」と思ったとき、手元にパソコンや学びの機会が得られる社会環境は、私たちの誰にとってもネガティブなことはなく、生き生きとした子どもたちの未来に想いを馳せ、応援し、一緒に歩んでいく社会というのはどうでしょうか。僕自身はそんな子どもたちの姿を思い描き、彼らが成長した先にあるのは、この社会がいまより豊かなものであると信じています。

認定特定非営利活動法人育て上げネット 理事長

1977年、東京都生まれ。成城大学中退後、渡米。Bellevue Community Colleage卒業。「すべての若者が社会的所属を獲得し、働くと働き続けるを実現できる社会」を目指し、2004年NPO法人育て上げネット設立、現在に至る。内閣府、厚労省、文科省など委員歴任。著書に『NPOで働く』(東洋経済新報社)、『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『若年無業者白書-その実態と社会経済構造分析』(バリューブックス)『無業社会-働くことができない若者たちの未来』(朝日新書)など。

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