Yahoo!ニュース

財政ファイナンスに踏み込んだウクライナの中央銀行、何故、財政ファイナンスは主要国で禁じられているのか

久保田博幸金融アナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

ウクライナ中銀が財政ファイナンスに踏み込む

 ウクライナ国立銀行(NBU)のシェフチェンコ総裁が、朝日新聞のオンラインインタビューに応じ、ロシアによる侵攻を受け、NBUは、戦費調達のため政府が発行する国債を直接引き受け、財政赤字の穴埋めをする「財政ファイナンス」に踏み込んだと語った(11日付)。

 ロシアによる侵攻を受け、止むにやまれず、ウクライナ国立銀行は「財政ファイナンス」に踏み込まざるを得なかったのであろう。しかし、財政ファイナンス、つまり中央銀行による国債の直接引き受けは、通貨の信認などを損なうおそれが指摘され、欧米の主要国では禁じ手となっている。日本でも財政法で禁じられている。

 しかし、現在、日銀が行っている毎営業日の10年国債カレントの無制限買い入れは、いったん市場を通した格好ながらも、10年国債の入札日にもオファーされたことで、日銀による国債引き受けに限りなく近い状況になりつつある。

 ウクライナと日本の状況は当然異なる。日銀は意地になって「財政ファイナンス」に近いことをやっているようにしか見えない。

どうして日本では財政法で日銀の国債引き受けを禁じたのか

 どうして日本では財政法で日銀の国債引き受けを禁じたのか、その経緯を確認してみたい。

 大蔵省財務協会から出版されている「高橋是清暗殺後の日本」という本がある。太平洋戦争が如何なるものであったのかを財政面から見たものであるが、この本に戦後のインフレーションに関しての記述があった。

 「公債残高は敗戦時に1408億円、政府保証等の残高は960億円に上がっていた。その一方で、主要都市を焼け野原と化した無差別攻撃で生産設備が壊滅し我が国の生産力は大幅に低下していた。このようにして生じた大幅な需給関係のアンパランスは、当然のこととして激しいハイパー・インフレーションをもたらすことになったのである」

 日本での太平洋戦争での被害総額は653億円との記述もあり、それに比べて政府負債の大きさは約3倍以上もあった。その政府債務はハイパー・インフレにより帳消しとなった。 卸売物価は昭和9年から11年に比べ、昭和24年には220倍になり、まさに国債は紙くずと化してしまったのである。

 日露戦争では高橋是清日銀副総裁の努力により外貨建て国債の発行で戦費を調達した。これに対し、太平洋戦争では海外からの資金調達は困難であり、発行される国債は内国債であり資金のほとんどを国内から調達していた。その90%程度が国内資金で賄われているという現在置かれている日本国債を取り巻く状況に非常に似ている。

 1946年2月に政府はインフレの進行に歯止めをかけることを目指し、金融緊急措置令および日本銀行券預入令を公布した。5円以上の日本銀行券を預金、あるいは貯金、金銭信託として強制的に金融機関に預け入れさせ、既存の預金とともに封鎖のうえ、生活費や事業費などに限って新銀行券による払い出しを認める、いわゆる「新円切り替え」が実施されたのである。

 1947年に制定された財政法では、「国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない。」(第四条)として国債の発行を制限するとともに、「すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない。」(第5条)として日銀による国債の直接引き受けを禁じたのである。

 これは、戦前において日銀による国債引受などを通じ、安易に公債の発行による財政運営を許したことが戦争の遂行・拡大を支える一因となったことを反省するという趣旨に由来するものとされている。

 ウクライナは非常事態のためリスクを意識しての財政ファイナンスだが、日本の場合にはあまり意味のない長期金利を0.25%で押さえ込むための財政ファイナンスに近い状況となっている。当然、こちらも大きなリスクを孕むのだが、それでコストプッシュでない2%の物価上昇を招く保証もない。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

牛さん熊さんの本日の債券

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月20回程度(不定期)

「牛さん熊さんの本日の債券」では毎営業日の朝と引け後に、当日の債券市場を中心とした金融市場の動きを牛さんと熊さんの会話形式にてお伝えします。昼には金融に絡んだコラムも配信します。国債を中心とした債券のこと、日銀の動きなど、市場関係者のみならず、個人投資家の方、金融に関心ある一般の方からも、さらっと読めてしっかりわかるとの評判をいただいております。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

久保田博幸の最近の記事