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英国のトラス新首相への懸念材料、英国債が売られたのはどうしてか。イングランド銀行への対応にも注意

久保田博幸金融アナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 英国でジョンソン首相の後任を選ぶ、与党・保守党の党首選挙の結果が発表され、トラス外相が選出された。6日にエリザベス女王に謁見後、首相に就任する。サッチャー氏、メイ氏に続いて3人目の女性の首相となる。

 英国で記録的なインフレが続く中、トラス氏は新政権発足後、物価高対策に力を注ぐ考えを改めて強調した。

 トラス次期首相は、英国の典型的な家計の電気・ガス料金を現行の年間1971ポンド(約32万円)以下に抑制する支援策を策定。光熱費抑制策に伴う政府支出は今後1年半で1300億ポンド(約21兆円)に上る可能性がある(6日付ブルームバーグ)。

 トラス氏は党首選出の発表を受け「今後2年の間に成果をあげる必要がある。減税と経済成長のための大胆な計画を実現する」と表明した(5日付ロイター)。

 2年という期間、どこかで聞いたことがある。トラス外相は以前、奇妙な発言をしていた。

 トラス氏は「旧態依然とした経済戦略」を打破すると宣言し、次期党首に選出されれば所得税と法人税を引き下げると約束した。ここ数日にはイングランド銀行に対する批判を強め、中銀の責務変更すら示唆したのである。

 トラス氏は党首選で勝利すれば、英中銀が「インフレに厳しい態度で臨む」ことを確実にするため、マネーサプライに目標を設定することも示唆。最近のテレビ討論では高インフレの責任は英中銀にあると批判し、次期政権はインフレ抑制に成功している他国に目を向けるべきだと主張、日本銀行を良い例に挙げた(7月19日付ブルームバーグ)。

 どこかで聞いたことのあるような政策である。インフレ抑制に成功しているとして、現在の日銀の金融政策を賞賛し、マネーサプライに目標を設定するとしているあたり、「トラスノミクス」を行うとしているかにみえた。しかもそれを2年でというあたり、日銀の異次元緩和の2年で2%を彷彿とさせる。

 日銀がインフレ抑制に成功しているのであれば、現在の日銀がやっている政策は何なのか。日銀は物価目標が達成されていないからとして、異次元緩和を進めている。

 シティの英国担当チーフエコノミスト、ベン・ナバロ氏は7月18日のリポートで「生活費ひっ迫で英中銀をスケープゴートにするのは正しくないし、建設的でもない。さらに懸念されるのは、英中銀の独立性を揺るがすような取り組みだ」と記した(19日付ブルームバーグ)。

 これはこのまま現在の日銀にも指摘できるものとなる。スケープゴートにされた日銀はインフレ抑制に成功しているどころか、政策矛盾を引き起こし、異例の金融政策の綻びが表面化しつつあるのである。

  6日の英国債券市場ではトラス新首相の就任を受けて、10年債利回りが一時3.147%と2014年の水準3.092%を上回り、2011年7月以来の高水準を付けた。

 この日の米債が売られていたこともあるが、トラス新首相の物価高対策における国債の増発も意識されたようである。

 トラス新首相は政府保証が付いたエネルギー業者への融資を活用することにより、今冬の家庭用電気料金をほぼ現行水準で凍結する計画という。市場では、この計画を実行した場合に必要になるであろう追加の国債発行の規模を注視している(7日付ロイター)。

 トラス首相は、財政拡大とともに中央銀行には緩和圧力を掛ける可能性もありうる。

 この日の英2年債利回りは、10年債利回りが大きく上昇したのに反して低下していた。トラス首相のエネルギー料金の上限抑制策で、短期的にインフレが抑制され、イングランド銀行による大幅利上げの可能性が低下するとの見方もあったようだ。しかし今後、イングランド銀行の金融引き締めに対し、首相が懐疑的な見方をする可能性もあったためとの見方もできまいか。

 トラス首相によるイングランド銀行への対応についても注意してみていく必要がある。日本の二の舞は踏んでほしくはない。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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