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「アベコベ」修正できずに終えん=強運尽きたアベノミクス

窪園博俊時事通信社 解説委員
辞意を表明した安倍首相。(写真:西村尚己/アフロ)

 安倍晋三首相が辞任を発表した。デフレ脱却を目指し、2013年春に本格始動した「アベノミクス」は、途中からデフレ脱却に逆走する「アベコベ」に陥り、その修正ができないままコロナ危機で終えんを迎えた。約7年半も続いた「アベノミクス」を回顧すると、デフレ脱却で空振りを演じ続け、最後は安倍首相の「強運」が尽きて幕を閉じることになった。

アベノミクスのスタートは「幸運」に恵まれた

 まず、「アベノミクス」とは何か。消費者物価が小幅でもマイナスで推移するのは「デフレ」という悪い経済状態とみなし、主として日銀の金融緩和を通じて物価押し上げを目指すことだ。これが「デフレ脱却」であり、安倍首相は13年春、その任務をアジア開発銀行総裁だった黒田東彦氏に託し、日銀総裁に任命。黒田日銀は物価2%の達成を目指し、大規模緩和を始めた。

 当初、デフレ脱却は成功するかのように思えた。米経済が回復過程をたどり、米連邦準備制度理事会(FRB)が利上げ過程にある中、為替市場では円安・ドル高が進展。株価も上昇基調を強めたからだ。「日銀の異次元緩和は運良く米利上げと重なり、円安が加速した」(大手邦銀アナリスト)わけだ。まさにアベノミクスのスタートは「幸運」に恵まれた。

自ら講じた施策も裏目に

 実際、安倍首相は強運の持ち主だ。第一次政権を担っていた2007年、持病の悪化で突如退陣。しかし、再び政権を取り戻すことに成功し、首相の座に返り咲く。金融市場では「安倍首相の非常な強運はデフレ脱却にも生かされ、物価2%を達成するかもしれない」(別の大手邦銀幹部)との期待感も生まれた。14年の夏場までは物価は順調に上がり、1%台半ばとなった。

 その後、原油価格の急落、消費増税などの悪影響で物価上昇がとん挫したのはご案内の通りだ。さらに、安倍政権が自ら講じた施策も裏目に出た。冒頭に紹介した記事でも触れた携帯料金の値下げは、消費者には朗報だが、物価は押し下げられる。外国人労働者の受け入れも、人手不足には役立つが、低賃金労働が広がって賃金全体の伸びは鈍り、デフレ脱却に逆風となる。

本来ならデフレ脱却を断念すべきだった

 黒田総裁は18年春、5年の任期を迎えた。この時点で物価2%の達成は絶望的となっていたが、それでも安倍首相は黒田総裁を再任した。大規模緩和やマイナス金利など金融緩和をやり尽くしても物価が上がらない状態であったため、本来ならデフレ脱却を断念するか、政権として政策目標の修正・見直しを図るべきだったと言える。

 そうはせずに安倍政権がデフレ脱却に固執し、黒田総裁を続投させたのは、政権支持率が総じて高い、との幸運に恵まれたからだろう。もし、人々がデフレを脱却できないことに失望し、支持率が下がると政権は政策見直しを迫られる。しかし、支持率がまずまずなら、「いつかは物価が上がる」との長期戦に持ち込める。長期政権であることの強みを生かした戦略だ。

幸運は長続きしない、という日銀内の教訓

 ただし、長期に政権を運営することは、それだけ不運に遭遇するリスクも高まる。日銀内では「幸運は長続きしない」(複数の幹部)との教訓が広く伝わる。これは、景気は好不況のサイクルを繰り返し、好況の後には必ず不況が到来する、という意味だ。総裁として景気のどのサイクルに遭遇するかは運次第であり、歴代の総裁はそれぞれ運不運に翻弄されている。

 黒田総裁が二期目に入った頃、「次の5年間は予断を許さない」(ある幹部)との懸念が聞かれた。近年、金融経済を揺るがす大ショックがおおむね10年前後のサイクルで到来するからだ。1998年は日本の金融危機(山一証券など破たん)が発生、2008年はリーマン・ショックが起きた。2018年からは、大ショックを警戒する時間帯に入るかもしれない、という懸念だ。

歴史にイフ(if)はないが、もし政策目標を切り替えていたら

 ある幹部の懸念は、リーマンから12年後の今年、的中することになった。コロナショックの発生である。当初、小規模の流行で終息すると思われたコロナ感染は世界を席巻。対応に追われた安倍首相は心労が重なり、持病の悪化で退陣に追い込まれる悲運に遭遇した。いくら強運でも、長く政権を続けると不運に見舞われ、運は尽きる典型的なパターンになった。

 歴史にイフ(if)はないが、2018年の時点でデフレ脱却を断念し、例えば、政策目標を失業率の改善に切り替えておけばよかっただろう。失業率はその後も低下を続けたため、「アベノミクスの成功」と誇ることも可能だった。そして、それを花道に政権運営を次の首相に委ねていれば、成功した政策として「アベノミクス」は記憶されたかもしれない。

時事通信社 解説委員

1989年入社、外国経済部、ロンドン特派員、経済部などを経て現職。1997年から日銀記者クラブに所属して金融政策や市場動向、金融経済の動きを取材しています。金融政策、市場動向の背景などをなるべくわかりやすく解説していきます。言うまでもなく、こちらで書く内容は個人的な見解に基づくものです。よろしくお願いします。

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