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通貨安を仕掛けるには無理がある

久保田博幸金融アナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

今回の中国人民元の引き下げについて、作為的に人民元の下落を狙ったものとの見方もできるが、そうせざるを得なかった事情も存在する。人民元についはドルペッグ制を取っている。つまりドルに連動する仕組みとなっている。そのドルがFRBの利上げ観測で上昇し、それにより人民元も引き上げられた格好となり、それでなくても減速傾向にあった中国経済の追い打ちを掛けた。IMFが設定している特別引き出し権(SDR)の構成通貨入りを目指していたこともあり、本来であれば元の引き下げはしたくはなかったところが、やむを得ず引き下げざるを得なくなったとみられる。つまり今回の元の引き下げは、そうせざるを得ない状況に追い込まれたとの見方ができる。

通貨安戦争といった用語もあるが、通貨安は自国の経済を有利にさせるため作為的に引き下げることは実は容易ではない。日本はアベノミクスで円安を招いたとか、リーマン・ショックの頃に日銀の政策が甘かったことで通貨戦争に負けて円高を招いたとの見方も一部にあるが、それは違うと思う。

そもそも外国為替市場は相手国が存在するものであり、変動相場制を取っている限りはその水準は市場で決定される。自国の経済や物価のために通貨を上げ下げして操作しようとしても、市場や相手国は簡単にそれを許さない。

通貨安にも当然、弊害がある。今回の元切り下げによる市場の混乱のような事態も招きかねない。また、過度の円安となれば、輸出企業以外には材料費の高騰等などのマイナス要因があるとともに、個人にも商品の値上げ等で不利益を被る。

通貨は介入等によって操作は可能との見方もいまだあるようだが、それは疑問である。イングランド銀行はジョージ・ソロスに負けているし、スイスの為替介入も途中であきらめざるを得なくなった。日本の財務省による過去の介入も決してうまくいったようには思えない。

リーマン・ショックの際の通貨の動きについて、日米欧の金融緩和の度合いの違いで説明することもかなり無理がある。リーマン・ショックが起きたのは米国であり、サブプライムローン問題を起点に米国などの大手金融機関の経営危機が世界の金融市場を混乱させた。これは中央銀行の政策うんぬんなどではなく、そもそもドル売り要因である。その後の欧州の信用危機は同様にユーロ売り要因となる。つまり中央銀行の政策とかではなく、ドル、ユーロに次ぐ通貨として円が過度に買われたのはリスク回避のためである。危機が後退しつつあるとき、過度に買われすぎた円が、安倍総裁の輪転機ぐるぐる発言を「きっかけ」として反落した。これは日銀が行動を起こしたからではない。

確かに二度目の異次元緩和の際には再び円安が進行したが、この際には円売りというよりドル買いが存在した。為替市場ではその時々により短期的に反応する材料が異なるが、この際には中央銀行の金融政策の行方が最近の注目材料となっていたことは確かでそれは否定できない。ただし、FRBの利上げ観測によるドル買いに日銀の異次元緩和の二段目が、タイミング良く重なったとの見方が素直ではなかろうか。

中央銀行の金融政策に為替市場関係者の目が向けられている際には、短期的に追加緩和で通貨安を導くことはできるかもしれないが、それをしてしまうと相手国からクレームが付くことも予想される。政府や日銀が為替のコメントについて神経質になっているのは、それも要因とみられる。

為替介入もトレンドやポジションの傾きを意識したものであれば、効果的なこともあるが、通常は逆張りのようなケースも多くなり、市場参加者の格好の餌食となってしまうことが多い。

このように自国のために通貨安を招く政策はかなり無理がある。元安に対抗して日銀も追加緩和を行って円高を阻止すべきとの意見もあったようだが、日銀の金融政策はそもそも為替水準を操作させるものではないし、仮にそのために緩和を行っても、相場である以上はそれがうまく行く保証もない。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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