「胃がんの原因は99%ピロリ菌」は誤り? 約1400万円を集めた団体に問い合わせてみた

クラウドファンディングで多用された「胃がんの原因は99%ピロリ菌」という表現の例

「胃がんの原因の99%はピロリ菌」というセンセーショナルな見出しで、クラウドファンディングプロジェクトへの出資を募るいくつかの記事が、昨年2016年3月から4月にかけて、インターネット上で大きな話題になった。

このプロジェクトは「胃がん」の知識の啓蒙、検査率向上を目的とし、1422人の支援者から1,374万6,000円を集めて成立している。

それから約1年後の2017年3月6日、プロジェクトを立ち上げた予防医療普及委員会は、出資を募った際に謳(うた)った、「胃がんの原因は99%ピロリ菌」という表現を「胃がんの99%はピロリ菌が原因」に「修正」した。

画像キャプチャ:【アーカイブ】ピ|胃がんを知る
画像キャプチャ:【アーカイブ】ピ|胃がんを知る
画像キャプチャ:ピ|胃がんを知る
画像キャプチャ:ピ|胃がんを知る

この「胃がんの原因は99%ピロリ菌」という表現は、以前から複数の医療関係者に「過大評価」と指摘されていた。「胃がんの知識の啓蒙」という「正しい」目的のために、正確性の疑われるキャッチコピーを使っていた、ということになる。

医療情報を「わかりやすく」伝える、難しさとリスクが浮き彫りになった形だ。

プロジェクト成立までは「胃がんの原因は99%ピロリ菌」を多用

筆者は1月以降、対面と文書で同協会に、表現の意図について質問していた。3月に入って、2度にわたり回答があり、6日の時点で、表現が修正されていた。

どんな表現が問題だったのか。出資を募るインターネット上の記事には、例えば以下の記載があった。

間部(【筆者注】同協会顧問で国立病院機構函館病院所属の

間部克裕医師):はい。胃がんの原因の99%を占めているのはピロリ菌で、胃の中に存在する細菌です。

出典:【アーカイブ】胃がんの原因は99%ピロリ菌だった。 皆で検査をして予防しよう。 - READYFOR
【筆者注】“鈴木先生”は同協会顧問で筑波大学附属病院所属の鈴木英雄医師のこと。
【筆者注】“鈴木先生”は同協会顧問で筑波大学附属病院所属の鈴木英雄医師のこと。

しかも胃がんの99%が、ピロリ菌が原因と言われている。

出典:【アーカイブ】胃がんを知る - ピ

それ以外にも、同プロジェクトや関連事業についてのネット記事には、各所にこのような記述があった。以下はその例だ。

ホリエモンが「尿」を欲しがったイベント!? 【ピ】ピロリナイトで楽しくピロリ菌検査! - FORZA STYLE

教えて堀江さん!胃がんの99%はピロリ菌が原因って本当ですか? - 4yuuu!

わかりやすく、大々的に謳われていた表現で、資金調達にも少なからず影響を与えた可能性がある。

「胃がんの原因は99%ピロリ菌」は誤り?

この表現はどこが問題だったのか。

『「ニセ医学」に騙されないために』(メタモル出版)著者であり、インターネット上で根拠のあやしい医療関係の情報を検証する内科医のNATROM氏は、筆者の取材に対して次のように回答した。

「(胃がんの知識を啓蒙するという)予防医療普及協会の理念そのものには私は反対しません。しかし、“胃がんの原因は99%ピロリ菌”という表現は医学的に妥当ではありません」

同氏は『ピロリ菌は胃がんの原因の何%か?』と題したブログ記事で、以下のように記している。※原文ママ。引用文中の太字は筆者によるもの。

1990年から2004年までの研究に基づけば日本人の胃がんのうち、ピロリ菌が原因である割合はおおよそ75%~90%ぐらいであったと推定される。若年者のピロリ菌の感染割合は小さいので、現在の胃がんのうちピロリ菌が原因である割合は75%~90%より小さいし、将来はもっと小さくなる

出典:ピロリ菌は胃がんの原因の何%か?

つまり、「ピロリ菌が胃がんの原因の何%か」を検証するにはより複雑な計算が必要で、簡単に99%と言えるようなものではない、ということだ。

具体的には、感染割合と相対リスクから、人口寄与危険割合を計算する必要があるのに、クラウドファンディングで謳われたキャッチコピーには、その過程が省かれている。

“原因“の議論にこのような疫学的な検証が必要であることは、以下の国立がん研究センターの記事でも述べられている。

人口寄与危険割合:がんの原因のうち喫煙がどのくらいの割合を占めるかを表す指標(%)

出典:喫煙とがん - がん情報サービス

ちなみに、世界保健機構(WHO)の国際がん研究機関(IARC)は2014年9月、ピロリ菌は胃がんの原因の80%であると発表している。

H. pylori has been classified by IARC as carcinogenic to humans (Group 1) and is considered to be the cause of 80% of all stomach cancers.

出典:IARC calls on countries with high stomach cancer burden to act to prevent the disease

予防医療普及協会の回答は?

このような指摘や事実を元に、「“胃がんの原因は99%ピロリ菌”は誤りではないか」と問い合わせたところ、同協会は「医学的根拠があり、誤りではない」と回答した。

回答者として名を連ねていたのは、一般社団法人予防医療普及協会の代表理事・提橋由幾氏、ピロリ菌感染症認定医の間部克裕医師、渡邊嘉行医師、鈴木英雄医師。回答の根拠は3月6日に予防医療普及協会の公式サイトにも掲載されている。

「胃がんの原因は99%ピロリ菌」という表現について - 一般社団法人 予防医療普及協会

この回答のポイントを説明しよう。まず、同協会が根拠として提示した論文の内容は、疫学的な検証をするものではなく、感染割合についてのものだったこと。これは回答書の中でも明記されていた。

これら日本の2つの論文の趣旨は「ピロリ菌が陰性の胃がんは1%以下であった」というものです。

出典:回答書-20170303.pdf

しかし、“ピロリ菌が陰性の胃がんは1%以下であった”からといって、“胃がんの原因は99%ピロリ菌”と言えるのだろうか

また、別の根拠として、同協会は回答書や公式サイト上で以下の通り述べている。

一方、胃がんの原因として確実なものとしてWHOが規定しているものは唯一ピロリ菌のみです(IARC:WorkingGroupReport)。

出典:回答書-20170303.pdf

これも、他に原因がないことが証明されているのではない。他に原因はあるかもしれず、いまだ特定されていないだけではないか

このような指摘に、同協会は以下のように回答した。

無論、胃がん発生にはピロリ菌に加え、宿主因子や環境因子も関与するため、御指摘のような誤解を与える可能性については協会として検討を行い、「胃がんの99%はピロリ菌」に改める作業を行っています。

出典:回答書-20170303.pdf

【筆者注】ただし、修正は結局“胃がんの99%はピロリ菌”ではなく、「胃がんの99%はピロリ菌が原因」となっている。

協会は「胃がんの原因は99%ピロリ菌」という表現を改めた。しかし、元々の表現が「誤り」だったわけではなく、あくまで「わかりやすく」したために生じた情報の受信側の「誤解」である、という見解だ。

「医療情報」を「わかりやすく」伝える難しさ

多額の資金を集めるクラウドファンディングは、インターネットが生み出したものだ。そして、そのインターネット上では昨年、医療情報の信頼性を揺るがす事件が起こっている。

「胃がんの知識を啓蒙する」というプロジェクトの理念は素晴らしい。だが、医療に関する情報を発信し、資金を募る以上、単なる言葉の綾、見解の違いで済まされない問題だと筆者は考える。

当協会で本件を監修している医師は日本ヘリコバクター学会、日本消化器学会の専門医・指導医であり、情報の正確性についてはこれらの医師の検証によって十分担保しています。

出典:回答書-20170303.pdf

同協会は回答書の中で専門医の監修があったことを繰り返し述べたが、専門医が監修していたにも関わらず、このような事態が発生したことは、「医師監修」そのものの信頼性を揺るがしかねない

そもそも、修正後の「胃がんの99%はピロリ菌が原因」という表現の医学的な妥当性にも疑問が残る。繰り返しになるが、“原因”の議論には疫学的な検証が必要だ。

そして、この問題には、別の論点もある。それは、「もし表現に多少の誤りが含まれていたとしても、世の中にとっていいことをしているのだから、いいじゃないか」というものだ。

同プロジェクトは、「胃がんの主な原因はピロリ菌である」という、医療関係者の間では常識だが、一般には広く知られていないことを、啓蒙するために立ち上げられた。このプロジェクトをきっかけに、この事実を知った人も多いだろう。

これまで、真っ当な方法でなされてきた「胃がんの主な原因はピロリ菌である」ことの啓蒙活動は、大きな効果を上げてこなかった。それは紛れもない事実だ。医療情報をわかりやすく伝えることの難しさがここに現れている。

だからこそ同協会は、実際には75~90%との指摘がある数字、世界的には80%とされている数字を、99%とすることにこだわり、センセーショナルな方向へ走ったとも言えるのではないだろうか。

「誤りが疑われる表現を使って達成された、意義のあるクラウドファンディング」――これは是か、それとも非なのか。