氷河期の国債市場
10月22日のECB理事会後の会見でドラギ総裁は、12月3日のECB政策理事会において追加緩和を打ち出す可能性を示唆した。追加の緩和手段としては、2016年9月までとしている量的緩和の期間を延長することのほか、銀行が中銀に余剰資金を預け入れる際の手数料(マイナス金利)を拡大することなどを今回の理事会で協議したそうである。政策金利の下限金利である中銀預金金利はマイナス0.2%となっているが、これをさらに引き下げることも選択肢となり、10月23日のユーロ圏の債券市場では中短期債主体に買い進まれた。ドイツとフランスの2年債利回りが過去最低を更新し、イタリアとスペインの2年債利回りは初めてマイナスをつけた。ドイツでは6年債の利回りまでマイナスとなった。
スイス中銀も2014年12月にマイナス金利を導入したが、スイス連邦金融市場監督機構(FINMA)のトップからは、同国の低金利環境が「何年どころか何十年も続く可能性がある」との見方を示したそうである。「日本を見ると、1990年代に、現在まで低金利が続いていると予想できた人はいなかった」とも述べたそうである(ロイター)。
日本の長期金利が初めて1%を割り込んだのは1997年であり、日銀が初めてゼロ金利政策を決定したのが1998年であった。このあたりから日本では長期金利は、ほぼ2%以下の時代が続き、日銀の政策金利もゼロ%に近い水準が続く。日本ではその間に政府債務は膨らみづけたが、そのリスクをこの低金利が見えにくくさせていた。
このように特に日本と欧州では金利が抑えられるなか、クレディ・スイス・グループは22日、欧州のプライマリーディーラー業務から撤退すると発表し、欧州の債券市場関係者を驚かせた(ブルームバーグ)。
国債を主体とした債券の利回りが押さえつけられ、その主役に中央銀行がなることで、債券の流通市場はさらに冷え込むことになる。それだけでなく、バーゼル銀行監督委員会が国債をリスク評価する新たな規制を検討しており、これにより世界の大手銀行が債券トレーディング業務を縮小させる要因ともなる。
プライマリーディーラー制度とは、指定を受けた証券会社や銀行に対し、一定の規模の国債の入札や落札、市場の状況等の報告が義務付けられる代わりに、一定の優遇措置が認められる制度。 日本では国債市場特別参加者制度と呼ばれ、現在はクレディ・スイスを含めて22社が選ばれている。
日銀が国債発行額の9割も吸い上げ、ほとんど金利がつかないというかマイナス金利まで発生しているなかで、プライマリーディーラーは国債を入札で落として、そのほとんどを日銀に売却するという業務が主流となってしまっている。この状況ではなかなか債券業務で収益を挙げることは難しい。それでもプライマリーディーラーという肩書きの威力は大きく、国債以外の債券業務で投資家との取引を維持するためにも必要なものとなる。しかし、債券ビジネスそのものが割に合わないとなれば、今後クレディ・スイスのような動きが、欧州や日本で拡がる恐れもありうる。
ちなみに昔、国債は引き受けシンジケート団がまず引き受けて、それを1年後に日銀や資金運用部がほぼ全額を買い入れるような時代もあった。ただし、これは国債の発行額が大きくなったことや、金利の自由化などから、銀行が自由に国債を売買できるようになり、国債は日銀や資金運用部ではなく、民間の金融機関がその多くを保有することになった。それが現在は再び日銀が大量の国債を買い入れており、こと国債をみると再び規制金利の時代に逆戻りしつつあるかのようである。
日本ではすでに20年近く低金利の時代が続いている。その間の国債市場はなんとか維持はされてきたが、今後も同様であるのかは疑問である。金融市場は官から民への時代に形成されてきたものだが、中央銀行の国債の大量保有により再び官の時代に逆行するようなことになると、市場そのものが衰退しかねないのではなかろうか。