ピーターパンやボラの飛び交う中央銀行

6月4日の国際コンファランスにおける開会挨拶のなかで黒田日銀総裁は次のような発言をしていた。

「先進国の間で金融政策の方向性の違いが明確になる中で、世界中で中央銀行の一挙手一投足への注目度が一段と高まっています。」

中央銀行の一挙手一投足どころか、関係者の発する一言一言への注目度が集まっている。この挨拶のなかでの黒田総裁の次の発言も注目された。

「皆様が、子供のころから親しんできたピーターパンの物語に、「飛べるかどうかを疑った瞬間に永遠に飛べなくなってしまう」という言葉があります。大切なことは、前向きな姿勢と確信です。」

なぜここでピーターパンが出てくるのか。日銀の異次元緩和の魔法で物価が上がると信じれば物価は上がる、ということを示したかったのであろうか。物価が上がるかどうかは気の持ちよう、ではない。経済活動が活発化し賃金が上昇し消費も増えた結果として物価は上がるものではなかろうか。日銀ができるのはその経済活動を金融政策で下支えすることであり、安心してお金を使うことができる状態を保つことにある。その意味で見えない「信用」を国民に信じさせるというか、それが普通に存在する状況を保つことが中央銀行の役割ではなかろうか。物価を念力で上げさせることが中央銀行の役割ではないはず。

6月3日のECB政策理事会後の会見でドラギ総裁は、市場はボラティリティの高い時期に順応する必要があると述べた。そもそもボラを高くしたのは、市場から大量に国債を買い入れてイールドカーブ全体の低下を招き、流動する国債の量の減少で市場の流動性を低下させたECBの金融政策によるものである。それを他人事のごとく、ボラの上昇に注意すべきとの発言は、注意を促すというより、ECBは何をしたいのかを疑わせるような発言ともいえる。

米国のFRBも年内利上げ一直線といった様相がここにきて変わってきている。ブレイナード理事は、このところ続く弱いデータが経済の力強さに疑問を生じさせていると指摘し、年内利上げの予定を遅らせることにオープンな姿勢を示唆したとされる(ブルームバーグ)。注意すべきは連銀総裁ではなく理事から発せられた発言ということである。

日銀でいえば執行部と呼ばれる総裁・副総裁は一枚岩とされ、政策変更の際はよほどのことがない限り票は割れない(割れたケースはあるが)。同様にFOMCでは議長、副議長と理事、さらにニューヨーク連銀総裁あたりまでは多少の意見に相違はあっても、政策変更の際にはほぼ一枚岩となっている。その理事の一人がイエレン議長の年内利上げ発言に異を唱えた格好となった。

日銀はティンカーベルの魔法の粉を必要とし、ECBは自ら招いたボラに注意を発することになり、FRBは正常化のロードマップに内部から異論も出てきた。それぞれの中央銀行は、過去の歴史に例のない大規模な非伝統的な金融緩和を実施している。その効果はさておき、あちらこちらに歪みも発生させている。経済が正常化しても金融政策は正常化できないほど金融政策への依存度も高めてしまった。これからの日米欧の中央銀行の政策がどのように歴史に刻まれていくのか。大きな責任を担う当事者たちに揺らぎが生じているような気がするのは気のせいなのだろうか。

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フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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