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なぜ今、“日本沈没”なのか。日本沈没が刊行された1973年と現在に共通点、キーワードは“インフレ”

久保田博幸金融アナリスト
(写真:アフロ)

 小栗旬が主演を務めるTBS系日曜劇場『日本沈没―希望のひと―』が高視聴率を得ているようである。私も録画してみているが、確かに引き込まれる内容となっている。14日の放映の予告編をみると、第6話からは第2章日本沈没篇がスタートする。関東沈没だけでなく、原作通りに日本が沈没するようである。

 その日本沈没の原作を書いたのが日本のSF界の巨匠、小松左京氏である。1964年から執筆が開始され、9年がかりで完成。当初は複数巻となる予定だった長編を出版社の要請で短縮し上下巻とした。

 1973年3月20日に光文社カッパ・ノベルスより書き下ろしで上下2巻が同時刊行された。すぐに人気に火が付き「空前の大ベストセラー」とも評された。当日、学生だった私も必死で手に入れた記憶がある。

 50年近く前に書かれた本を原作に、それをドラマ化して果たしてみる人がいるのかとの疑問もあったかもしれない。しかし、小栗旬などの好演などもあって高視聴率を稼いでいる。CGについては賛否両論あるようだが、以前に映画化されたものよりも視覚で訴えているように思う。

 ただし、このドラマのヒットのきっかけはそれだけではないのではないか。原作が出された年と現在に類似性があり、当時の読者や現在の視聴者が先行きの不安感を強めていたからとの見方はできないだろうか。その不安とは「インフレ」である。

 1972年7月、田中角栄が総理大臣に就任。田中首相は「工業の全国的な再配置と知識集約化、全国新幹線と高速道路の建設、情報通信網のネットワークの形成」などを謳いあげ、日本列島改造論を提唱。加えて積極的な財政金融政策を提唱し、国債発行額は増加した。

 この年に組まれた当初予算は伸び率が25%という空前の大型予算となった。また「福祉元年」と言われ、年金や健康保険給付の画期的な拡充も計られ、財政・金融面における極端な拡張策は結果として国内の景気の過熱、物価の高騰、土地の価格の上昇を招くことになったのである。

 これが下地となっていたところに、原作が発行された1973年の10月に第一次オイルショックが発生した。

 1973年10月に第4次中東戦争が始まった。アラブ諸国は禁輸措置を実施し、石油輸出国機構(OPEC)は原油価格の引き上げを実施。この結果、石油価格は一気に4倍となり、卸売物価が前年比30%、消費者物価指数は前年比25%も上昇した。

 給油所は相次いで休業、買い占めや売り惜しみ、便乗値上げなどが相次ぐ。トイレットペーパーや洗剤、砂糖などが不足するとの思惑から、各地で買占めが起きた。しかし、この物価上昇は海外要因だけによるものではなかった。すでに日本の高度成長は限界に達し、国内需給が逼迫しており、それに石油価格の高騰がまさに火に油を注いだ。

 この異常事態に対して財政・金融両面においてきわめて強力な総需要抑制策が実施された。公定歩合は1973年中に4.25%から9.00%に引き上げられた。1974年度も総需要抑制策は実施され、この結果、需給ギャップ(経済の供給の伸び率と現実の需要の伸び率との乖離のこと)は拡大し、戦後初のマイナス成長となり、いわゆるスタグフレーション(景気停滞と物価上昇が同時に進行すること)に陥った。

 現在はどうであろう。

 コロナ禍による経済の悪化を受けて積極的な財政金融政策が実施されていた。その後の経済の正常化に向けて、サプライチェーン問題やエネルギー価格の急騰、人手不足なども絡んで、現在も世界的に物価が上昇し、インフレ懸念が強まりつつある。その一因に当時のような原油高もある。日本の消費者物価はさておき、企業物価は前年比8%の上昇となり、欧米などでは消費者物価も前年比で高い水準が続いている。

 漠然としたインフレへの不安感などもあって、現在も当時のように日本列島を襲う危機に関心が集まっているとの解釈は無謀と言えるであろうか。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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